返ってきたテスト用紙に刻まれた結果は、軒並み平均点を超えていた。
高校入学以降、墜落寸前の低空飛行を続けていた数学でさえも61点、53点と、今まで見たことない数字を打ち出している。あえていうなら、得意科目の歴史が57点でギリ平均点に落ちていたのは問題かもしれない。
とはいえ、理数科目が堂々の平均点越えなんて、快挙だろう。
帰宅の用意をしている最中、手にした数学のテスト用紙を、いまだに信じられない気持ちで見ていると、谷川と東が声をかけてきた。
「家庭教師って凄いんだな」
「瑠星が61点って、明日は雪降るんじゃねぇの?」
「……俺もビビってる」
「「お前もかい!」」
谷川と東は声をそろえて突っ込み、げらげらと笑った。
「これで先生が女子大生だったら、夢の展開が待っていただろうに」
「お前ら、まだそれにこだわるのかよ?」
「王道展開はいいぞ! しかし、初めからおっぱいを触らせてくれっていうんじゃない。物事には順番が必要だからな!」
「わかるー!」
「わかるのかよ」
うんうんと頷く東に気をよくした谷川は、よくわからない力説を始めた。
「まずは最初に頑張りを見せ、ご褒美があったらもっと頑張れるって展開が望ましい」
「そのご褒美でエロいこと頼む気だろう、お前ら」
「ふふふっ、瑠星くんは女心が分かっていないね。焦ったら童貞だってすぐバレるぞ」
いや、お前だってわかってないだろう。年齢=童貞組じゃないか。内心、したり顔となった東に突っ込みを入れながら、クリアファイルにテスト用紙を挟んでリュックへと突っ込んだ。
「そうだ。焦ってはいけない。まずは名前を呼ぶ仲になることを目的とするんだ!」
「谷川先生。その……春さんって呼んでいいですか?」
「それじゃ、私は諒太くんって呼んでいいかしら」
谷川は、自分の名前から一文字取られた妄想女子大生になりきって、腰をくねらせた。その手を、ぐわしっと両手で握りしめる東は、教え子になりきっているんだろう。
男二人見つめ合っているこの光景、突っ込んだ方が良いのか?
「嬉しいです、春さん! あの、次のテストでも必ず平均点を超えます」
「平均手だけ? 私の教え方、上手くないかな」
「そんなことありません!……それじゃ、全科目75点以上を取ったら、ご褒美に」
東と谷川の寸劇は続く。
これを俺は止めるべきなのか。それとも、気付かれないようにフェードアウトするべきなのか。考えながら、机の中にあるテキストやノートを取り出してリュックへと移し、寸劇から視線を逸らす。
そんな微妙な空間に割って入ったツワモノがいた。
「谷川くん、東くん、何騒いでるの?」
「「大沢さん!?」」
谷川と東は手を握りしめあったまま、満面の笑みになる。そこ、まずは手を放すところじゃないのか?
二人の暴走を止めてくれた立役者の美羽は、不思議そうに小首を傾げた。
「「煩かった? ごめん!」」
「ううん、そんなことないけど、盛り上がってたから」
美羽も引くくらいの反応の良さだ。
本当に見事に共鳴しているよな、こいつら。そういや、揃いも揃って美羽のことが好きだったっけ。守ってあげたいナンバーワンだと、いつだか力説していたことを思い出す。美羽は学校では猫かぶりだからな。本性知ったら、二人とも泣き崩れるかもしれない。
リュックを肩に下げながら、「家庭教師ごっこしてたみたいだよ」といってやると、二人は面白いくらい同時に俺を見た。
「何それ?」
「家庭教師におねだ──」
「瑠星は黙っとけ!」
「家庭教師?」
「なっ、何でもないから! それより大沢さん、どうしたの。何か用があったんだよね?」
俺の的確な解説を、口を塞ぐという手段で阻止した谷川の横で、東はにこにこ笑って美羽に問い返した。
「学校祭のことなんだけど、夏休みに入ったら、衣装作り始めたいなって思ってるの」
「そっか。大沢さん、服飾班だったね」
「オタゲー班も、おそろいの法被作るっていってたよな。それも、大沢さんがやるの?」
他クラスの劇やミュージカルと違って、大道具の用意は必要がない。その分、衣装に予算をつぎ込む形になっているんだけど、その中心が美羽だったな。服飾部に所属しているから適材適所って奴だろう。
女装アイドルの衣装は、ディスカウントショップでコスプレ衣装を買ってリメイクするとか話してた気がする。
「
「激安王で買うんだろ? そのままでいいんじゃない?」
「星ちゃんは背も小さいし、細身だから着られるけど、滝くんは無理でしょ? そっちのリメイクが大変なの」
小さいは余計だろう。突っ込みを入れながら、俺は滝の姿を探してみた。だけど、その姿はすでに教室にない。どうやら部活に行ってしまったようだ。
「早めに買い出し行きたいんだよね」
「荷物持ちにお供します!」
「谷川くん、ありがとう。あとね、アイドル役の皆の寸法も計らないと」
「それじゃ、明日の昼休みにそれやって、服飾班からも何人か買い出し行けるように話進めた方がいいね」
ありがとうといわれてテンションの上がる谷川の横で、東がスマホを取り出す。
「クラスチャットにメッセージ投げとくよ」
「うん、それでお願いね」
「任せて。大沢さんのためなら、俺、なんだって頑張るからさ!」
「俺もだよ!!」
「あたしのためじゃなくて、クラスのために頑張って」
美羽は大人しい顔で、東と谷川の「俺を意識してアピール」を見事に交わした。あっさりと一刀両断された二人だけど、頑張っての一言がよほど嬉しかったのか、全く堪えていない。本当に、幸せな奴らだ。
確か、美羽のタイプって高身長の筋肉質な男だったよな。ガチムチも良いし、脱いだら凄いんですも好き。そんなことを前に力説していたことがある。
東は高身長ではあるが、胸板とか薄いんだよな。谷川は俺より少し背が高いくらいで、太ってはいないが筋肉とは無縁な中肉中背だ。まあ、帰宅部なんてそんなものだろう。可哀想だが、美羽の好みの外見とはほど遠い。教えた方が、二人のためかもと、最近思うんだよな。
教室を出ていく美羽の後ろ姿を見送る二人は「やっぱ良いよな」と手を取り合って呟いている。
「大沢さん可愛いよな。まさに大和なでしこ。高嶺の花!」
「黒髪パッツンなところが、また良いよな」
「守ってやりたいナンバーワンだ」
「どこが良いのか、俺にはさっぱなんだけど」
何をどうしたら、高嶺の花になるのか。あいつ、身内にはえげつないワガママだぞ。なんてことを口にした日には、美羽からの報復が恐ろしいことになるだろうから、黙っているけどな。
言いかけた言葉を飲み込んで口角を引きつらせていると、二人は信じられないといわんばかりの顔で俺を振り返った。
「瑠星、一度、眼科に行ってこい!」
「自慢じゃないが、視力は1.5だ」