「ねぇ有珠?聞きたい事があるのだけれど…」
「なに里桜?」
これは私の目に映る親友の恋愛事情のと言うべきなのか。
「やっぱり彼の事気になっているんでしょ?」
「んもうっ!里桜そんな事ないって何度も言っているでしょう?」
誤魔化しているだけで好意を向けているようにしか見えない。
親友の恋心の話。
私、大城里桜は今年高校一年生になる。
進奏和高校に通う女子高生。
最近親友の行動が可笑しいと思っていたのだけれど。
それはきっと彼女が他人に特別な興味を持ったからだと思う。
「私は青木君の事なんて何にも思っていないんだから!
信じてよ」
「そうね。なら…」
どうして青木君なんて名前が出てきたのかしら?
私は「彼」としか言っていないのに。
でも…彼女のその変化が私にはとても好ましく見えたのだ。
何ていうか…
周囲がそうさせてしまったのだけれど。
彼女は周囲から目立ちすぎる存在だったのだ。
亜麻色の髪色に青い瞳は控えめに言って目立つし。
それ以上に整った顔立ちは他人の視線を引き付ける。
そして何より笑うと同性から見ても惚れそうなほど可愛らしいのだ。
これでワンピースにエプロンドレスを着ていれば、
それこそ童話の物語に出てくるあのアリスを連想させる。
秀でた容姿は他者を引き付ける存在なのだ。
成績も学年上位をキープしていたのだから。
ある種の優等生だったのだ。
それこそ生徒会長に立候補しないかと言われる程度には。
本人は目立つのを嫌がってやらなかったけれどね。
それでも好意を向けられる事は多くて告白のハードルも高いけれど、
呼び出される事もしばしばあった。
入学して所謂恋多き青年を魅了する程度には、
有珠は可愛いから仕方がない。
「り、里桜そのね。今日の放課後開いてる?」
「…大丈夫だけれど呼び出し?」
「う、うん」
「本当に人気者ね」
「そんな事っ!里桜だった何度かあったじゃない」
「私の呼び出しは有珠とは違うもの」
「お、同じだよっ!」
入学当時が一番騒がしい。
放課後そういった形で呼び出される事は本当に多かった。
秘密裏にアタックして秘密裏に玉砕したい子が多いのだ。
金曜の午後はとても忙しいのよね。
告白だけして逃げる人が多いから。
「週末だけでも俺の事考えてみてよ!」
「ま、待ってください!」
有珠の制止も振り切って爽やかな笑顔で去っていくの好青年に対して、
有珠もお断りですって言って直ぐに返事を返せばいいものの、
律儀に土日に考えてあげるのだから。
何ていうか根が真面目過ぎると言うか…
勿論その土日の2日間は私の家に遊びに来る事がほとんどで。
「今日遊びに行っていい?」
「いいけど。せめてヴァイオリンを持って来なさいな」
「え、あ…うん」
こういった込み入った話をする時は有珠は誰も誘わない。
一応は楽器を持って来るのだけれどただ私の部屋のいつもの場所に、
腰を下ろすとぼーっとするの。
言われた通りに2日間悩んであげているのよね。
その間私は自身の楽器の整備をしたりしながら、有珠の悩み事に耳だけを傾けるのだけれどね。
「里桜ぉ…やっぱり私断っても良いかなって思っててね?」
「はいはい。ソウデスネ」
「でも、さ3年の先輩だし、その断るのも悪いかなぁって」
「はいはい。そうですね」
「だからさ、次断りに行くときは里桜も一緒に来てね」
「はいはい…そうなのね」
「うん。そうするから」
悩んだ末に結局お付き合いをする事は無いと言う結論に至るの。
解り切っているしそのお断りに私が付いていく事もセット。
だから返事もおざなりになるのだけれど…
「やっぱり里桜に相談すると色々と納得できるから」
「そう?」
半分流し聞きにしないと同じ事しか言っていないから。
私自身は時間が止まっているようにも感じてしまう。
有珠自身もう結論は出てるから決心をする時間が欲しいだけって解ってるから。
けれどそれで納得出来たら持ってこさせたヴァイオリンをケースから取り出すと軽快な音色を奏でる。
それは一種の悩み終わった合図の様な形。
この音を聞けば有珠の機嫌が解る程度には私は有珠の音を聞き込んでいる。
そう彼女の奏でるヴァイオリンの音が好みなのだ。
愚痴を聞いてあげたお礼と言う訳ではないのだけれね。
