それから結局、向かったのは先生の自宅だ。早とちりを恥じて落ち込んだ先生は、店へと行く元気がなさそうだったし。
マンションに向かう道すがら、やっと落ち着きを取り戻した先生に、俺は「どうして勘違いしたんですか?」と訊いててみた。だって、あり得なさすぎるだろ。
淳之輔先生は少し間を空けて、そりゃあと呟いた。
「……普通に考えて勘違いするだろ」
「俺、美羽が好きなんていいましたか? 普通に考えて、勘違いしませんって
「いってないけど、美羽ちゃんとデートしてたじゃないか」
「デート?」
「俺と水族館に行った少し前……カフェ・リーベルに二人でいただろ」
指摘されて、なんのことだったか記憶を探ってみた。もしかしなくとも、俺の服を買いに行った、あれか!
思い出してああと頷くと、先生はほらと言うような顔になった。
「あれは、俺の服買いに行ったんですよ」
そういえばあの時、淳之輔先生がいたような気がしたな。見間違えたわけじゃなかったんだ。
「それを一般的にはデートっていうだよ」
「そういうんじゃなくて、あれは授業料としてパンケーキを奢ってただけです」
「授業料?」
「……俺、ファッションとか全く興味ないから、ブランドどころか最近の流行りすら、さっぱりなんですよ」
「そうなのか? そんな風には見えないけど」
「だから、美羽に相談して服を買いに行ったんです」
今日の服だって、その時に買ったものと自宅にあったシャツを合わせている。それを繰り返していたら、すっかり組み合わせがパターン化してきた。とはいえ、まだ自信なんてない。服を決めるときに写真を撮り、美羽に送って確認してもらうことも、未だにある。
美羽に服を相談してるなんて、かっこつかないから、先生には知られたくなかったんだけどな。
「てことは、俺と会う時に瑠星が着てる服は、美羽ちゃんのセレクトってことか」
「……まあ、そうなりますね」
横を見ると、淳之輔先生は少し眉をひそめていた。
「服なんて気にするなよ。高校生の小遣いで買うには限界だってあるだろ?」
「でも、ジーパンにTシャツみたいな格好じゃ、先生に釣り合わないっていうか……恥ずかしいかなって」
美羽とデートしていたなんて勘違いされたままなのは、居心地が悪い。だから事情説明を続けていたんだけど、淳之輔先生にじっと見られていると、気恥ずかしさに拍車がかかった。
堪らずに先生から視線をそらすと、驚いた声が「釣り合わないって?」と訊ねてきた。
「だって、先生……イケメンだし、お洒落だし……恥ずかしくない格好をと思って。背伸びしすぎな気もしたけど……」
俺がぶつぶついってると、気の抜けた声が「なんだそれ」と呟く。どこか呆れたような、それでいて安堵したような声だ。
仰ぎ見ると、淳之輔先生は困った顔で笑っていた。でもそれは不快なものではなく、カフェで見たものとも違い、なんていうか照れているようにも見えた。
「瑠星、服を考える時間がもったいないだろ?」
ぽふぽふと、キャップの上から頭を叩かれた。
「一緒に出掛けるとき、気を遣ってくれるのも嬉しいけどさ。それで悩むくらいなら、ジーパンにシャツでも、ジャージでも構わないからな」
淳之輔先生がいつもの笑顔に戻ったのは、丁度マンション前に着いた時だった。
すっかり慣れた先生の部屋で、いつものように問題集を広げると、麦茶の注がれたグラスがテーブルに置かれた。
「昼飯作るから、それまで頑張れよ」
「ありがとうございます」
「ははっ、むしろ俺のせいで無駄に時間使わせて悪いな」
「その分しっかり教えてもらうつもりです」
「それは任せろ」
笑いながらキッチンに立った淳之輔先生から視線を外し、俺はシャーペンをカチカチと鳴らした。
しばらくして、醤油の焦げる芳ばしい匂いがしてきた。
キッチンから出てきた淳之輔先生の手には、湯気を立てるチャーハンが盛られた皿が載っている。中華料理屋のような見た目ではなく、休日に母さんが作る冷ご飯のヤツだ。次に運ばれたスープカップの中身は、きっと家でもよく使ってるインスタントのワカメスープだろう。
「昼飯遅くなったな。腹減っただろう?」
「また作ってもらって……ありがとうございます」
「気にするな。丁度、冷や飯も残ってたし」
向かいに座った淳之輔先生は、食べようといってスープカップに口をつけた。