こうして三人達が雑談をしている最中、他の社員達は仕事に勤しんでいた。そんな中、夏樹は思い出したかのように話題を切り出す。――それは、つい先日のこと。スミレが同僚達から陰口を叩かれていた内容のものであった……。
この会社というのは、営業成績が上位から下位まで壁に貼り出されるシステム。その順位表の頂点に君臨していたのが、毎月優秀な成果を収めていたスミレの名前。周りからも称賛された実力の持ち主で、次のリーダー候補として名があがるほどだ。
ところが、同僚達に接する様子といえば、いつも悪ノリしたふざけた態度。ゆえに、ごく一部の人間からは嫌われており、契約も色仕掛けなのではないのかと疑われていたという……。
「そんな酷いことを?」
「ええ。だから本当のことを分かってもらいたくて、その人達に言ったんです。『大峰さんは、決してそんなことをするような人じゃない。会社にとってもチームにとっても、なくてはならない必要な存在です』――という話を、通りがかりのスミレ先輩に、偶然にも聞かれました」
「じゃあ、さっきの言葉って……」
「はい。多分、都合よく解釈したんだと思います」
弥生は何かに気づいたのか、ハッとした顔つきで聞き返す。すると、夏樹は苦笑いを浮かべながら頷いて答えた。一方のスミレはと言うと……挙動不審な様子で、キョロキョロと周りを見回していた。
「そうなんですか、先輩?」
「聞こえない、聞こえない。スミレには何も聞こえない」
「――ったく、子供じゃあるまいし、そういうのを虚言癖って言うんですよ」
「虚言癖じゃないわよ。夏樹っちが私を必要としてるのは事実、愛されてるってことでしょ?」
問いかける弥生に対して、スミレは耳に手を当てながら聞こえないアピールをする。だが、すぐに我に返ると、彼女は自信に満ちた表情で言い切った。
「はいはい、そういう事にしといてあげますよ。これ以上、何を言っても無駄ですからね。でもまあ、告白じゃないと聞いて安心しました。つまり、いつもの妄想だったということですね」
「――っち」
「ち? 先輩、いま舌打ちしませんでしたか!」
弥生の追及に、スミレはバツが悪そうに顔を背ける。どうやら図星だったらしく、彼女は何も言い返すことが出来なかった。
「とりあえず、弥生ちゃんも一旦落ち着かない? スミレ先輩も反省してるみたいだしさ」
「この態度が反省? ……まあ、青葉さんがそういうのなら」
「とにかく、今の目標は今月中に1件の契約を取ること。仕事と恋の両立なんて、僕にはできっこないからね」
「つまり……夏樹っちの言い分だと、ゆとりがないから恋はしないってことだよね? じゃあ、こうしない。時間や気持ちに余裕が持てるまで、私たちが支援してあげるってのはどう?」
夏樹の返答に納得がいかないのか、スミレは新たな提案を持ちかける。その口ぶりから察するに、どうやら諦める気など更々ないようだ。
「支援?」
「そう。私と弥生っち、一週間の交代制で身の回りのお世話をしてあげる。それなら仕事にも身が入り、集中できるってもんでしょ」
「なるほど、そういう意味でしたか。ですが、それだとスミレ先輩はいいとしても、弥生ちゃんには迷惑がかかりますよね?」
「――って、おい。私だったらいいのかよ。まあ、別に言われ慣れてるからいいけど。――で、弥生っちはどうするの? ご主人様は、こう仰ってますわよ」
「えっ? あ、はい。青葉さんのお役に立てるなら、私でよければ何でもします」
スミレの強引な提案に、弥生は驚きながらも頷いてみせた。どうやら彼女も、夏樹が困っているとあっては断れないようだ。
「でもなぁ…………」
「むふふ、考えてる考えてる。もしかして、意外に乗り気だったりして? じゃあ、ホレホレ。私の提案を受ければ、これも好きなように出来るわよ」
「わ、私だって、青葉さんが望むなら……」
スミレは自慢の胸を揺らしながら、夏樹の眼前で誘惑して迫る。これに対抗する弥生も、ない胸を寄せ上げ必死にアピールしてみせた。
「――ちょ、ちょっと待って下さいよ。どうして、そんな展開になってるんですか」
「展開? だって、夏樹っち。いま変な妄想してたじゃん」
「いやいや、今のは妄想じゃなくて、どうするべきか考えていたんですよ」
「「どうするべき?」」
スミレと弥生の勢いに圧倒されながらも、夏樹は冷静に言い分を説明してみせる。だが、彼女達にはその違いが分からず、不思議そうに言葉を繰り返した。
「はい。確かに身の回りの事をしてもらえれば、仕事にも集中でき助かります。けどそれって、裏を返せば一緒に生活するってことですよね?」
「だから、そう言ってんじゃん。なにか問題でもあるわけ?」
「大有りですよ。付き合ってもない男女が、ひとつ屋根の下で生活ってマズイでしょう」
「ふーん。夏樹っちって、意外に古臭い考えしてるのね。けど、今時そんなのって当たり前よ」
夏樹の返答を鼻で笑うように、スミレは呆れながら答えた。どうやら彼女は、この程度のことで動揺する男などいないと思っていたようだ…………。