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第15話 どうしてか二人で写真を撮ることになりました

 学校で発覚した盗撮の話を淳之輔先生に伝えたら、見事に笑われた。不愉快になられたらどうしようかと思っていたけど、思いっきり笑い飛ばしてくれた。


「どこで誰に見られてるか、わかんないな」

「俺もびっくりしました」

「悪用しないなら、まあ、構わないけどさ」

「あー、それ……一応、クラスメイトにはそれとなく伝えたんですよ」

「え? 気まずくならなかったか?」

「いや、そしたら……消す代わりに写真撮ってきてほしいっていわれて」

「は?」

「なんか、一人、ガチで淳之輔先生に一目ぼれしたとかいってて……勿論、出来たらでいいとはいってたけど」


 一目惚れっていうか、調子に乗って騒いでいるっていうか、新しいおもちゃを見つけたみたいだったというか。正直なところ、俺は断っても問題ないって思ってるんだけど。

 淳之輔先生は少し複雑な顔をしている。

 まあ、普通嫌だよな。知らない人に写真を渡すとか。


 困らせる気はなかったし、黙って断った方がよかったのかな。伝えないで勝手に断るのも角が立つ気がしたから、こうして説明したんだけど。

 淳之輔先生が眉間にしわを寄せる顔なんて見たくなかったな。


「断っていい話だし、俺、適当にいっとき──」

「別に構わないけど」

「──え?」


 スマホをいじりながら返ってきた言葉に驚いていると、淳之輔先生は俺の肩を引っ張って顔を寄せた。そうして、にやりと悪戯を思いついた子どものような顔で笑う。


「二人で撮られたんだし、二人の写真送ったらよくない?」


 ぴったりとくっついたら、爽やかな香りが漂ってきた。シャンプーか香水なのかはわからないけど、めちゃくちゃいい匂いがする。男の人でも、こんないい匂いがするんだ。

 教室ではよく「男子汗臭い」と女子に散々いわれてるし、実際そうだと思っていたから衝撃だった。


 淳之輔先生の大きな手が俺の髪に差し込まれ、凄い近くに引き寄せられた。そんな近づかなくったって、ちゃんとスマホ画面に二人で収まるだろ!?

 驚きと緊張とで、よくわからない感情が渦巻き、顔が引きつっていく。


「ほら、瑠星も笑って」

「無理だし!」

「えー、瑠星が笑ってないと仲悪そうに見えちゃわない?」


 こんな綺麗な人の横に並ぶって、あれじゃないか。引き立て役っていうか、お目汚し?

 クラスの女子に「若槻くんが邪魔!」といわれる未来が見えた。


 スマホのシャッターが切られる音が響いた。

 写し出された俺は笑うどころか、視線が泳いでいる。照れているというか、なんか、反抗精神むき出しの思春期中学生みたいに見える気がした。それを見て、淳之輔先生は小さく噴き出す。


「あー、でも、これはこれで兄に反抗する弟みたいで可愛いと思うけど」

「なしなし! そもそも、可愛いって何ですか、可愛いって!」

「えー、俺は好きだけど、コレ」

「撮りなおし! 俺の部屋がっつり写ってるし!」

「そんな気にならないと思うけど」


 あっさりという淳之輔先生は、楽しそうにまたスマホを構える。

 写真を撮るのは好きだけど、自撮りは得意じゃないんだよ。そういうのって、一軍陽キャとか女子の得意分野であって、モブな人生を送る俺みたいのは、使う機会はほとんどないからな。

 俺の意見ガン無視で、写真の撮り直しは繰り返された。窓を背にしてみたり、壁を背にしてみたり。ネタ狙ってでベッドの上とかどうとかいい出す始末だ。


「ほら、瑠星! もうちょっとこっち寄って」

「そんなくっつかなくても……」

「顔切れてるぞ」


 こうして、ああでもないこうでもないと繰り返し、第五テイクでやっとまともな一枚が出来た。


 淳之輔先生の満面の笑みは眩しい。

 俺のスマホに送られてきた写真を眺め、イケメンの横に並ぶもんじゃないと再確認をする。それと同時に、淳之輔先生の綺麗さが充分に引き出されているとも思えなかった。


 俺なしで先生をピンで撮った方が絶対いい絵になると思うんだよな。勿論、俺の部屋なんかじゃなくて、街中でも公園でも、場所は何でもいい。中途半端な蛍光灯の下より、太陽光の下で撮った方が絶対綺麗に撮れると思うんだよな。


「先生をピンっで撮った方がいい写真になると思うんだけど」

「そうか? 仲良し兄弟って感じでいい写真だろ?」

「俺が邪魔としか思えない……」

「そんなことないって。瑠星、可愛いから自信持てよ」

「……可愛いっていわれて喜ぶ男子高校生はいないと思いますよ」

「はははっ、悪い。でも、うん、やっぱ可愛いって。これ見たら、瑠星のファンが増えちゃうかもな」


 繰り返される可愛いという言葉に若干の照れと悔しさを感じる。

 それって、やっぱり子どもっぽいとか弟扱いみたいなことなんだよな。


「俺にファンなんて出来ませんって。どう見たって、先生の邪魔したモブです」

「今日はやけに卑屈だな。……さて、そろそろ休憩終わりにしようか!」


 苦笑を見せた淳之輔先生はスマホをポケットに押し込めると、授業を再開した。授業の後半は予定通り、数ⅠAの振り返りをみっちりだった。


 終始ご機嫌な様子の先生に反し、俺は苦手なデータ分析の問題に頭痛を感じる一時間となり、帰り際に「来週テスト帰ってくるの楽しみにしてるからな」といわれたことで、さらに気分が滅入ったのはいうまでもないだろう。


 来週、俺は笑っているのか、はたまた泣くのか。こんなに頑張って赤点ギリギリだったら嫌だよな。


 部屋で一人になり、どっと疲れを感じてベッドに転がった。

 スマホを出し、淳之輔先生と撮った写真を眺める。


 先生は兄弟みたいだっていってたけど、そうは見えないよな。いや、かといって友達というには服装も雰囲気もなんか違う。しいていうなら、あれだ。推しの前で緊張しているファンみたいな感じだ。最初に撮った時よりは挙動不審さは感じないけど、緊張しているのが丸わかりじゃないか。


 恥ずかしくなって耳まで熱くなる。

 これをクラスの女子に見せるとか、拷問じゃないか?


 何をいわれるか、わかったもんじゃない。それに……なんとなく、いつも俺に向けられている笑顔が他人に向くってい考えたら、もやっとした。いや、別に嫉妬とかじゃないけど。


 もう一度、写真を見て「はずっ」と呟いた俺は、画面を閉じた。

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