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第14話 私のからだ、どうしたいのですか?

 高坂がやって来たことで、場は一気に和やかになった。それはまさに、夏樹が望んでいた状況でもある。しかし……このタイミングで彼女がやって来るとは、なんとも運が悪いと言わざるを得ない。というのも、正直に伝えれば笑い事では済まされず、弥生の名誉を傷つけてしまう恐れがあるからだ。


 従って、スミレにアイコンタクトで交代をお願いするも、知らぬ存ぜぬという態度で返されてしまう。どうやら、敢えて助け舟を出すつもりはないらしく、夏樹の反応を見て楽しんでいるように思えた。そうとなれば、誰にも頼れず自分で乗り切るしかないだろう……。


(さてと……どうしたものかな?)


 心の中で考え込む夏樹は、なにか打つ手がないか策を練る。何故なら、スミレのように上手く立ち回ることが出来ないからだ。そして何より、弥生に嫌われるような真似だけはしたくなかった。そのため、仕方なく覚悟を決めると、軽く咳払いをしながら話を切り出した……。


「じつは、盛り上がっていた内容なんですけど…………」

「青葉さん……もしかして、さっきのことを…………」


「ん? どうしたの、青葉くん? それに、金雀枝えにしださんまで?」

「いえ、何でもないです。――それよりも、話の内容でしたよね?」 


 夏樹はわざとらしく、高坂に問いかけるよう呟いた。それはまるで、弥生の性癖を暴露しないため……と言わんばかりだ。


「え、ええ。でも話したくなければ、言わなくてもいいのよ」

「そういう訳じゃなくて、いつものアレですよ。スミレ先輩が一方的に騒いでいただけの」


「アレ……? ああ、なるほど。盛り上がっていたのって、大峰さんの妄想話だったのね」

「そうです。無理やり聞かされていたので、高坂リーダーが来てくれて助かりましたよ」


 弥生がムッツリ女子であることを伏せる夏樹は、高坂に別の話題を持ち掛け上手く切り抜ける。すると、この話を耳にした彼女は、妙に納得した面持ちで苦笑いを浮かべた。何故ならそれは、毎日のように聞かされていた内容だからである。こうして機転を利かせたことで、危機を乗り越えることに成功した。ところが、これを良く思わないスミレは、何か言いたげそうな面持ちで問いかける――。


「――ちょっと、夏樹っち! よくも裏切ってくれたわね」

「いや、僕はただ高坂リーダーに聞かれたから、正直に話しただけですよ」


「そうかもしれないけど。でも、それって私に対する裏切りじゃないの?」

「別にそういうつもりはないですけど。まあ強いて言うなら、弥生ちゃんを困らせようとした罰ですかね」


 夏樹は悪びれた様子もなく、平然とした素振りで答えた。だが、その態度が気に入らなかったのか、スミレは頬を膨らませながら不満を露にする。


「もう、夏樹っちがそんな意地悪なことを言うなんて……私、ショックだわ」

「でも、元はと言えばスミレ先輩が悪いんですよ。僕が助けを求めたら、笑っていましたよね?」


「うっ……確かにそれを言われると、何も言い返せないわね」

「ですよね。なので、この話はこれで終わりにしましょう」


 弥生を庇うために、夏樹は自分が悪者になって助け舟を出す。こうして、意図を読み取ったスミレは、渋々ではあるが納得して頷いた。けれど、そんな二人のやり取りを不思議そうに見つめる人物が一人。それは勿論のこと、傍で意味深な発言を聞いていた高坂であった……。


「ちょっと、待って、話の内容がよく見えないんだけど。要は……大峰さんが青葉くんに迷惑をかけていた、ってことで合っているのかしら?」

「はい。全くもって、高坂さんの言う通りです」


「はあ? 何言ってんのよ、弥生っち! 仮にも私は、このチームの先輩よ。そこは、噓でも違うって否定するところじゃないの?」

「またそうやって、都合のいい時だけ先輩面ですか? 本当の先輩っていうのは、困った時に助けてくれる、青葉さんのような人を言うんですよ! それに事実は事実なので、私は噓をついてまで庇う気なんてありません」


 高坂からの問いかけに、弥生は迷わず肯定した。すると、その答えに疑念を抱くスミレは、不満そうな顔つきで言い返す。これにより両者は一歩も引かず、お互い睨み合う形となった……。


「ちょっと、弥生っち。今の言い方は聞き捨てならないわね」

「だったら、どうしようって言うんですか! 煮ますか? 焼きますか?」


「はいはい、二人共。言い合いは、そこまでにしなさい。――で、結局のところは、何がどうなっているの?」

「違うんですよ、楓さん。悪いのは全部、このチッパイ女なんです」


 高坂は両者の間に割って入り、喧嘩両成敗と言わんばかりに仲裁してみせる。けれど、これに納得がいかないスミレは、弥生の小振りな胸を指差し答えた。だが、その発言にムッときた彼女は、すかさず反論して言い返そうとする。


「だから何度も言ってるように、何で私が悪いんですか? そもそも、先輩が青葉さんを呼び止めるから、こんな事になったんですよ」

「……私が呼び止めた?」


「――ったく、もう忘れるとは、呆れた先輩ですね。四季庵の話が終わって、案件がどうのこうのと言っていた前ですよ」

「案……件? ――そうだ、思い出したわ!」


 弥生の発言により、スミレはようやく事の経緯を理解したようだ。そして、高坂がやって来たことにより、話が途中で中断したことも……。


「大峰さん、突然どうしたの?」

「どうしたもこうしたも、聞いてくれますか、楓さん。今日って、急ぐような案件なんて入ってなかったですよね?」


「そうねえ、今日の三人の予定は、大峰さんと金雀枝えにしださんが社内業務。青葉くんは、クライアントと打ち合わせだったかしら? 他は特になかったと思うけど、それがどうかしたの?」

「ですよね。でも夏樹っちは、顧客の打ち合わせとは別に、急ぎの案件があるって言うんですよ。だから弥生っちに調べてもらったら、そんな予定なんてどこにもなくて。つまりこれって、噓の報告ですよね? ――でしょ、夏樹っち!」


「それは……その…………」


 スミレからの問いかけに対し、夏樹は言葉を詰まらせてしまう。というのも、彼女に言い訳した案件とは、その場から立ち去るための口実であったからだ。しかし、ここで真実を伝えれば、後々面倒なことになるのは事実。ゆえに、噓をついたことを認める訳にはいかず、どう誤魔化せばいいのか頭を悩ませるのであった…………。


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