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第12話 先生が一緒だと勉強が捗る

 時刻は間もなく二十時を回ろうとしている。

 ファストフード店での耐久勉強を終え、俺は淳之輔先生と一緒に駅へと向かっていた。


「瑠星は、おっとりした顔してるのに、案外せっかちだよな」

「そうですか?」

「問題の解き方、早とちりが多いだろ。数学も案外、国語の問題だったりするからな」

「……あー、それをいわれると」


 過去のケアレスミスを思い出し、頭が痛くなる。

 家庭教師に来てもらってすぐ解いた数学ⅠAは、案の定真っ赤なノートになったんだけど、あの時もそうだった。


 解説をされる度に、問題を解くのに必要な前提条件を見逃していたとか、数字を見間違えだとかを指摘された。些細なミスが多いことを、淳之輔先生はことあるごとに「もったない」といっている。


「いつもいっているけど、重要なところには線を引く。条件を書き出す。図にする」


 指を折りながらいう淳之輔先生の声が、ずさずさと刺さる。

 わかっていても、なかなか身につかないもので、今日もノートは真っ赤になった。いや、一ヵ月前よりかは遥かに良いんだけどさ。


 こんな調子で再来週のテストで平均点が取れるのだろうか。頑張ってもどうにもならなかったら、それって、つまり才能がないということか。──多少なりとも考えることがある。まあ、それならそれで、諦めもつくんだけど。


 ずんっと沈んでいると、淳之輔先生の手が俺の頭にのせられた。視線を上げると、街灯に照らされた先生の笑顔が輝いた。

 ほんの数秒見つめ合った。すると、まるでペットの小型犬でも撫でまわすように、先生は俺の髪をくしゃくしゃとかき回した。


「そんな心配そうな顔すんなって。あと二週間くらいあるだろ?」

「……でも、他の教科もやるとなると」

「他のも見てやろうか? 狙われやすそうなとこの洗い出しなら、充分、手伝えると思うよ」


 立ち止まった淳之輔先生はスマホを取り出すと、カツカツと爪が当たるのも気にせず画面をタップする。そうして、何か確認すると「土曜日」と口を開いた。


「特に予定ないし、一日、耐久勉強に付き合えるよ」

「え?」

「土曜だと、ファミレスは混むかな……でも、家庭教師の予定以外にお邪魔すると、迷惑だよな」

「そんなことないです!」


 食い気味にいうと、淳之輔先生は一瞬きょとんとしたけど、再び俺の髪をかき回して「やる気でてきたな」と嬉しそうに笑った。


「俺、淳之輔先生がいると勉強が捗るし」

「一人でやると、サボりたくなるもんだからな。俺じゃなくても、友達と一緒だと捗るかもよ?」

「あー……あいつらといると、サボりに誘導されるというか、誘惑が増えるというか」


 谷川や東のことを思い出し、思わず顔を引きつらせた。

 気が付けばゲーム実況を見て盛り上がっていたことは数知れない。

 どうせ文系の俺たちは数学なんて大学で使わないしとか、赤点さえ取らなければいいし、なんて言い訳を一年の時に散々したのを思い出す。


「そういうの、男子高校生らしいな。俺にも覚えがある」

「……淳之輔先生も? 美浜大に入ったのに」

「俺にだって苦手な科目はあったさ」


 苦笑を浮かべて歩き出す淳之輔先生の横顔を見ると、何かを思い出したのか、目を細めて懐かしむような顔になった。高校時代のことを思い出しているのかな。


「俺の幼馴染が、ガチの理系でさ」

「先生の幼馴染?」

「そいつが美浜大を目指すっていったから、競うように俺も第一志望を美浜大にしたんだ」

「やりたいこと、とかじゃなくて?」

「ああ……ずっと一緒にいたからさ。大学も同じところに通うのが、当たり前だと思っていた」


 零れた淳之輔先生の声はどこか寂し気で、雑踏にかき消されそうになった。

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