美羽が滝と仲良く出ていく姿を見た淳之輔先生は、どうやら、俺が失恋したと絶賛勘違いしたらしい。今、俺をどうやったら慰められるか考えているようで、その大きな手で俺の頭を撫でている。
これ、めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど。
視線をずらすと、窓の向こうでこっちをちらちら見ている女性たちがいた。
ああ、目立ちますよね。こんな超絶イケメンが、男子高校生の頭なでなでしてたら、何事かって思いますよね!?
ちらりと店内に視線を泳がせると、こっちを気にしていたらしい女性たちと一瞬目があった。でも彼女たちは、さっと顔を背けてしまった。そりゃ、そうだろうな。俺だってそうするよ。
どうしたらいいんだ。誰か教えてくれと思っても、教えてくれそうな人は当然いない。
「えっと、先生……」
「今日は勉強どころじゃないよな」
「いや、勉強しに来たんでしますよ」
「無理するな。そうだ、今日は気晴らしにどっか行こう。カラオケとかどうだ?」
「いや、カラオケは特に好きじゃないんで」
「ゲーム好きだったよな。ゲーセン行くか?」
「いやだから、先生、俺は勉強したいから──」
「失恋を勉強で紛らわそうだなんて、瑠星は本当に真面目だな」
だから、どうしたらそういう話になるんだ。
やたらと耳に優しい声音に、顔が熱くなっていく。いい加減、俺がどれだけ恥ずかしい思いしているか気付いてよ、淳之輔先生!
「……失恋なんてしてないですから」
「そうか。伝えてもいないんだな。俺は瑠星の学校との繋がりないし、いくらでも吐き出して良いんだぞ。泣いたって良いんだ」
「だから、何でそういう話に……先生、俺の話聞いてます? 美羽と恋人なんてあり得ないです。むしろ、滝みたいに一途なやつが恋人になって安心してるくらいだし」
「え、滝くん?……そうか、さっきの子が」
ちょっと驚いた顔をした淳之輔先生は、そうかそうかとなにか納得している。
「俺は本気で、美羽と滝が上手くいってくれるのを願ってるんです」
「偉いな、瑠星は」
「だーかーら。そうじゃなくて! あいつのワガママえげつないんですよ。それから解放してくれるっていうんだから、滝には感謝しかないんです」
「……瑠星?」
淳之輔先生の顔が、少しひきつった。
「美羽のやつ、俺に女装させて双子コーデ着る気、満々なんですよ。滝に時間を割くようになれば、それからも逃れられます」
「双子コーデ?」
「滝に女装は無理だとして、ファッションや化粧、買い物なんかに付き合うのは喜んでやるでしょうし。ゲーセンだって、俺じゃなくて滝を付き合わせたらいい。あいつがキャッチャー得意かは別問題だけど、そんなのは、攻略サイトで調べて学べばいいんで!」
他にも色々、俺は付き合わされることが減る未来が見える。俺の時間が確保されるだけじゃなく、財布だって守られるんだ。いいこと尽くしだろう。
「まあ、しばらくは、惚気話聞かされそうですけど……先生?」
いつの間にか、俺の頭を撫でていた手が停まっていた。先生の顔を見ると、その耳まで真っ赤になっている。もしかして、やっと勘違いに気づいてくれたのだろうか。
手が離れていった。
俺から視線を外した淳之輔先生は、テーブルに向き直ると、額を押し付けるようにして俯いた。今、小さくゴンッて音がしなかったか?
恐る恐る顔を覗き込もうとしても、こっちを見てくれそうにはなかった。
どうやら勘違いを盛大に恥じているみたいだ。勘違いしたならまだしも、俺を撫で回して励ましたとか、行動の全部を振り返ったら恥ずかしくて仕方ない。そんなとこだろうか。
「やっと、わかってくれましたか?」
「……盛大な勘違いをしたようだ。すまん」
それにしても、どうしたら俺と美羽がデートしていたなんて勘違いをするんだか。
美羽が好きだとかいったことないぞ。何か勘違いさせること言ってたのかな。あいつに恋してるなんて思われるのは、心外っていうか、少しばかりショックっていうか──待て。何で俺がショックを受けなきゃならないんだ?
首を傾げ、横で項垂れる淳之輔先生をちらりと盗み見た。やっぱり顔は見えないけど、先生の白い耳は真っ赤だ。変なうめき声も聞こえてくる。
「……穴があったら入りたい」
「でしょうね」
「無理だ……瑠星、ごめん。店、出よう」
「いいですよ」
余っていたカフェオレを飲み干してから、問題集や筆記用具を鞄に戻した。その間中、淳之輔先生は俯いたままで微動だにしなかった。