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第20話 夏休みの予定は学習の予定でぎっしりになる?

 お喋りな母さんが、淳之輔先生を困らせるんじゃないかって、気が気でない食事がやっと終わった。

 満腹でケーキまで食べられそうにない状態になり、俺は淳之輔先生と自室に移動した。


「凄いご馳走だったね」

「誕生日だってあんなに作りませんよ」

「そうなの? よっぽど瑠星の成績が上がって嬉しかったんだね。しかし、食べ過ぎたな」


 いつもの椅子に腰を下ろしながら、淳之輔先生が苦笑を浮かべる。

 テストの点数が良かったことより、たぶん、淳之輔先生にご馳走したくて仕方なかったんだと思うな。先生の好きな料理は何か、散々質問されたし。


 数日前のことを思い出して顔を引きつらせていると、先生が「瑠星も勉強って気分じゃなさそうだな」といった。

 これだけ苦しければ、誰だってやる気が湧かないと思う。昼休み後の物理並みに眠気も襲ってきそうだ。なんなら、ベッドに転がりたいくらいだ。


「今日は、これからのことを考えようか。夏休みにも入るし課題もあるだろう? あと、夏期講習とか」

「課題は来週わかるはず。学校の夏期講習は数学と英語だけ受けます」

「その日程、教えて」

「えーっと……データ送ります」


 スマホを取り出し、予定表のスクリーンショットを淳之輔先生に送ると、先生は頷きながらそれを確認した。


「講習のテキストは?」

「学校で使ってる問題集を使うっていってました」

「なるほど。後は、大学入試の過去問を使う感じかな」

「入試問題は、難関校と共通テストから選ぶっていってました」

「一応、夏期講習で一学期の総復習はするみたいだね。それじゃ、俺は高一の復習に重点を置いて、秋の模試に備えるようにしようかな」

「模試?」

「ああ、そうだ。え、何? 申し込んでないなんていわないよな?」


 ぎょっとする淳之輔先生から、思わず視線を逸らした。


 そういえば、担任から河英の全国模試に申し込むよういわれていた気がする。

 でも、今の俺が受けてもC判定にすらならないんじゃないか。そもそも、行きたい大学がまだ決まってもいないのに受けても意味ないんじゃないか。色々考えているうちに、どうでもよくなったというか、存在を忘れてしまったわけで。


「まだ、間に合うから、さっさと申し込め。今すぐ!」

「でも行きたい大学決まってないし」

「そんなのどこでも良い。美浜と都立、藍山あおやまあたりにしておけばいい」

「どこも、今の俺じゃ無理だし」

「そんなのは、わかってる。この時期に必要なのは合格判定じゃなくて、今自分が全国でどの位置にいるかを把握すること。それと、自分の武器が何かを知ることだ。そういうのは、学校のテストじゃ見えないからな」


 ほらさっさと申し込めと急かす先生は、スマホを持つ俺の手元を覗き込んできた。ちゃんと申し込むのを確認する気だ。

 渋々と河栄予備校のサイトを開いて、秋にある全国模試の申し込みページへといった。


「それと、英検もとれよ」

「あー……担任にもいわれました」

「どこまで取った?」

「……三級」

「最低でも二級。出来れば準一級を目指すこと!」


 ぴしゃりといわれ、涙が出そうになる。

 それも担任にいわれていたけど、なんか面倒でずるずると逃げてきたんだよな。昨年、準二級を受けてあと数点ってところで不合格だったから、なんか、こう……やる気が削がれたというか。


「瑠星の成績を見る限り、頑張れば二級はいけるはずだよ」

「……でも俺、準二で落ちたんですよ」

「それは対策が足りなかっただけだろうな。受けたら何とかなるって漠然と思ってただろう」

「うっ……」


 痛いところを突かれ、ぐうの音も出ない。


「二次試験で良く出されるテーマやトピックだってある。面接の準備だって可能だ。とりあえず、今年中に二級までいこう」

「簡単にいわないで下さい!」

「泣き言をいわない。英検の勉強は、そのまま模試の勉強にもなるから絶対やること」


 全国模試の申し込みが完了して、さあ次は英検の申し込みだなと急かされる。


「学習の習慣が身についてきたんだ。そこで甘えず小さな目標を達成していかないとな」

「それが、模試と英検ってことですか?」

「そういうこと。物分かりが良いな」

「……わかりたくなかったです」


 スマホに必要事項を入力しながら、ため息をついてると、淳之輔先生が「まったくしゃーないな」と呟いた。


 頭の上に、先生の大きな手が載せられる。そのままわしゃわしゃと髪を優しくかき乱された。まるで、拗ねた子どものご機嫌を取るような仕草に、少しだけ気恥ずかしさが込み上げる。

 これじゃ、勉強が嫌だと駄々ごねしている子どもみたいじゃないか。


「一学期の期末試験、頑張ったのはわかってるよ。正直、ここまで伸びるとは思ってなかった」

「……自分でもびっくりしました」

「やればできるってことだけど、やらないと、元の瑠星に戻っちゃうからね」


 わかってるけど、せっかくの夏休みに入る訳だし、少しは遊びたいと思っても良いじゃないか。いや、特に何か予定がある訳でもないし、デートをするような恋人がいる訳でもないから、熱い日中はエアコンの効いた涼しい部屋でゲームするくらいだけどさ。


「とはいえ、夏休みに入ったら遊びたいって気持ちも分からないでもない」


 まるで俺の心の内を読んだように、淳之輔先生がいった。思わず先生を振り返ると、艶々の赤い唇の口角が上がった。

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