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第9話 俺の女装なんかより、先生の女装の方がいいに決まってる

 家庭教師の日程は、火曜と金曜の週二回。一日二時間、基本は数学を教えてもらっているが、時々他の科目もみてもらっている。


 授業内容は、前半に数ⅠAの復習をして、後半に学校の授業で理解できなかったところを補填するような授業になっている。その間、十分くらい休憩を挟むんだけど、淳之輔先生は毎回のように「学校でなんか面白いことあった?」と、学校の話を俺に尋ねた。


「そういえば、ロングホームルームで学園祭前の出し物決めたんですよ」

「学園祭? もうそんな時期か」

「うちは九月末だから、今時期から動きますね」

「んで、何になったの、模擬店?」

「……女装アイドルとオタゲーのステージです」


 先生の綺麗な目がパチパチと瞬かれた。そうして、一拍おいたと思ったら吹き出して笑い「思いきったことするな」といった。それに「しかも俺、センターなんです」といえば、興味津々な目が向けられた。


「瑠星が!?」

「断りきれなくって……ほら、場の空気とかあるじゃないですか?」

「なに、やりたくないの?」

「……出来れば、やりたくないですよ。女装アイドルって、晒し者じゃないですか」

「そうか? 面白いと思うけど」

「先生は日頃から化粧してるから、抵抗ないかもだけど。女装ですよ?」

「いや、俺も女装はしたことないから」

「でも先生ならほら、パリコレ? 海外のモデルみたいになりそうじゃないですか?」

「パリコレモデルに失礼だろう」


 げらげらと笑う姿を見ながら、俺は淳之輔先生に女装姿を重ねて想像してみた。

 背は180センチ近くあるし、肩幅もしっかりした体つきで大人の男そのものだけど、滝みたいなゴリラ感はない。海外のモデルってデカい印象あるし。足が長くてスタイリッシュで──全然ありだと思った。最近は、ファッションもジェンダーレスになってるって、美羽もいっていたし。


 もしも俺じゃなくて淳之輔先生がステージに立ったら、注目浴びそうだよな。


「淳之輔先生が女装アイドルするなら、見てみたいかも」

「残念だが、俺、音痴だから無理だわ」

「え? 音痴なんですか? もったいない」

「何度、歌を聞かせてといわれた挙句に、百年の恋も冷めるといわれたことか」


 それはなんともご愁傷さまで。と思いつつ、俺もさほど歌が上手いわけでもないことに気付く。


「……俺、音楽の成績、二だった」


 辛うじて音痴ではないと信じたいが、どうなんだろう。

 途端に不安が大きくなり、さっと血の気が引いた。それを見た淳之輔先生はにやり笑って「俺も見に行こうかな」なんていう。たまらずと反応すれば、先生はまた笑い声をあげた。


「無理無理無理無理! やっぱ、ただの晒し者だって!」

「そんなことないって。他の子がどんなかは知らないけど、瑠星は可愛くしてもらえるよ」

「でも、背が小さいくらいの要素しかないですよ。そもそも歌が下手だったらアイドル失格でしょう!?」

「瑠星完璧求めすぎじゃないか? あー、でもそうだな。瑠星って意外と努力家だったな」

「先生、何に納得してんですか!?」


 ふむふむと頷く先生に突っ込みを入れつつ、なんとか出し物を変えられないか必死に考えたけど、いい案なんて出てくるわけもない。


「まあ、ノリで楽しんだらいいんじゃない?」


 淳之輔先生の指が伸びてきて、ふにっと俺の頬を摘まんだ。何事かと驚き、きょとんとすると、先生はじっと俺を見る。


 げらげら笑って涙を浮かべていた切れ長の瞳が、真剣に俺を見ている。さっきまでの表情とは何かが違うと感じた。だけど、そこから淳之輔先生の考えを読み取るなんて、俺には出来なかった。


 思わず息を飲んで硬直していると、少し冷たくて、さらさらたした指先が頬から離れていった。

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