テストが近くなったことで、学園祭の用意は一時中断になった。俺も図書館に残ったり、帰宅途中でファストフード店やファミレスに入って耐久勉強をする日が続くようになった。
家にいると、どうも気が散るんだよな。テレビがついてるからなのか、母さんがすぐ声をかけてくるからか、はたまた両方か。
外にいると、スマホも気にならなくなるから不思議だ。
ノートと問題集を広げ、シャーペンを走らせていると「瑠星?」と声がかかった。顔を上げると、淳之輔先生がいた。いつものように完璧な化粧とお洒落なシャツ姿だ。
「やっぱり瑠星だ。一人で勉強?」
「え、あー、はい……淳之輔先生は?」
「遅い昼食ってとこ。そこ、座っていい?」
俺の向かいを指差す先生に、断る理由なんてないし、俺は頷いて返す。
テーブルに置かれたトレーには、大きな包みが二つとポテトが溢れる紙カップ、ホットコーヒーのカップがのっている。それと、サラダかな。やけにそのカップが小さく見えた。
「先生もバーガー食うんだ。しかも、二個も食うの?」
「今日は朝から忙しくて、食べてる余裕なくてさ。これでも足りないかもな」
「意外だ。なんか……もっとこうお洒落なの食ってるんだと思ってた」
「は? なんだそれ」
「いや、俺もよくわかんないけど、イタリアンとか? 難しいカタカナの料理名のやつとか……ほら、あれ。ビーフストロガノフとか」
「ビーフストロガノフって、イタリアンじゃないだろう。ロシア料理だし」
「へー、そうなんだ。でもなんか、横文字のもの食ってそう」
「ハンバーガーだって横文字だろ?」
確かにハンバーガーも横文字だけどさ。なんか、そういうジャンクなの食ってなさそうに見えたっていうか、お洒落なシャツ来た大学生はお洒落なカフェとか行くんだと思ってたっていうか。
無邪気というか、俺ら男子高校生と変わらない笑顔をみせた先生は、バーガーの包みを開ける。そうして、パテが二枚も入っている大きなそれに、躊躇することなく嚙り付いた。
ぶちゅっとこぼれたソースが、赤い唇の端を汚した。そんなことにも気にしない淳之輔先生は、ぺろりと舌先でそれを舐めとる。
「イタリアンっていうか、ピザは好きだけどな。お洒落なカフェよりも、デリバリーのちょっと冷めたヤツな」
「俺、耳までチーズ入ってるの好きです」
「アレも美味いけどさ、地味なマルゲリータが最終的に落ち着くんだよな。それと、薄いやつは食べた気がしないよな」
「薄いのってクリスピー生地?」
「そう、それ。冷めても美味いのはパン生地だと思わないか?」
頷きながらポテトを摘まんだ淳之輔先生は、その指先についた塩をぺろりと舐める。案外、雑というか俺と変わらないような食べ方をするんだなと思うと、なんか、急に親近感が湧いてきた。
兄弟みたいに。先生がそういっていたのを、ふと思い出す。案外、それって悪くないのかもしれない。
淳之輔先生がバーガーに嚙り付いている向かいで、少しそわつきながら、俺は再び問題集に向かった。
「瑠星……そこ、間違ってるぞ。いつもいってるだろう。数列は、まず書き出せって。あー、あとそっちは符号ミスってないか?」
ノートをつついた指先は、艶やかな青いグラデーションのネイルが光っていた。
「俺が食い終わる前に、その大問終わらせておけよ。解説してやるから」
「え?」
「この後別に予定ないし、付き合うよ」
そういって、再びバーガーに嚙り付く。
俺が呆然としてるのを見て、淳之輔先生は赤い唇の横にソースを付けたまま、にっと笑った。その顔が、なんだか少し可愛くも見えてしまい、俺はさらに硬直した。
年上、しかも俺より背も高くてイケメンの先生に可愛いってなんだよ。
自分に突っ込みを入れながら、動揺を誤魔化すように「でも」といえば、淳之輔先生はぱちくりと目を瞬く。
「今日は家庭教師の日じゃないし」
「そんなの気にするなって。可愛い弟が頑張ってたら、応援したくなるもんだろ?」
弟といわれ、むず痒くなる。可愛いは余計だけど。つうか、先生の方が可愛いと思うんだけど。いや、カッコいいでもあるけどさ。なんていうか、そう、仕草が可愛いんだよ。
どう返事したら良いかわからず困ってると、少しがっかりしたような表情をされた。
そんな顔されたらなおさら困るんだけど。
「……じゃあ、お願いしようかな」
少し遠慮がちにいえば、淳之輔先生は嬉しそうにパッと顔を輝かせ、任せろというなり、大きな口で再びバーガーに嚙り付き始めた。
ちょって待って。俺の想定よりも食べる速度早くない?
俺は慌て、間違いながらも問題を進める羽目になった。