話の食い違いにより、三人の間には奇妙な空気が流れていた。しかし、その意味を理解していない夏樹は、不思議そうに彼女たちのやり取りを聞き返す。
「骨が折れる?」
「ああ、いいのいいの。夏樹っちは、今のままで十分だから。そうだよね、弥生っち?」
「えっと、そうですね。青葉さんの魅力は、ありのままの姿ですからね。――って、先輩! 急に振らないで下さいよ、返答に困るじゃないですか」
スミレのムチャ振りにも、難なく対応してみせる弥生。だが、少しは動揺したのだろう。胸に掌を当てる彼女は、呼吸を整えながら先輩を睨みつけた。
「ところで、夏樹っち。さっき、何か言いかけてなかった?」
「ああ、そうそう。紹介の件ですけど、それなら別にしなくても大丈夫ですよ」
「「大丈夫? ――って、もしかして……?」」
「二人共、どうしたんですか? そんなに驚いた顔をして」
夏樹の口から発せられた予想外の言葉。話の流れからして、まるで恋人がいるような返答の仕方。この状況に、動揺を隠せずにいた彼女たち。聞きたいような、聞きたくないような、そんな迷いを浮かべた素振りをみせる。しかし、確証を得たいスミレと弥生の二人。真意を聞き出すために、それとなく問いかけてみた。
「もうー夏樹っち、酷いじゃない。彼女がいるならそう言ってよ、引かないけどね。ってか、前にもまして、俄然やる気が出てきたわ」
「なに言ってるんですか、先輩。こういう時は、潔く身を引くのが礼儀というもんですよ」
「彼女? 身を引く? スミレ先輩と弥生ちゃんは、さっきから何を言ってるの?」
「何って、夏樹っちには、彼女がいるんでしょ?」
スミレは夏樹の首に腕を回して、にやけ顔で抱きつきながら問い詰める。ところが、当の本人は何が何だかといった様子。だが、暫くして状況を理解すると、誤解を解くために事情を説明し始めた。
「ああ、すみません。言い方がおかしかったですよね。じつは、別にいいと言ったのは、彼女がいるからじゃないんです。作る気がないから、僕には必要ないと言ったまでのこと。ですから、紹介の件は、お断りさせて下さい」
「紹介……ではなかったんだけど、とにかくフリーで良かったわ」
「はい。それには、私も賛同します。初めて先輩と意見が合いましたね」
弥生の肩に手を置くスミレは、無言で何かを伝えるように頷く。――このチャンスを絶対に逃さないわよ! 彼女たちの表情からは、そんな雰囲気が窺えた。
「けど、どうして作ろうとしないの? 夏樹っちのルックスだったら、モテるはずよ」
「ありがとうございます。ですが、今は彼女との時間よりも、目の前の仕事に集中したいんです。そうでなくても、僕の営業成績はずっと最下位のまま。これ以上は、皆さんに迷惑をかけられません。せめて1件ぐらいは契約しないと、チームリーダーに顔向けできませんからね」
「そっかぁ……夏樹っちも、色々と大変な思いをしてたんだね」
「……青葉さんが、そんな悩みを抱えていたなんて。私ったら、いつも自分のことばかりで、本当にごめんなさい」
夏樹の本音を聞き、スミレは心配そうに共感した言葉をかける。弥生も自分の行動がいかに軽率だったかを反省し、頭を下げて謝罪して述べた。
「そんな、頭を上げて下さい。弥生ちゃんが謝ることじゃありませんよ」
「でも……」
「それにね、これは僕の問題でもあるんです。だから、あまり気にしないでください」
「よく言った、夏樹っち。それでこそ、私の彼氏だわ」
夏樹は、落ち込む弥生を励ましながら優しく微笑みかける。そんな光景にスミレも安堵すると、いつもの調子で彼の腕にしがみついた。
「彼氏? いつから僕がスミレ先輩の彼氏になったんですか?」
「そうですよ、先輩。いい加減なことを言わないでください。青葉さんの隣は私なんですからね」
「いや、あの……先ほども言いましたが、僕に彼女を作る余裕はありませんので」
「でも、夏樹っち。そうは言うけどね、彼女がいたら色々と便利だと思うよ」
夏樹の言葉に対して、スミレは意味深な言葉を返す。確かに彼女という存在は、様々な場面で手助けをしてくれることだろう。とはいえ、それは時に煩わしいと思う面も持ち合わせている。
「便利? 彼女を作るとですか?」
「そう。まあ、付き合うだけだと、あまりメリットは感じないかもしんないけどね。でも、同棲だったら掃除に洗濯、ご飯だって作ってくれるかもよ。そうしたら、少しは時間にゆとりも出来るんじゃないの? それに、夜の方だって、ね。むふふっ……」
「――ったく、またそうやって、口からよだれが垂れてますよ。でもまあ、そう言うことでしたら、先輩は不器用なので止めておいた方がいいです。それよりか、私を選んでくれれば、必ず青葉さんを満足させてあげられると思いますよ」
「それよりか? ちょっと、弥生っち。何しれーっと、自分をアピールしてんのよ。ていうか、そんなちっぱいで、夏樹っちを満足させられると思ってんの?」
スミレは、弥生の胸元を人差し指で突っつきながら指摘する。すると彼女は、頬を赤らめた様子で恥じらいながら俯いた。こうして再び、夏樹を巡って二人の言い争いが始まるのであった…………。