ここは都会の一画に建てられた、ビルの中にある某企業のオフィスルーム。部屋にはデスクを向かい合わせた席が所狭しと並べられており、20人もの男女が忙しそうに与えられた仕事をこなしていた。
――そこに、暇そうな1人の女性が男性の元へ歩み寄る。
「ええー、まだ終わってないの? もういいじゃん、
「スミレ先輩。お誘いはありがたいですけど、僕はまだ仕事が終わっていません。なので、もたれ掛かけられると困ります」
甘えた声で夏樹に寄り添うスミレ。彼女は美しい容姿と豊満な胸を武器に、男なら誰でもコロっと騙されそうな雰囲気を醸し出す。しかし、そんな誘惑などに屈しない彼は、手で軽くあしらいながら押し返そうとした。すると、隣の女性が不意に立ち上がり、押し迫るような表情で話し掛ける。
「そうですよ、先輩。
「ふーん。――とかいいながら、さては
「――そ、そんな事ないですよ!」
「あのぉ……さっきから、どうでもいいですけど。当たってるんで、離れて貰ってもいいですか」
スミレの接触にも動じず、淡々と冷静に話す夏樹。彼の背中には、遠慮なく押し付けられる豊満な胸の感触が伝わっていた。その光景をチラ見する周囲の男達。羨ましそうにしながらも、彼女に非難の視線を浴びせていた。
「はて? スミレは、夏樹っちの言ってる意味が、良く分かりません」
「なるほど、そうきましたか。でも、いいんですか? 周りの皆が見てますよ」
「いいじゃん別に、私と夏樹っちの深い仲だもん、ね」
「また、そんなこと言って、他の人が聞いたら勘違いするじゃないですか」
夏樹は、先輩の絡みを慣れた様子で受け流す。そのやり取りを見た男性陣からは、嫉妬の視線が注がれるが彼は気にする様子もない。そんな光景に終止符を打ったのは、先ほどからスミレと対立していた弥生であった。
「――全然よくないですよ! 仮にもここは、仕事をする職場。不謹慎な行為はやめてください。――ていうか、いつまで青葉さんの背中に乗せてるんですか!」
「乗せてる?」
「はぁ……自覚がないとは、重症ですね」
「うーん。さっきから弥生っちは、何をギャーギャー言っているのでしょうか?」
スミレは首を傾げながら、意味を理解していない素振りをみせた。この態度に、さすがの弥生も苛立ちを覚えたのだろう。先輩を睨みつけ、声と掌に力を込める。
「白々しいですね。何度も言ってるように、その無駄にでかい物をどかしてって言ってるんですよ!」
「ふーん、無駄にねえー」
「ど、どこをジッと見てるんですか!」
「さて、どこだろう。分かんないなら、教えてあげようか? ねえ、弥生っち」
「――はあ⁉ 分かってますよ、そんなことぐらい。どうせ私の胸は……」
わざとらしく問いかける言葉に、弥生は自らの胸に手を当てながら落胆する。そんな二人の攻防に呆れた夏樹は、ため息を洩らしながら肩を落とす。
「まあまあ、二人共。皆も見ているし、それぐらいにしといたら」
「それもそうね。ていうか、夏樹っちは、私が寄りかかって迷惑だった?」
「そうですね、強いて言うなら迷惑ではありませんが、勤務中は控えて頂けた方が嬉しいです」
「えっ、迷惑じゃないの? 嬉しいの? じゃあ、仕事が終わったらサービスしてあげようかな?」
後輩の注意も、スミレには全く届かない。むしろ彼女は、夏樹の言葉に喜びながら体をくねらせていた。その光景に、弥生は更に苛立ちを募らせる。
「申し訳ありません。どうやら僕の言葉に、誤解があったようですね。では、ハッキリ言わしてもらうなら、こういうことは今後一切やめてください。業務中も、プライベートもです」
「ええーそんなこと言って、ホントは好きなくせに。もうー、夏樹っちの照屋さん」
「ああ、じゃあいいです、そういうことにしておいてください。ではこの際なので、僕からもう1つ確認させてもらってもいいですか」
「確認? もしかして、夏樹っちからの告白かしら? だったら、今はフリーで募集中だから大丈夫よ」
夏樹の言葉を勝手に解釈して喜ぶスミレ。しかし、彼は淡々と質問を続ける。それはまるで、感情の無いロボットのように。
「――なわけないじゃないですか。確認というのはですね、スミレ先輩がいつも僕に言ってる呼び方についてです」
「呼び方?」
「はい。フレンドリーに接してくれるのは嬉しいのですが、スミレ先輩は僕の彼女じゃありませんよね。なので、今の呼ばれ方には少々抵抗があるんです」
「そうなの? だったら、抵抗がないように、彼女にして貰っちゃおうかなぁー」
再び夏樹に抱きつきながら甘い誘惑をするスミレ。その行動に、弥生が慌てて止めに入る。
「――はぁ⁉ 先輩はまた、何を訳の分からないことを。そんなの駄目に決まってるじゃないですか!」
スミレは口元へ指先を当て、それとなく想いを伝えた。この抜け駆けが許せなかったのか、弥生はオフィス内に響くような声で言葉を放つ。すると、これに反応する周りの同僚達。何が起きたのかと、一斉に三人の方に顔を向けて凝視する。
――が、スミレの悪ふざけだと気付き、何もなかったかのように再び仕事に戻る。
「あれー、弥生っち、突然どうしたの?」
「どうしたのじゃありませんよ。皆に注目されて、恥ずかしいじゃないですか」
「そう? 私は別に、恥ずかしくないけど」
「もうー、先輩はいつもそうやって。――それより、早く離れてください!」
顔を真っ赤にしながら、弥生はスミレの体を強引に引き離す。そして、何か言いたげな面持ちで、二人は向かい合った…………。