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第6話 ボッチを取り囲む、オープンVSムッツリ

 こうした価値観の相違や認識のずれは、誰にでも起こり得ることだろう。だが、スミレの場合、その違いがより顕著に表れてしまったようだ。これに対して、真意を汲み取ることが出来ない夏樹は、不思議そうに話の内容を聞き返す……。



「当たり前?」

「そうよ。都会って、何かと物価や家賃が高いでしょ。だから金銭的な負担を減らすために、友達と一緒に住むのは当たり前なの。つまり、ルームシェアって言った方が分かり易いかしら」


「ルームシェア? ていっても、僕たちは友達同士ではなく、この会社で働く職場の仲間たちですよ。そういうのは、やっぱりマズイんじゃないですか」

「まあ、そうかもしれないけど。去年入社した子たちもやってるし、黙ってればバレないでしょ?」


 夏樹の忠告に対して、スミレは悪びれる様子もなく堂々と言い放ってみせた。


「けど、もし職場の人たちに見られたらどうするんですか? というよりも、変な噂をされて困るのは、スミレ先輩なんですよ」

「困る? 私なら全然OKよ。寧ろ親密な関係って、噂がたってほしいぐらいだわ」


「またそうやって、いい加減なことを。――弥生ちゃんからも、スミレ先輩に何か言ってくれませんか」

「あ、青葉さん……私も大丈夫です。覚悟なら出来ていますので」


 夏樹は助けを求めるが、弥生は頬を紅く染めながら頷いてみせた。どうやら彼女も、スミレと同じ考えのようだ。


「覚悟?」

「はい。私じゃ……駄目ですか?」


「ほれほれ、弥生っちもそう言ってんだし。夏樹っちも初めてじゃないんでしょ? 偶には毒ぬきも必要かもよ。――って、むふふっ、冗談よ」

「はい? さっきから何ひとりで盛り上がってるんですか? 言ってる意味がよく分かんないんですけど」


 このような会話について行けない夏樹だが、無視するわけにもいかず仕方なく相づちを打っていると――。またしても意味深な発言をするスミレが、ニヤリと頬を緩めながら囁きかける。こうした雰囲気から察するに、恐らく彼女の言う毒とは、異性同士の関係を指しているのだろう。


「またまた、ほんとは知ってる、く・せ・に!」

「知ってるも何も、僕には好きな人がいるんですよ。冗談でも、そういう如何わしい発言は困ります」


「――えっ⁉ 夏樹っち、今なんて言ったの?」

「だから、如何わしい発言は困りますと――」


 夏樹の発言に動揺を隠せないスミレは、目を丸くして問いただした。それに対して彼は、もう一度同じ言葉を口にしようとするが……。


「――いや、その前よ!」

「その前? 好きな人がいるって言ったことですか?」


「それよ、それ! 一応、聞いてみるんだけど。今の言葉って、私たちのこと……じゃないわよね?」

「はい、違いますけど」


 さも当然のように、躊躇わず即答してみせる夏樹。その反応が気に入らなかったのか、スミレは不満そうに口を尖らせた。そして、弥生も……。


「マジかぁ……そんなストレートに言われると、さすがの私でも結構ヘコむわぁー」

「私もですよ、先輩。まさか、青葉さんに好きな人がいたなんてショックです」


「因みに、夏樹っちの好きな人って、この職場内にいる人?」

「いえ、ここには居ませんけど」


 スミレの問いかけに、夏樹は即座に即答してみせた。すると、彼女達の顔色が一変する……。


「いない? じゃあ、知り合ったきっかけは? もしかして、クライアントじゃないわよね!」

「当たり前ですよ。そんなことしたら、懲戒解雇じゃないですか」


「だったら、なに? 夏樹っちって、ボッチのはずでしょ?」

「スミレ先輩、今しれーとディスりませんでしたか? まあ、確かにボッチではありますけど、僕にも友達ぐらいは…………いますよ」


 スミレの疑問に対して、夏樹は自信なさげに答えた。この素振りに違和感を覚えた彼女達は、顔を見合わせながら再び問いただす。


「えっ、いるの? ていうか、ボッチなのに友達いるって、どういう意味?」

「それはですね……すみません、じつは見栄を張りました。さっき友達といったのは、家で飼ってるハムスターのことです」


「ハムスター? じゃあ、やっぱりボッチなんじゃん!」

「あの、そう何度も連呼されると傷つくんですけど」


 夏樹は苦笑いを浮かべながら、スミレのツッコミを言い返す。


「ああ、ごめんごめん。つい、驚いちゃって。――てことはだよ、その好きな人ってのは、ずばりSNSで知り合った子じゃない?」

「いいえ、SNSではありません」


「SNSじゃない……とすれば」

「――あの、青葉さん。私、分かったかもです。その子って、オンラインゲームのネトゲ仲間じゃないですか?」


 夏樹の返答に、スミレは腕を組んで考え込む。一方、弥生は閃いた様子で彼に話しかけた。


「なるほど、一緒に遊んでいる内に、好きになったっていうパターンね?」

「確かに、遊んでいて好きにはなりましたが、二人が言うようなオンラインゲームではないですよ」


「じゃあ、なに?」

「とりあえず、その話はまたにしませんか? ようやく提案書ができたので、少し休ませてほしいです」


 夏樹はそう言うと、凝り固まった首を左右に傾けてストレッチしてみせた。


「全部、終わったの?」

「はい」


「じゃあ、私が奢るから珈琲でも飲みにいかない?」

「――ちょっと、先輩! なに二人っきりで行こうとしてるんですか」


 スミレは夏樹のパソコン画面を覗くと、書類の作成が終わったことを確認する。そして、すかさず彼の腕を取り休憩に誘おうとするも……。弥生は咄嗟に反対の腕を掴み、強引に引き止めるのであった………。


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