会えば解決することとはいえ、やっぱり、家庭教師というものに抵抗がある。考えても仕方ないことではあるんだけどさ。ただでさえやりたくない数学に向き合うのに、相性が悪かったら余計嫌になるだろう。そう考えるともやもやして仕方ないわけだ。
悶々としていると、谷川と東に貸していたプリントが机に戻ってきた。
「何、難しい顔してんの?」
「そんなに秀才と友達になりたいんか?」
「んな訳あるか」
「え、じゃあ、彼氏に秀才が欲しいとか?」
「アホか。何で彼氏なんだよ。俺は可愛い彼女が欲しい」
「そうか、秀才の彼女が欲しいのか」
「俺も欲しい~!」
いや、そんなこと一言もいっていないよな。
否定する間もなく、二人はにやにやと笑って俺に興味の眼差しを向ける。まあ、思春期の男子高校生なんて、こんなもんだよな。俺だって、別に女の子に興味がないわけじゃないし。
ただ、なんつーか、がっつくのもカッコ悪いなとか思わなくもない。
変なプライドを持つなって、谷川や東には笑われるんだけどな。それでもカッコよくありたいじゃないか。まあ、そのおかげなのか、十七をすぎたっていうのに年齢イコール彼女いない歴を更新中だったりするんだけど。
「五組の朝凪ちゃんとかいいよなー。可愛くて頭がよくて、おっぱいデカくて」
「俺、二組の戸川さんが好みだわ。図書館がめっちゃ似合いそうじゃね?」
「あれは脱いだらデカいよな」
「わかるー! Dカップは間違いないと思うぞ」
「いや、腰の細さから見て、あれはEだろう」
「お前ら、胸しか見てないのかよ」
「いや、ケツも見てるぞ。胸だけじゃねぇ」
「そういう話じゃねぇだろ」
「「おっぱいとケツは重要だ」」
声を揃えて力説をするな。
呆れるやらおかしいやらで失笑すると、東が「で?」と俺に話を戻してきた。
「そんなお前は、何組のお固い秀才に片思いしてんだよ」
「だから違うって。それがさ……家庭教師が来ることになったんだよ。しかも、美浜大の経済学部二年」
「女子大生!? 年上のお姉様だったか!」
「おっぱいデカいのか!?」
俺は一言も女子大生なんていってないぞ。本当にこいつ等ときたら、頭の中ピンク一色だな。
「バーカ。男だよ、男」
「なんだ男かよ」
「ってことは、成績が上がったら、ご褒美上げちゃう♡はないのか……」
「お前ら、何を夢見てんだ?」
二人はマンガかよって突っ込みたくなるほどの落胆ぶりを見せ、しゃがみ込んだ。
周囲の女子からは「これだからうちの男子は」と残念そうな声が聞こえてくる。ごもっともだが、その残念な男子に俺も含まないでほしいんだけど。
ため息をつきかけたときだった。机にすっと影が落ちた。
仰ぎ見れば、体育教師顔負けの筋肉もりもりな大場先生が立っている。この顔と体躯で社会科担当って間違いにもほどがあるよな。そのせいもあって、世界各地を回って冒険をしたことがあるとか、ジャングルの奥地に踏み入って大蛇と戦ったことがあるだとか、変な噂がまことしやかに語られている先生だ。
笑っている大場先生の顔を見た二人は、慌てて立ち上がった。
「エロガキども、とっくにチャイムは鳴ったぞ。ほら、さっさと席につけ」
周囲からどっと笑いが上がる。
前の席に座る女子が「男子ってほんと子ども」といって笑っているのが、地味に心臓に突き刺さった。それって、俺も含まれているんだろうな。
世界史の授業も、いつもと変わらず進んでいった。
放課後は待ってくれやしない。授業が終われば、家に帰らなければならないし、家庭教師はやってくる。どんな人が来るのか考えると憂鬱で仕方ない。秀才から見たら、俺の成績は酷いもんだろうし、どんな顔されるやら。
ふと窓の外に視線を向ける。そこには一筋の飛行機雲があった。
あの先はどこなんだろう。
全部から逃げだして、一人旅とかできたらいいのにな。スマホ片手に風景とって、美味しいもの食べて、土地巡りしてさ。海外に行くっていうのも良いな。まあ、そんな金も度胸もないけどさ。
消えてゆく飛行機雲を眺めていると「若槻!」と大場先生の無駄にデカい声が俺を名指しした。
やばっ、全く話を聞いていなかった。