スミレは真剣な眼差しを向けながら、夏樹の目を見据えてゆっくりと口を開く。それはまるで、真実を告げる医者のように……。そんな彼女の口から出た言葉は、予想だにしない意外なものであった……。
「どうして、そこまで隠そうとするの? 別に、職場恋愛は禁止されていないのよ」
「職場……恋愛?」
「そう。確かに気まずいかもしれないけど、私たちは一緒に頑張ってきた仲間でしょ。正直、今まで内緒にされていたと思うと、少し残念で仕方ないわ」
「そうですよ、青葉さん。たとえ私が選ばれなくても、言ってくれれば応援ぐらいしたんですよ」
「えっ、ちょっと待って。なんで二人とも、自己完結で話してるの?」
夏樹は二人の会話から、ある仮説を立てる。それは、共通の知り合いがいるという可能性だ。しかし、その相手とは一体誰のことなのか。色々と疑問は尽きず、困惑した表情を浮かべてしまう。
「もう、ここまで言ってるんだから。いい加減、白状したらどうなの!」
「白状って言われても……とりあえず、一旦状況を整理しませんか」
「整理って、何に対してよ?」
「それは勿論、僕が置かれているこの状況についてです」
夏樹はそう言い、スミレと弥生の顔を交互に見つめた。そして、改めて状況を把握するため、ゆっくりと口を開く……。
「つまり、スミレ先輩や弥生ちゃんが想像してる人って、僕も面識があるってことですよね?」
「だから、それとなく言ってるじゃない」
「それとなくって、やっぱり…………」
「そうよ。夏樹っちの好きな人って、高坂さんのことでしょ?」
あまりに突拍子もない言葉に、夏樹は思わず口をあんぐりと開けてしまう。それもそのはず、スミレから発せられた高坂という人物は、チームを纏め上げる上司であったからだ。年齢は、40を過ぎた未婚のアラフォー女性。風貌はスラリとした体型に、小顔で清楚な顔立ちをしていた。
ゆえに、周りからは実年齢よりも若く見られ、雰囲気もどこか若々しく端正で美しい。また、仕事に対する責任感も強く、部下の失敗をフォローする優しい一面もある。そのため、彼が好意を寄せているという誤解は、あながち間違いではないだろう。そんな彼女の容姿を一言で例えるなら、まさに理想の女性であるといえよう……。
「なるほど。だから二人して、あのようなやり取りをしていたんですね。とにかく、これで状況は理解することが出来ました」
「じゃあ、やっぱり……夏樹っちは高坂さんのことが……」
「いやいや、仮にも高坂リーダーとは、部下と上司の関係ですよ。いくら職場恋愛が認められていようが、僕からそんな感情を抱くことはありませんよ」
「……てことは、私たちの思い過ごしってこと?」
夏樹はスミレからの問いかけに、苦笑いを浮かべながら呟いた。けれど、彼の言葉を信じ切れない彼女は、今一度、疑り深い様子で聞き返す。
「当たり前じゃないですか。仮にそんな感情を抱いたとしても、相手にされるわけないですよ」
「つまりそれって……向こうから告られたら、OKってことだよね?」
「またそうやって、なんで変に勘ぐろうとするんですか」
「だって、そうじゃない。高坂さんって、綺麗で優しくて頭もいいのよ。それに、スタイルだって、出るとこは出てて色っぽいし。誰だって、言い寄られたら断れないんじゃないの?」
高坂リーダーは、女性から見ても魅力的な人物。そんな彼女に告白されたなら、夏樹が断る理由などどこにもないのかもしれない。
「確かに、高坂リーダーは綺麗な人ですけど……」
「けど、何よ? やっぱり高坂さんがいいんじゃない!」
「いや、だから違うって言ってるじゃないですか。そもそも、なんで僕は怒られてるんでしょうか?」
「あはは……すみません、青葉さん。この人、節操が無い野生動物ですからね。ホント、ご迷惑おかけして申し訳ありません」
夏樹が高坂を褒める度に、スミレはムッとした表情で怒り出す。その反応に彼は疑問を抱きながらも、弥生のフォローによって事なきを得る。
「ちょっと、野生動物って誰のことよ!」
「誰って? 私、先輩のことだって言いましたか?」
「――っち、まあいいわ。とにかく、スタイルや美貌は向こうが上でも、私には男を喜ばせるテクがあるもの。高坂さんが相手だとしても、絶対に負けやしないわ」
「喜ばせるテク?」
夏樹はスミレが発した言葉に違和感を覚え、思わず聞き返してしまう。すると彼女は、その質問に対して、ニヤリと不敵な笑みを浮かべてみせた。
「そうよ、私はテクニシャン。この手にかかれば、どんな男もイチコロなのよ」
「あの、スミレ先輩……。テクニシャンとか? イチコロとか? さっきから、何の話をしてるんでしょうか?」
「もうー、そんなこと言って。うぶな振りして、ホントは知ってる、く・せ・に」
「いや、あの……本当に分からなくて……」
夏樹は理解を深めようとするも、スミレとのやり取りは平行線のまま。そして、次第に激化する彼女の暴走は、ますます酷くなる一方であった……。
「分からない? ――ったく、しょうがないわね。だから、男を喜ばせるテクっていったら――」
「――はい、ストップ! 青葉さんが困ってますので、冗談はそれぐらいにしといて下さい。――ていうか、そんなテクがあるのなら、どうして先輩は未だに独身なんですか?」
「独身? それは……その、あれよ! 私みたいに恋愛経験が豊富だと、中々手が出しにくいんじゃないかしら」
「ふーん……そんなもんですかねぇ」
弥生の一言に、スミレはしどろもどろな状態で答える。その反応から察するに、どうやら深い理由がありそうだ。ゆえに、そんな自分を誤魔化すかのように、彼女は目を逸らせながら話を続けた…………。