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第8話 学園祭の出し物、マジでそれなの!?

 家庭教師が来るようになってから、俺の生活リズムにも変化が生じた。

 その一番の要因は、淳之輔先生から定期的に「問題集どこまでやった?」とか「わからないところある?」ってメッセージが飛んでくることだ。


 やってませんなんてカッコ悪いことがいえない俺としては、隙間時間を使って黙々と問題集を進めるようになった。


 校内では底辺一歩手前の成績ではあるが、これでもそこそこ名の知れた進学校に通ってる。つまり、なけなしのプライドが俺の中にもまだあったようだ。

 たぶん、そのちっぽけなプライドを先生は上手いこと煽っていたのかもしれない。


 通学の電車の中だったり、放課後にファストフード店で耐久勉強したり。今までの、家と学校、ゲーセンの往復という図式が少しずつ変わっていった。

 あんなに嫌だと思っていた淳之輔先生の訪問も、気付けば待っているようになった。そうして、瞬く間に期末試験が二週間前と迫ってきた。


 そんな、ある日の放課後。


「星ちゃん、こんなところにいた。東くんたちが探してたよ」


 自販機であんパンを買って齧っていると、後ろから声をかけられた。美羽だ。


「あー……あれだろ。学園祭の出し物」

「そうそう。主役がいないと話が進まないって怒ってたよ」

「主役って……俺は裏方が良いっていったんだけどな。で? お前は何でここにいんだよ」

「星ちゃんを探すという名目で、サボりに来た。幼馴染特権ってやつだね」


 自販機の前で、飲み物を選ぶ美羽はあっけらかんと答える。教室に戻る気は、さらさらないらしい。俺の横に立つと、買ったばかりのパックジュースにストローを挿して飲み始めた。


「つーか、女装アイドルのステージなんて誰得なんだよ?」


 最初こそ、コンセプトカフェをやろって話しだったじゃないか。それが一転二転して、行き着いたのは女装アイドルとオタゲーによるステージ。クラスで断トツ身長が低い俺に、白羽の矢が立ったのは自然な流れだった。

 最初こそ嫌だと訴えた。けど、クラスのノリを白けさせるのは不味いとか、付き合いとか、それなりにあってだな……


「キモいだけだろうが」

「そんなことないよ。星ちゃん可愛いからイケると思うよ。それに、委員長とラグビー部の滝くんもノリノリじゃない」

「あー、委員長……意外だったな。そういったアホなノリ嫌がりそうなのに」

「そう? 委員長、地下ドル好きらしいよ?」

「マジか。人は見かけによらないな。けど、滝はどうなんだ?」


 クラスメイトを思いだし、思わず顔を引きつらせる。

 滝の顔は悪くない。女子の人気も高いし、昨年のバレンタインデーでもチョコを山のようにもらっていた。だけど、ごりごりマッチョなラグビー部員なんだよな。

 あんなゴリラで女装とか。悲鳴が上がるだろう。


 そもそも、夏休みが明けた九月下旬の学園祭用意を、今から騒いでいることにも、俺は疲れすら感じている。

 定期テストを控えていることもあって、谷川や東は、現実逃避したいんだろう。その気持ちは、わからなくもない。わからなくもないが、女装アイドルってのはぶっ飛びすぎじゃないか?


 もう少し一般的な出し物でテキトーにやれば良いのにと思うわけだ。


 他のクラスみたいに、飲食店とかお化け屋敷、迷路みたいな体験型の模擬店で良かったのに。なんで俺が、晒し者にならなきゃならないんだか。


「演劇とかミュージカルよりは、覚えること少ないと思うよ?」

「オタゲーの奴らはそうだろうけど、俺は歌って踊らなきゃならねぇだろ?」

「なら、そう反論すれば良かったのに」

「お前は場の空気、壊せるのか?」

「あー、まぁ、無理だよね」

「それにアイドルは、女子でやった方が良くないか?」


 食べ終えたあんパンの袋をくしゃりと握りしめ、げんなりとする俺の横で、美羽が「わかってないな」と呆れたように声をあげた。


 何が、わかってないんだろうか。


「ダンス部やチア部のあたりを主力にした方が良くないか? 軽音部だっているだろ」

「部活での出し物もあるから、クラスでは裏方がいいとかあるんじゃない? それにさ、女子って牽制しあうからね」

「牽制?」

「そっ。いくら役といっても、アイドルで舞台の中心で目立つとか自殺行為なんだよ」

「なんだそれ。ダンス部とかチア部もか?」

「それこそだよ。他の部から、また出しゃばってるって思われたりするんだから」

「うえっ、なんだそれ。適材適所が頑張れば良くね?」

「そうもいかないのが女子なの。きゃっきゃして男子に化粧して、衣装考えて、買い出しいった方が平和なのよ」

「……なんか大変だな」


 なるほど、女子からの女装してお願いアピールはそういう、見えない事情があったのか。


 バカやって騒ぐ単純な男と違って、仲良くしつつも牽制しあってるとか大変だな。そういや、美羽も学校では化粧を控えているし、自分が地雷系ファッションを好きだって話していないみたいだよな。TPOだとかいっていたが、そういった女子事情もあるのかもしれない。


 女子は色々と面倒そうだ。男に生まれて良かったとつくづく思うよ。

 だからといって、俺の不満を解消する理由には弱いぞ。


「それに、ネタ枠っていうの? 学園祭なんて笑ってなんぼだし、楽しければいいんじゃない?」

「……俺は楽しくないんだけど」

「それは、考えようだよ。星ちゃんは楽しませる側になるの!」

「……晒しものの間違いじゃね?」

「もう、マイナス思考だな。あたしが可愛くしてあげるし、自信もって! なんなら、学校のミスコンにもエントリーしようよ!」

「するか、アホ!」

「えー、絶対、星ちゃんならイケるって」

「それ、褒めてないだろう?」

「ほめてる、ほめてるー」


 美羽がけらけら笑うと、遠くから「見つけた!」と声が聞こえた。それから逃げようとした俺の首根っこを美羽が掴んでにっこりと笑った。


「青春って感じだね、星ちゃん」

「どこがだよ!」


 この後、教室に連れ戻されて選曲やら衣装相談と称したバカ騒ぎに巻き込まれたのは、いうまでもないだろう。

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