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第2話 犬と猿の喧嘩

 こうした彼女達の押し問答は更に続き、向かい合ったまま沈黙した状態となる。そんな中――、最初に口を開いたのはスミレ。赤面した弥生に対して、ニヤリとした面持ちで問い掛ける。


「弥生っち、もしかして私に妬いてるの?」

「――なっ、何をいきなり言ってるんですか。私は別に……」


「あらそう? その割には、えらく私に食って掛かるわよねぇ?」

「それは、そのぉ……」


 スミレの言葉に弥生は言い返すことが出来ず、動揺した様子で言葉を濁らせる。


「スミレ先輩、弥生ちゃんが困ってますよ」

「むふふっ。ほんとだ、さっきよりも更に赤くなってるわね」


「だって、先輩が変なこと言うから……」


 火照った頬を両手で押さえる弥生は、俯き加減で小さく呟いた。この意味を勘違いしたのだろうか、夏樹は申し訳なさそうな顔つきで言葉を返す。


「そうですよ、スミレ先輩。そんなこと言ったら、弥生ちゃんに失礼じゃないですか」


「――そっ、そんな、失礼だなんて。逆に、そう思われて嬉しいぐらいです」

「嬉しい?」


「はい。青葉さんは覚えていないでしょうけど。私が入社したばかりの頃、いつも仕事で悩んでいると、必ず温かい言葉で励ましてくれました。それだけじゃありません。皆のために頑張る姿や、誰にでも優しく接する態度。そんな人柄を傍で見ていて気づいたんです。もしかしたら、私は青葉さんのことが――、んぐっ⁉」

「はいはい、弥生っち。残念だけど、そこまでね」


 弥生が勇気を振り絞って、自分の気持ちを伝えようとした瞬間。スミレは彼女の口元に手を当て、言葉を遮るように制止する。


「――なっ、何するんですか!」

「何って? さっき弥生っちが言ってたじゃん。ここは仕事をする職場なんでしょ?」


「たしかにそう言いましたが、抱きつく行為と言葉では意味合いが違うと思います」

「まあ、そうだけどね。でもさっきのは、どうかと思うよ」


 スミレは諭すように指摘をするも、これが気に入らなかったのだろう。弥生は不満げな様子で見上げると、口を尖らせながら反論してみせた。


「そんなこと、先輩に言われる筋合いはありません。――っていうか、私に取られるのが怖いんですか? だから、そんな口封じみたいなことをするんでしょ!」

「あらあら、半人前のくせに、あなたも言うようになったじゃない」


 弥生の挑発的な発言に、スミレも売り言葉に買い言葉で応戦する。そんな二人のやり取りを見ていた夏樹は、やれやれと肩を竦める。


「いつもは仲がいいのに、突然どうしたんですか?」


「夏樹っち、私にも引けない時だってあるのよ」

「そうですよ、青葉さん。私だって、この想いだけは譲れません」


 夏樹の疑問に対して、二人は声を揃えて答えた。どうやら、この件に関しては一歩も譲る気がないようだ。そんな彼女達のやり取りを目の当たりにして、彼は再びため息を洩らす……。


(はあ……目の前でこんな事されると、仕事が進まないんだけど。――って、そういえば、確か鞄の中に……)


 夏樹は、ふと何かを思い出したのか、鞄の中に手を入れてゴソゴソと探り始める。そして、お目当ての物を見つけると、口論を続ける彼女達に手渡した。


「「……アーモンド?」」


「そう。とりあえず、それでも食べて気持ちを落ち着かせたらどう? ナッツにはね、イライラを解消する作用があるらしいよ」


 夏樹が差し出したのは、アーモンド入りのチョコレート。二人はそれを素直に受け取ると、包装紙を剥がして口にした。すると、口の中に広がる甘みと香ばしい香りにより、口論していた気持ちが徐々に薄れていった。


「夏樹っち。ありがとね」

「青葉さん、ありがとうございます」


「どうやら落ち着いたようだね。にしても、どういう状況なの? 僕には理由がサッパリ分からないけど」


 夏樹は彼女達の口論の原因を聞いてみた。すると、スミレと弥生は互いに目を合わせると、気まずそうに苦笑いしながら呟いた。


「「それは……どっちが彼女に…………」」


「彼女? あっ、もしかして? 僕に彼女がいないから、紹介しようとしてくれていたの?」


「いや、じゃなくて…………。ねえ、弥生っち。こりゃあ、相当骨が折れるわよ」

「みたいですね」


 スミレと弥生の思惑とは別に、夏樹は期待はずれの珍解答を述べる。これを受けた彼女たちは、顔を合わせて頷き合うと深いため息を吐いた…………。


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