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 「……作戦変更、棺の中身を回収する。目撃者……奴を何があろうとも抹殺しろ。これは命令だ」


 「ちょっと、状況を説明しなさい」


 「俺だって分かんねぇよお……」


 殺気立つクローン兵とデュークを見下す美女。混沌とする状況に情けない声を発したデュークは、長剣を抜くか否か逡巡する。


 「ちょっと待ちなさい、貴男その剣……。嫌よ私、貴男みたいな小汚い男が下僕になるなんて」


 「初対面に言うセリフか? それ」


 「ま、いいわ。取り敢えず」


 面倒事はさっさと片付けるべきね。美女が指を鳴らすと棺が音を立てて鋼の猟犬に変形し。


 「ロッチ、無礼者を一人残らず食い殺しなさい」


 真紅の眼光を以てクローン兵を睨む。


 「う」女の顎が鋭利な尻尾によって打ち砕かれ、瞬時に四肢を断ち切られる。猟犬は歓喜の咆哮をあげると瞬く間にクローン兵の部隊を血祭りに上げ、美女に寄り添い血肉が纏わりついた尻尾を振った。


 「いい子ねロッチ、流石は私の猟犬だわ」


 「流石じゃねぇよ、どうすんだよこの死体の山! しかもセクター3の戦闘部隊を皆殺しって……俺知らねぇからな!? これ以上面倒事は」


 「貴男は何を言ってるの? 片付けなさい」


 「はぁ!?」


 「下僕が主人に仕えるのは当たり前のことでしょう? なに? 嫌なの?」


 「嫌に決まってんだろ! そもそも俺ぁ」


 苛立つデュークに猟犬……ロッチが近づき、頭を撫でようとした男の手に噛みつく。


 「離せこのクソ犬!! ちょ、手が千切れる!!」


 「美味しい? ロッチ」


 「呑気に聞いてる場合か!!」


 「あら、ごめんなさいね。ほらロッチ、ばっちいモノはペってしなさい」


 クスクスと笑う美女は大きく伸びをする。凄惨な光景を気にしていないのか、当たり前だと思っているのか……。必死に手を擦り、涙目になったデュークは「どうして俺がこんな目に……」と、静かに嘆く。


 「疲れたわね、椅子になりなさい下僕」


 「だってよ、クソ犬」


 「貴男のことよ。あ、汚い椅子は御免被りたいわね。私に似合う綺麗な椅子を用意しなさい」


 「あぁ? 小汚い俺にそんなモノを用意出来ると思うか? それに俺ぁ下僕じゃなくてデュークって名前があるんだよ。分かったか? お・ひ・め・さ・ま!!」


 「お姫様、見る目があるのね下僕」


 皮肉で言ってんだよバカ女が……。頭を掻き、割れた窓からビルの階下を見下ろしたデュークは霧の中に紛れ込む兵士の姿を視認する。


 「おいクソアマ」


 「クソアマ? 変ね、此処には絶世の美女しか居ない筈だけど」


 「……名前は?」


 「アンナ。良い名前でしょ?」


 「確かに、それだけは同意する。さっさと逃げるぞ」


 「逃げる必要なんて無いじゃない、馬鹿ね。敵対する人間は全員殺せばいいと思うんだけど」


 「世間知らずのアンナちゃんに教えてやるよ、セクターで敵を増やすのは賢いやり方じゃないぜ? 尻尾を巻いて逃げるのは恥でも何でも無い。戦う時に戦って、逃げる時は逃げる。臨機応変に生きようぜ? 少しはよ」


