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第4話 妄想世界への旅立ち

 周りの同僚達が真面目に仕事をしている中、相変わらず迷惑を顧みず言い争いを始める二人。そんなやり取りを目の当たりにして、夏樹は再び深いため息を洩らす。このようにオフィス内では、いつも通りの光景が繰り広げられていた。



「――なっ⁉ なに勘違いしてるんですか先輩! そっちじゃなくて、私が言ったのは胃袋の方ですよ!」

「胃袋? ああー、そっちね。私はてっきり、夜の方かと思ったわ」


「もうー、先輩。いい加減にして下さいよ」

「ごめんごめん」


 弥生の指摘に、スミレは笑いながら謝罪した。ゆえに、反省しているといった様子ではなく、寧ろからかっているように感じ取れる。そんな彼女たちを見つめていた夏樹は、苦笑いしながら微笑ましく呟いた。


「でも、あれだよね。いつも喧嘩はしてるけど、じつは凄く仲間想いの優しい二人。こうしてスミレ先輩と弥生ちゃんを眺めていると、まるでじゃれ合ってる姉妹のように思えるね」


「青葉さん、それだけは絶対に止めてください。こんな下品な姉がいたらって思うと、ゾッとしますから」

「ああーそうですか! 私だってね、弥生っちみたいな口が悪い女。妹にしてくれってお願いされても、こっちから願い下げよ」


 スミレと弥生の二人は、夏樹の発言に対して真っ向から否定をする。そんな息の合ったコンビネーションに、彼は思わず吹き出してしまった。


「まあまあ、二人共。喧嘩するほど仲がいいって、よく言うじゃないですか。僕からしてみれば、羨ましい限りですよ」


「「羨ましい?」」


「ええ、僕は小学生の頃に父親の転勤でこっちに引っ越してきました。それからは友達も出来ず、いつも一人ボッチ。だから、スミレ先輩と弥生ちゃんのやりとりを見ていると、すごく羨ましいんですよ」


 夏樹は懐かしそうな面持ちで思い出話を語り始める。だが、その表情から窺えたのは、どこか切なげで寂しい雰囲気。なにか忘れられない記憶でもあるのだろうか。そんな彼の過去を聞かされた彼女たちは、共感して思わず言葉を失ってしまう……。


「えっと…………じゃあさ、こうしよう! 今日から夏樹っちは、私の弟にしてあげよう。これだと寂しくもないし、ボッチでもないでしょ。まあ、彼女になれないのは残念だけど、毎日一緒に居られるなら、この際なんでもいいわ。そうしたら、あんな事やこんな事が…………むふふ、ふふ」

「――ったく、また変な妄想をしてるんですか?」


「変な妄想とは失礼な! 私は夏樹っちが寂しくないように、心のケアと体の安らぎをだねえ――」

「ああーはいはい、先輩の言いたいことは何となく分かりました。なので、それ以上は言わなくてもいいです。とにかく、青葉さんには私達がついていますからね、気兼ねなく何でも言ってくれたらいんですよ」


「ありがとう、二人共。じゃあこれからは、何かあれば相談させてもらうね」


 彼女たちの返答に満足したのか、夏樹は満面の笑みを浮かべて頷いた。自分にはこんなにも素晴らしい仲間がいるのだと……。しかし、ようやく話が纏まりかけた最中、またもやスミレが弥生を茶化して冗談を言ってみせる。


「あら、驚いたわ。弥生っちでも、偶には真面目なことが言えるのね」

「当たり前じゃないですか。青葉さんを使って、妄想ばかりしてる先輩と一緒にしないでください」


「妄想? へえー弥生っちは、そんな風に思ってるんだ。でもねえ、そうとは言い切れないかもよ」

「どういう意味ですか?」


 弥生は小首を傾げてスミレに尋ねる。すると、彼女は得意げに口角を上げながら言葉を続けた。


「うーん……教えるべきか、教えないべきか」

「もったいぶらずに、早く言って下さいよ!」


「しょうがないわね、じゃあ教えてあげるわよ。――夏樹っち、この間のことだけど。弥生っちに話してもいいかしら?」

「この間のこと?」


 スミレの問いかけに対して、顎に手を添える夏樹は真剣に考え始めた。だが、思い当たる節がないらしく、不思議そうに聞き返す。


「そうよ、いいかしら? いいわよね? スミレのことが大切だって、真剣に告白してくれたこと」

「あのですねぇ、スミレ先輩。いいかしらって言ってる傍から、内容を話してるじゃありませんか」


「噓でしょ……青葉さん……」

「いやいやいや、弥生ちゃんまで変な勘違いをしないで下さいよ。僕はそんなこと、一言もいったことありませんからね」


 スミレの意味深な発言に対して、弥生は妄想の世界にでも旅立っているのだろうか。彼女は瞳を潤ませると、掌を口元にあて絶句していた……。


「勘違い……? じゃあ、先輩の言葉は、何だったんですか?」

「多分、スミレ先輩が言ってるのは、契約についてのことじゃないかな?」


「契約?」

「そう。たしか、先週のことだったかな? 同僚達が『色仕掛けで成果を上げる奴は、この会社のカラーに合わないだろう』こんな風に、スミレ先輩のことを悪く言っていたんですよ」


「陰口ですか?」

「まあ、そんな感じかな」


 夏樹は誤解を解くため、ありのままの出来事を語って聞かせた。すると、これに耳を傾ける弥生は、頷きながら言葉を漏らす…………。


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