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第49話 彼と仲良くなるためにはどうしたら良い? なんて、俺に訊くな!

 これが恋する乙女というやつなのか。

 少女漫画なんてものを読んだことはないけど、明らかに、いつもの美羽とは違う。幸せそうというか、ザ・女子って感じというか。今まで見たことのない表情だ。今のこいつなら、桜吹雪のようにハートを撒き散らせるかもしれない。


「……お前、背が高くて筋肉質な男が良いとか、昔いってたもんな。ああ、なるほど、滝か」


 東、谷川、残念だったな。強く生きろ。──ここにいない二人を心の内で励ましながら、俺は頷いていた。


 そうか。この前、滝の好きなファッションがどうこうって訊いてきたのは、学祭の話じゃなくて、個人的な話だったのか。全く紛らわしい。それならそうと、最初からはっきりと相談すればいいのに。


「えへへっ、今日は水族館デートなの。滝くん、午前中は部活だから、お昼過ぎに待ち合わせなんだ」

「そういうことかよ」

「だから参考に星ちゃんと先生の水族館デート、どうだったか聞かせて」


 食い気味に、身を乗り出して俺に尋ねる美羽の顔は真剣そのものだ。

 ちょっと待て。何度も訂正するが、俺と淳之輔先生が水族館にいったのはデートではない。参考も何もあったもんじゃないだろう。


「……だから、俺と先生のはデートじゃないって」

「デートだよ。今日だって、二人でカフェデートみたいなもんでしょ?」

「今日は耐久勉強だっていってるだろ……お前が邪魔しなきゃ、もう始めてる」

「ふーん。あたしも今度、滝くん誘って勉強してみようかな。付き合いたての学生カップルの定番って感じでいいよね」

「……あのなぁ」


 カバンから参考書とノートを引っ張り出し、これ見よがしにテーブルに置く。だけど美羽は全く動じず、むしろ生き生きと目を輝かせた。大方、脳内で滝と勉強する様子を妄想でもしているんだろう。

 生憎だが、俺と淳之輔先生のはそういうんじゃなくて、ガチの勉強だぞ。


 それにしても、美羽はどうして、俺と淳之輔先生が付き合っているみたいな勘違いをしているんだ。先生に失礼じゃないか。

 カチカチとシャーペンを鳴らすと、美羽はさらに顔を近づけてきた。


「勉強は後で先生と一緒にできるんだし、今はあたしの相談に乗ってよ!」


 相談も何も、アドバイスできることなんて俺にあるわけがない。年齢イコール恋人いない歴なんだから。


「もっと滝くんと仲良くなるのに、どうしたらいい?」

「……滝はいいやつだし、あまりワガママいって困らせんなよ」

「善処します。あとは?」

「……スキンシップはほどほどにしろ。お前、距離感おかしいからな」

「星ちゃんと滝くんは違うもん。手を繋ぐのだって恥ずかしいんだから!」


 おいおい。俺には顔引っ付けて双子コーデ写真を撮ろうとかいうような、バグった距離感のやつが、なにをいいだすんだ。


「今はそうだとして、慣れたら距離感おかしくなるんじゃないか? あんまり引っ付くと困るもんだからな」

「星ちゃん、あたしに困ってたの?」

「お前のは小さい頃からのだから慣れてたけど」

「てことは、先生との距離感に困ってるんだ」


 改まってそういわれると返答に困る。

 思わず口籠って「俺のことはどうでもいいだろ」と返すと、興味津々な目がこっちを見た。


「参考までに、どんなのが困るの?」

「それは……」

「あたし、滝くんに嫌われたくないんだから、教えなさい!」

「何で、上から目線なんだよ。そういうとこだぞ、気を付けるべきは」

「善処するから。ねえ、教えて!」


 美羽は、まるで拝むようにぱんっと両手を合わせた。

 こいつと滝はクラスメイトだし、来年も同じクラス確定だから仲が悪くなられるのは困るからな。少しくらい、協力してやらないこともないか。


 ため息をつき、スマホに手を伸ばした。そうして引っ張り出した写真は、淳之輔先生と身体をぴったりくっつけるようにして撮った写真だ。


「こういうのは、心臓が持たない」

「……もう、これってカップルじゃん」

「だから、違うって」

「でも、星ちゃんがいいたいことって、距離が近すぎるとドキドキするってことでしょ?」

「そうじゃなくて……俺なんかが横にいるのって変じゃないかとか、考えるっていうか」

「ふーん。あたしとしては羨ましい写真だけど……滝くんと顔くっつけて写真撮るのは、まだハードル高いな。ドキドキして変な顔しちゃいそう」


 いいながら、美羽は勝手にフォルダの中身を漁り始めた。


「おい、勝手に見るなよ」

「ちょっとくらい良いじゃない……って、先生とくっついてばっかりじゃない! えー、ズルい。あたしも星ちゃんと写真撮りたいのに」


 え、そっち?

 意外な反応に顔が引きつった。こいつ、まだ俺と双子コーデ写真を諦めていないのか。


「お前な……滝が聞いたら泣くぞ。他の男と写真撮りたいとか」

「星ちゃんは男じゃなくて、星ちゃんだから大丈夫でしょ」

「なんだよ、それ」

「安心して。先生と撮りたいとは口が裂けてもいわないから!」


 鼻息荒く言い切った美羽からスマホを奪い返し、今日何度目か知れないため息をついた。


「あたしが星ちゃんと撮りたいのは、双子コーデ!」

「またそれかよ」

「幼稚園の頃は撮ったじゃない!」

「ああ、母さんの悪乗りな……って、何でそんな古い写真持ってるんだよ」


 突きつけられた写真を見て、顔が引きつった。少し色あせた写真には、スカートを履かせられて少し不機嫌な顔をする幼い俺と、ご機嫌な美羽が映っていた。

 双子、あるいは兄弟姉妹だといわれたら誰も疑わないだろう。それくらい似ている。


「滝くんに話したら、見たいっていわれたから持ってきたの」

「お前は、何の話をしているんだ……これは没収だ」

「えー、横暴!」

「こんなもん、クラスメイトに見せられるか」

「じゃあ、じゃあ、その代わりに水族館デートの話聞かせてよ!」


 タダでは起き上がらないとはこのことか。

 にこにこの美羽に、このあとしばらく食い下がられて、水族館の話をせがまれた。

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