寂しそうな目をそした淳之輔先生が告げる前に、俺は何となく気付いていた。先生の幼馴染は、美浜大に合格しなかったんだろうなって。
外灯の光を浴びた淳之輔先生の赤い唇が、困ったようにほんの少しだけ弧を描く。
「ずっと一緒だと思ってたけど、親友は受験失敗してさ」
想定通りの言葉だった。だけど、返す言葉の正解は一つたりとも思い浮かばなかった。
だまって淳之輔先生の横顔を見ていると、俺が困っていると察したらしい。先生は慌てた様子でこっちを見て「悪い」といって話を切り替えようとした。
「来年受験の瑠星に、失敗とかいうのはなしだよな」
「それは気にしないけど……先生、その幼馴染と気まずくなったの?」
「……まあ、そんなとこだ」
あははっと気が抜けたような笑いを零す淳之輔先生の目が、少しそらされた。
いつもの豪快な笑い方じゃなくて、なんだか、諦めたような感じの笑い方だった。それが酷く気になった。まるで、何かを後悔しているような顔だったからだろう。
自然と歩みが止まった。
俺が立ち止まったのに気付き、淳之輔先生も足を止めてこっちを振り返る。
「じゃあ、先生は美浜大に行ったの、後悔してるの?」
綺麗に化粧して、好きの塊みたいな恰好をしている淳之輔先生は大学生活を満喫しているんだと思っていた。
大学には高校生活とは違う何かがあるんだろうなって、ぼんやりと思えたし、少し期待みたいものも感じ始めていた。だから、できれば後悔しているなんて聞きたくない。でも、だからこそ先生の話を聞かないといけない気もした。
少し考えたそぶりを見せた淳之輔先生は「どうだろうな」と呟く。
「今はやりたいこともあるから、美浜を受験したことは後悔していないかな。ただ……あいつはなんて思っているか」
「その幼馴染に、聞いてみたらいいのに」
俺の言葉に淳之輔先生は驚いた顔をすると、開きかけた唇をきゅっと引き結んだ。
「……俺、高校受験で第一志望落ちて。友達は受かったけど、そいつと今でも連絡とるよ。落ちたのは俺の勉強不足だし……何とも思ってないって断言はできないけどさ。それで友達止めるとかないよ」
勿論、淳之輔先生の幼馴染と俺は別人だから、考え方が同じとは思ってない。思ってないけど。
何だか先生が今にも泣きそうな顔をしているように見えた。だから、どうにか励ましたいって気持ちが、自然と言葉になっていた。
先生はじっと俺を見ていた。息を飲むような姿は、俺の言葉を待っているようにも見えた。
「幼馴染なら、先生のことよく知ってると思うし、先生が考えすぎかもしれないよ」
「……だといいんだけどな。一年以上、音信不通になったからな」
「だったら、早めに連絡した方が良いんじゃない?」
「今更って思わないか?」
「俺にも幼馴染いるけどさ。幼馴染って、結構唐突じゃない? こっちにお構いなしっていうか」
「そうか? あー、まあ、そうだったかもな……」
少しだけ表情が和らいだ淳之輔先生に、ほっとした。
これって励まし方あってるのかな、と思いはした。だけど、俺にも幼馴染はいるわけで、なんとなく美羽との関係性を思い浮かべながら話を続けた。
「それにさ。例えば、幼馴染が旧帝大に合格しようが、アイドルになろうが、俺には関係ないっつーか。そいつの人生じゃんって思うし、俺より勉強できたからどうとかないよ」
あいつが何をしようが俺には関係ない。だけど、仲違いしたら気分は悪いだろうな。親戚ってこともあるから尚更だ。
俺の言葉に淳之輔先生が嬉しそうに笑ってくれた。
「……瑠星は、優しいな」
ぽふっと頭に大きい手が置かれる。そうして、いつもとは少し違って、優しく髪を撫でられた。その手はすぐに離れて、道路を挟んだ向かいのコンビニを指差した。
「腹減っただろ。寄ってくか」
新発売のシュークリームが美味しいんだよといって笑う淳之輔先生を見上げて、俺も笑った。
この時、少しだけ淳之輔先生の気持ちがわかっているような気でいた。でも実際のところ、全く先生のことをわかっていなかったんだ。
後々、自分は本当に子どもだったと痛感することになるなんて、この時は思いもしなかった。