帰り道、憂鬱な気分のまま一人歩いていると、誰かが背中をつついた。振り返ると、パッツン前髪でツインテール、姫カットとかいう髪型の女子がいた。従兄妹の大沢
「星ちゃん! 一緒に帰ろう」
「パス」
「えー、何でよ。どうせ方角一緒じゃん」
「なんでって……お前、どうせゲーセンに付き合えっていうんだろ?」
「さっすが星ちゃん、わかってる! 昨日、すっごい可愛いぬいぐるみ見つけたの。ね、取ってよ」
「またかよ。けど、今日は無理。真っ直ぐ帰んなきゃなんないの」
美羽を振り切ろうとしてさっさと歩いても、お構いなしに大股でついてくる。俺の身長が156センチと高くないこともあるけど、十センチも差があるのに良くついてくるよ。
観念して、少しだけ速度を緩めると、美羽は「何の用があるの?」と首を傾げなら尋ねてきた。
「家庭教師が来る」
「えっ!? 家庭教師って……星ちゃんが勉強!?」
美羽の悲鳴が上がって、周囲からの視線が突き刺さった。気のせいか、くすくす笑い声まで聞こえてくるぞ。
「うるせーよ。ったく、目立ちたくないっつーわりに、いつもこれだ」
「星ちゃんが驚かすのが悪いんじゃない!」
「俺のせいなの、おかしくね?」
「だって、ゲーセンと家の往復な星ちゃんが勉強って」
「母さんが勝手に決めたんだよ」
ゲーセンと家の往復って、お前も大概そうだろうが。突っ込みを入れたくなりながら、ため息をつくと、美羽は納得したように、なるほどと頷いた。
「星ちゃんママ、そういうとこあるよね」
「しかも、美浜大だってさ」
「美浜大って、もしかしてエリート!? ちょっとお友達になりたいかも」
「お友達って、お前なぁ……エリートの男が、遊んでるガキ相手にすると思うか?」
「遊んでないし! まあ、でもそっか。家庭教師は男か。なら、いいや」
「あからさまに、がっかりした顔するなよ」
「女の子なら頭の良し悪し関係なくファッションの話通じそうだけど、男じゃね」
がっくしと肩を落とす美羽は唇を尖らせた。
ファッションの話しをするなら、クラスメイトにすりゃ良いだろうと思いながら美羽の私服を思い出し、そこは口を噤まざるを得ないかと察した。
例えば韓国系ファッションだとか、きれいめ系だとかよく街で目にする服装や化粧だったら、良かったんだろうな。それは、本人もぼやくことがよくある。しかし、美羽の好きなものは少しばかり路線がズレている。
「お前の好きな服が特殊なんだよ」
「ううっ、わかっています。でも、サブジラが好きなの!」
「まあ、似合ってはいるけどな」
「でしょー! 星ちゃん、わかってる!! 夏の新作が出たんだけどね、それがまた可愛いの」
目をキラキラさせながら、美羽は服の話を始めた。
そう、こいつが好きなファッションっていうのが、所謂サブカルファッションってやつだ。正直な話、俺もわからない。地雷系と量産型は違うんだと力説されても、さっぱりだ。とりあえず、不思議なことに美羽にはよく似合ってると思うし、本人が楽しそうならいいんじゃないかとは思ってる。
しかし、美羽は本当に友達がいないのか、ファッションとは縁遠いような俺にさえも楽しそうに話を振ってくる。
「この前、新しいコスメも買ったの。ラメが細かくって綺麗なんだよ!」
「へえ。でもさ、学校は化粧禁止だろ?」
「そんなの守ってる子いないよ。なんなら、先生と化粧談義するし。それに、学校ではナチュラルだから問題ないの」
「あー、まあ、確かに休日と雰囲気違うよな」
「ふふふっ、ファッションを楽しむためにはTPOをわきまえることも大切なんだからね」
「いや、男にその話は必要なくね?」
そりゃ、最近は化粧男子とか、美容男子っていわれる男もいるみたいだけどさ。高校生ではさすがに珍しい。
美羽の唇がつんっと尖って不満顔になった。
「なんで星ちゃんは男の子なのよ!」
「何でって聞かれてもな」
「女の子だったら、いっぱいお化粧のこと教えるのに」
「クラスメイトにしろよ」
「無理! 一軍女子怖い!!」
「別に一軍じゃなくてもいいだろう」
「うちのクラス、チア部とかダンス部とか、一軍ばっかだもん!」
全力否定した美羽は、駅に着くとゲーセンに行くといって手を振って去っていった。学校では大人しくしているくせに、外では本当に騒々しいヤツだ。
雑踏を抜け、改札を通って階段をのぼる。いつものホーム、いつもの車両に乗り込んでドアに寄りかかっていると、程なくして発車した。
揺れる車窓の外に広がる、なんてことない景色。案外ここから見る街の風景が好きで、スマホを出して写真を撮りたくなる。新しいマンションのすぐ横にある、蔦がびっしり絡まった古い住宅とかそそられるんだよな。蔦が絡まる姿は少しアンニュイさもあって、真新しいマンションとのコントラストがたまらなく魅力的だ。
傾いた電信柱とか、高架下の公園。そんなのも好きだから、電車から眺める景色は飽きがこない。
ぼんやり外を眺めながらニ十分がすぎた。
自宅の最寄り駅に降り、駅前の商店街を向ける。その先の長い坂道を上る足は、徐々に重くなっていった。
坂を上り切った先で住宅地を見下ろし、少し遠い山に沈んでいく太陽を見る。鮮やかな夕焼けが町を染めていた。
朝焼けは雨、夕焼けは晴れなんていうけどさ。この空とは裏腹に俺の心はどんより曇り空で、今にも雨が降りそうだった。