 「貴男と私なら何も問題は無いでしょう? どうしてそんな敗者のように生きなくちゃいけないのよ」


 「下級エージェントに何か期待すんなよ? 最底辺には変わりねぇ」


 滅茶苦茶荒らされた部屋を物色し、鉤縄を掘り出したデュークは手慣れた手つきで窓の冊子に鈎爪を引っ掛ける。


 「ほら、とっとと逃げるぞ」


 「ちょっと、本当に逃げるの?」


 「何度も言わせんなよお嬢様、無理矢理にでも首根っこ引っ掴んで連れてくぞ?」


 「やれるものなら」


 やってみなさい。アンナの言葉を最後まで聞かず、彼女を脇に抱えたデュークは「お前も来い、クソ犬」とロッチを呼ぶ。


 「離しなさいよ!!」


 「ごちゃごちゃ五月蝿い女だな……コラ、脇腹を殴るな!! 本当に落ちるぞ!?」


 「変態! 痴漢! 強姦魔!」


 「人を性犯罪者みたいに呼ぶな!」


 「下級エージェント! 最底辺!」


 「それは今関係ねぇだろうが!!」


 一回、二回、三回と……。滑るような速さで地面に足を着けたデュークはそのまま霧の中へ駆け出し、建物の影に身を隠しながら憲兵の様子を伺う。


 「隠れるような情けない真似は」


 「情けなくて結構。無駄な戦闘ほど無意味に体力を使うものはないからな」


 「なによ、殺せばいいだけじゃない」


 「……セクター内での争い事は真っ平御免だぜ? 俺ぁ」


 「その剣は飾り? 本っ当に無様ね」


 「いいじゃねぇか、無様でも、情けなくてもさ。命あっての物種って言葉を知らねぇのか? その立派な脳味噌は何の為にあるんだ? 少し黙ってろよ」


 霧に紛れていようとも、雨音を盾に足音を消していようとも、索敵能力に特化した憲兵の目と耳は誤魔化せない。頬を伝う雨の冷たさに指先を震わせ、息を潜めていたデュークは口を閉ざしたアンナを一瞥し、ネオンに煌めくスラムを目指す。


 セントラルに行くには偽造居住証かワークパスが必要だ。己を頼って来た人型……義体の作りから察するに、奴はセクター管理企業製の特殊義体。情報を集めた後、セントラルへ忍び込む手筈を整え、アンナの正体を探るべきか……。


 「どうしたもんかね……全く。おいクソアマ、なんで棺なんかに入ってたんだ?」


 「……」


 「だんまりか。いいねぇ、都合が悪いことには話さないでいられて。発言権の自由が保証されてんのか? あ? アンナちゃんよぉ」


 ふと、デュークの足が止まる。身体をピクリとも動かさないアンナは完全に瞼を閉じ、微かに胸を上下させていた。  


 厭な汗が額に滲む。  


 直ぐ後ろを歩いていた筈の猟犬の姿が見えない。  


 銃器がぶつかり合う鋼の音が霧の中に響き渡り、血が飛び散る生々しい死の音色が雨音に混じり合った。  


 「クソアマ、一つ聞くがよ……まさかクソ犬を遠隔操作しているんじゃないだろうな?」  

 デュークの問いに答えるかのように、憲兵の千切れた頭が建物の外壁に叩きつけられる。バラバラに分解された四肢が、食い千切られた臓物が、血肉と共に降り注いだ瞬間、デュークは脱兎の如く廃棄場を疾走する。  


 「おま、お前バッカじゃねぇの!? な、なんで自分から喧嘩を売るような真似をしてんだよ!!」  


 パチリとアンナの瞼が開き「私達なら敵無しでしょう? 下僕」と、さも当然かのように話すがデュークの鉄拳を脳天に貰い、痛みに呻く。


 「今ので脳細胞が百万個死滅したんだけど⁉ 私の貴重な脳細胞が百万個も! どう責任とってくれるのよ!!」


 「真面になれて良かったな」


 「このッ!! ロッチやってしまいなさい!!」


 「クソ犬をけしかけるんじゃねぇ!!」


 あーだこーだと叫んでいる内に当初の目的……セクター3の戦闘部隊からの逃走をすっかり忘れてしまっていたデュークは、霧を貫くレーザー・ポインターの存在に気付き、建物の影に再度身を隠す。


 「もう諦めて戦わない? 貴男なら楽勝でしょ?」


 「馬鹿か? 本当に馬鹿なのか? 下級エージェントがセクター3の戦闘部隊に勝てるワケねぇだろ」


 「嘘ばっかり、本当は強いんでしょ? だって、剣を持ってるもの」


 「……抜く時ってのがあるんだよ」


 「今がその時だと思うけど?」


 アンナの視線がデュークの長剣に突き刺さり、期待に満ちた眼差しを向ける。

 確かに今此処で剣を抜けば簡単に窮地を脱することが出来る。彼女の言葉通りに剣を振るい、思う儘に戦えば此処まで苦労することも無い。


 だが、それは出来ない。無意識に伸びていた手を反対側の手で掴み、頭を振ったデュークは「どうでもいいんだよ、そんなこと」内で蠢く戦闘欲求を鼻で笑った。


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