こうした彼女達の押し問答は更に続き、向かい合ったまま沈黙した状態となる。そんな中――、最初に口を開いたのはスミレ。赤面した弥生に対して、ニヤリとした面持ちで問い掛ける。
「弥生っち、もしかして私に妬いてるの?」
「――なっ、何をいきなり言ってるんですか。私は別に……」
「あらそう? その割には、えらく私に食って掛かるわよねぇ?」
「それは、そのぉ……」
スミレの言葉に弥生は言い返すことが出来ず、動揺した様子で言葉を濁らせる。
「スミレ先輩、弥生ちゃんが困ってますよ」
「むふふっ。ほんとだ、さっきよりも更に赤くなってるわね」
「だって、先輩が変なこと言うから……」
火照った頬を両手で押さえる弥生は、俯き加減で小さく呟いた。この意味を勘違いしたのだろうか、夏樹は申し訳なさそうな顔つきで言葉を返す。
「そうですよ、スミレ先輩。そんなこと言ったら、弥生ちゃんに失礼じゃないですか」
「――そっ、そんな、失礼だなんて。逆に、そう思われて嬉しいぐらいです」
「嬉しい?」
「はい。青葉さんは覚えていないでしょうけど。私が入社したばかりの頃、いつも仕事で悩んでいると、必ず温かい言葉で励ましてくれました。それだけじゃありません。皆のために頑張る姿や、誰にでも優しく接する態度。そんな人柄を傍で見ていて気づいたんです。もしかしたら、私は青葉さんのことが――、んぐっ⁉」
「はいはい、弥生っち。残念だけど、そこまでね」
弥生が勇気を振り絞って、自分の気持ちを伝えようとした瞬間。スミレは彼女の口元に手を当て、言葉を遮るように制止する。
「――なっ、何するんですか!」
「何って? さっき弥生っちが言ってたじゃん。ここは仕事をする職場なんでしょ?」
「たしかにそう言いましたが、抱きつく行為と言葉では意味合いが違うと思います」
「まあ、そうだけどね。でもさっきのは、どうかと思うよ」
スミレは諭すように指摘をするも、これが気に入らなかったのだろう。弥生は不満げな様子で見上げると、口を尖らせながら反論してみせた。
「そんなこと、先輩に言われる筋合いはありません。――っていうか、私に取られるのが怖いんですか? だから、そんな口封じみたいなことをするんでしょ!」
「あらあら、半人前のくせに、あなたも言うようになったじゃない」
弥生の挑発的な発言に、スミレも売り言葉に買い言葉で応戦する。そんな二人のやり取りを見ていた夏樹は、やれやれと肩を竦める。
「いつもは仲がいいのに、突然どうしたんですか?」
「夏樹っち、私にも引けない時だってあるのよ」
「そうですよ、青葉さん。私だって、この想いだけは譲れません」
夏樹の疑問に対して、二人は声を揃えて答えた。どうやら、この件に関しては一歩も譲る気がないようだ。そんな彼女達のやり取りを目の当たりにして、彼は再びため息を洩らす……。
(はあ……目の前でこんな事されると、仕事が進まないんだけど。――って、そういえば、確か鞄の中に……)
夏樹は、ふと何かを思い出したのか、鞄の中に手を入れてゴソゴソと探り始める。そして、お目当ての物を見つけると、口論を続ける彼女達に手渡した。
「「……アーモンド?」」
「そう。とりあえず、それでも食べて気持ちを落ち着かせたらどう? ナッツにはね、イライラを解消する作用があるらしいよ」
夏樹が差し出したのは、アーモンド入りのチョコレート。二人はそれを素直に受け取ると、包装紙を剥がして口にした。すると、口の中に広がる甘みと香ばしい香りにより、口論していた気持ちが徐々に薄れていった。
「夏樹っち。ありがとね」
「青葉さん、ありがとうございます」
「どうやら落ち着いたようだね。にしても、どういう状況なの? 僕には理由がサッパリ分からないけど」
夏樹は彼女達の口論の原因を聞いてみた。すると、スミレと弥生は互いに目を合わせると、気まずそうに苦笑いしながら呟いた。
「「それは……どっちが彼女に…………」」
「彼女? あっ、もしかして? 僕に彼女がいないから、紹介しようとしてくれていたの?」
「いや、じゃなくて…………。ねえ、弥生っち。こりゃあ、相当骨が折れるわよ」
「みたいですね」
スミレと弥生の思惑とは別に、夏樹は期待はずれの珍解答を述べる。これを受けた彼女たちは、顔を合わせて頷き合うと深いため息を吐いた…………。