それで奏でられる音に合わせても私もサックスの音色を響かせるのだ。
その時間は楽しい。
何時までも続けばいいと思うけれど。
その時間は長くは続かない。
「あーあぁ。もう日曜日が終っちゃう」
「そうよ?明日は告白の返事をするのよ。頑張りなさいな」
「他人事だからって簡単に言ってくれて…」
「中学時代よりも大胆で面倒な子がいないだけましだと思いなさい」
「そうだねぇ…」
有珠の中学時代の告白は今よりももっと多かった。
それは吹奏楽部で特別な役割を担っていたせいでもある。
専用に用意した衣装にカラーガードとフルートのダブルワーク。
目立つ存在だったからこそ容赦なく目立つ立場で愛らしく舞い踊る姿は妖精さんとまで一部では言われていた。
中学3年の夏。
部活動が終った時流した有珠の涙と笑み。
「やった。やり切ったよ里桜」
「そうだね」
「やっと地獄から解放されるよぉ」
「そうね地獄だったと思うわ」
人の倍は練習させられていた有珠の姿を見れば。
青春を部活に捧げている熱心な女の子を通り越していた気がしないでもない。
それでも過酷と言ってしまっても良い練習量だったと思う。
私は応援しかできなかったからね。
苦しかったのは見ているだけでわかったし。
だからこそそれ以上の事は言わなかった。
立派な立ち振る舞いで一種のアイドルの様な立場だったのだ。
誰に頼まれた訳でもないのに与えられた役割を必死に果たし切った有珠。
その苦労も知らず。
「ぼ、僕の為だけの妖精になってください!」
そう言って告白してくる生徒もいる位で。
その度に有珠は笑顔で返してあげていた。
「妖精はいないから妖精なのよ。
だからきっと私はいないから告白は無かった事にしてあげる。
次は人間に告白した方が良いよ」
もはやかなりトゲトゲな切り返しだったけれど。
それ位その時期の有珠にとって「妖精」という言葉は禁句だった。
「好き好んで妖精になった訳じゃないもん」
「解ってる。わかってるからっ」
「もうカラーガードなんてやんない!」
「しなくていい。しなくっていいよ」
抱き着かれて涙を流して辞める辞めたいと言う言葉を間近で聞き続けた、
私としては終わった事でよしよしと慰めるほか出来る子とは無かった。
ガチでその練習の苦しさを思い出すからその妖精は有珠にとって禁句なのだ。
告白の後で有珠を宥めるのは私の役目になっていた。
ともかくマーチングバンドの事を引き合いにして、
その延長で付き合ってくださいと言われると機嫌が急降下だった。
付き合ってと言われた瞬間にごめんなさいと宣言する事もあった。
相手から寄って来るから選びたい放題な事は確かで。
有珠のお眼鏡にかなわなかったから。
皆ぶった切りだったのは言うまでもないけれど。
その事は高校でもきっと変わらないのだろうと私は思っていたのだけれどね。
「それで今回のお返事は何処で返してあげるの?」
「普通に屋上で良いでしょ。もう気にしてあげない」
「そう。また撃墜スコアが伸びそうね?」
「伸ばさなくていいよ」
有珠のお断り撃墜スコアはその日また1人追加されたのは言うまでもないわね。
そんな調子だったから。
近しい人を増やすつもりはないんだって思っていたの。
けれどその隙間にスルリと滑り込んだ。
青木集
今の有珠にとってクラスメイトの青木君は少しだけ他の男子と扱いが違う。
有珠からすればクラス内の男子とは一定の距離感で接していたはず。
けれどその距離感を有珠の方がから崩していって。
他の距離を保っていた男子に頼まずにわざわざ繋がりのない青木君に手伝いを頼みに行った事。
それだけで、自然と意識しているように見えたのよね。
そして手伝い当日に青木君はその約束をすっぽかしてくれちゃった訳だけれど。
それでも起こる訳でもなく「何か悪い事をしたかな」と。
愚痴を零した辺りで何かお話をしたかったと言う事位解るわよ。
それで一度断られたのにも関わらず。
もう一度別のお願いをするのはやっぱり青木君を気にしているからでしょうに。
でも…
でも有珠がそれを望むのならそれはやっぱり良い事なのよね。
さてこの先有珠はどう動くのかしら?
それはちょっとだけれど楽しみにさせてもらうわね?