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毎夜の問いかけ
白銀きな子
ホラー怪談
2024年11月20日
公開日
1,590文字
完結
ソレは毎晩、私に問いかけてくるのです。
「覚えているか、覚えているか」と。


※本作品には不快な内容が含まれている可能性があります

ケホケホ。

 んん、失礼、喉の調子が。お水を、お水をください……ありがとう、もう、大丈夫。


 毎晩見る、夢の話をします。

 姿形は正確にはわかりません。黒くてウネウネ、伸び縮みする影が私に問いかけるのです。


 「覚えているか、覚えているか」と。


 その声がした途端に、体を動かせなくなるのです。指先一つ、曲げることすら叶いません。目が覚めるのをひたすら待つことしかできないのです。そう、毎晩です。


 「覚えているか」と問われても、身に覚えもないのです。


 ええ、ソレがいつから現れるようになったのかも定かではありません。

 どうにも私は、幼い頃の記憶が曖昧でして。他の人と比べようがないので、本来そんなものなのかもしれませんが。


 私は、両親に訊いてみました。私は何か忘れてはいないか、と。なにかそう、大事なことを。藁にもすがる気持ちでした。


 が、両親は口を揃えて、「そんなわけないだろ」と。取り合ってくれませんでした。

 その時の2人が慌てていたように見えたのは、気のせいだったのでしょうか。……いいえきっと、気のせいではなかったのでしょう。


 例の影はいつも、私の夢に現れました。


 渓流、湖、川、そして海。……私の夢の舞台にはいつも水がありました。そして、両親と私の姿がありました。どうやら昔に行ったことのある場所のようでした。私はあまり、覚えていないのですけれど。


 ある日、両親と海に行った時の夢を見ました。正確には、まだ私が幼い頃の家族の風景を、今の私は遠くから見ていました。眩しい朝方の海。浜になにか打ち上げられているのを、父が発見しました。


「これ、──じゃないか!?」


 肝心なところを、波音が打ち消します。


「嘘でしょう!? ……こんなに美味しそうだなんて……」


 母が驚嘆の声をあげました。に一目で魅せられているようでした。


 幼い私の目には、父の大きな背中で見えなかった。けれど遠巻きに見ていた今の私には、が見えました。

 美しい。あまりにも美しい。……父が抱き上げていたのは、人魚でした。



 それから、暗転。次に視界が開けた頃には、夕食の場面に切り替わっていました。豚肉とも鶏肉とも違う、かと言って魚とも似つかわしくない「なんらかの肉」を、私たちは口に運んでいました。笑顔で、とても美味しそうに。


 ……ん、んんっ。お水を。お水をください。


 ありがとうございます。


 聞いたことはありませんか? 人魚の肉を食べると不老不死になると。ええ、そうです。有名ですよね。


 父は病を抱えていました。不治の病です。余命宣告も受けておりました。

 おおかた、人魚の肉を食べて生きながらえようとしたのでしょう。

 けれど一人で生きながらえても意味はない。だから家族を巻き込んで、永遠の命を得ようとした。



 ……想像力がないというのは本当に致命的なことです。たとえ人魚の美しさに、心奪われていたのだとしても。


 不老不死。つまり、老いることも死ぬこともない。……病を治すわけでは、ないのです。


 老いることはありません。歳を重ねることはありません。けれど父の病はそのままに。食事もろくに取れず、毎日のように口から血を吐いて、上半身と下半身が引き裂かれるような痛みに耐えているのです。

 衰弱しきって骨と皮だけになった父の顔に、かつての若々しさなどあろうはずもありません。


 終わりはありません。だってあの日、肉を食べてしまったのですから。

 終わりは来ません。永遠に苦しむ環の中に、自ら入ってしまったのですから。


「覚えているか、覚えているか」


 ……あれは、あの影は、あの時の人魚なのでしょうか。

 だとしたら、「思い出した」と答えたらどうなるのか。死ぬだけならまだいい。けれどもしそうじゃないとしたら?

 想像するだに恐ろしくて、恐ろしくて。


 答えるのを先延ばしにし続けています。もう、あの日からどれくらいの月日が経ったのでしょうか……。



 ……んん、ん。失礼、喉の調子が……。

 まだ取れないのですよ、あの日のうろこが。



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