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タルトタンタンタタタン
一葉一華
文芸・その他ショートショート
2024年11月20日
公開日
3,215文字
完結
俺と木村があこがれる、クラス一の美少女・凛。

彼女が作ってくれたお菓子は、まるでアレのような、邪悪な見た目で──⁉︎

タルトタンタンタタタン

 それはどこからをどう見ても、アレだった。


(一本○ソだ……!)


 俺達以外の誰もいない教室の真ん中で、恋のライバルである木村と俺は、その物体を前に固まった。


 信じられない。

 クラス一の美少女の凛が、これほど料理下手だったなんて。


 ぽかんとする俺達に向かって、凛は

「えへへ、二人のために頑張って作ったんだよ~!

でもちょっと焦げちゃった」

なんて、テヘペロしてみせる。


 そんなしぐさも可愛い。

 でも可愛い凛が作ったコレは、全然可愛くない。


 黒く太く、便器からはみ出しそうな長さで、よく見るとツブツブまで入っている。


「これは……凛が昼に食べてたコーンパンのコーン、じゃないよな? 」


 念のため尋ねると、凛は柔らかそうなほっぺを、ぷうっとふくらませてみせた。


「タルトタタンにコーンなんて入れるわけないでしょ?

変な桂くん!」


 なるほど、コレは「タルトタタン」というらしい。


 そもそも俺はそんな洋菓子を知らないから比べられないのだが、コレは絶対に違うと言い切れる。

 だってどう見ても、タルトには見えないんだから。


 いや、もしかしたらこれは、タルトの部分じゃなく、タタンの部分なのか?

 タタンって何だ?

 なんだかハイテンションぽいイメージだ。


(コレ、どうすればいいんだ……?)


 今日は凛が入っている料理研究部の実習の日だった。

 好きな子の手料理にあこがれていた俺と木村は、作ったお菓子を分けてくれと、凛に土下座した。

 そしてなんとかOKをもらって、部活動が終わるのをワクワク気分で待っていた。


 あんなに楽しみにしていたはずなのに、出されたお菓子の予想外すぎる姿が、俺達を怖がらせている。


「どうしたの? 食べて?」


 机の上の皿が、グイッとこっちに寄せられた。

 追いつめられた俺はついに決心して、皿を手に取る。


 まがまがしいオーラを放つ、凛のお菓子。

 姿は異常でも、食べてみたら意外とイケるかもしれない。

 ちょっと期待して、俺は鼻をそっと近付けてみた。


( ……くっさ‼︎)


 うちには短いしっぽの猫がいる。

 腰の辺りを軽く叩いてやると喜んでしっぽを上げるんだが、その短さのせいか反り返りすぎて、尻の穴がめくれる。


 その時と同じニオイがした──!


 思わずむせてしまった俺は、あわててごまかす。


「なんか、お酒みたいなニオイがするね」


「かくし味にラム酒が入ってるの!

すご~い桂くん! よく分かったね!」


 かくすどころか、何かの邪悪なニオイのせいで、ラム酒なんてちっとも香らない。

 でも俺はドヤ顔でうなずいてみせた。


 俺に負けたくなかったんだろう。

 木村が皿をかっさらい、10円玉が入りそうなほど鼻の穴を広げて、ニオイをかいでしまった。

 一瞬オエッ! となってしまったが、それを「おぉおぅぉぉ!」と感動するふりをではぐらかしたのは、敵ながらあっぱれだ。


 見合わせた木村の目に、うっすら涙がにじんでいる。


 その瞳が、俺に必死で語りかけてくる。

『おいコレ、まじでヤバイぞ!』

……と。


 机に戻された皿を見つめていると、一つの考えが浮かんだ。


 もしかして凛は、俺と木村の好意がウザかったんじゃないか?

 だから俺達に嫌われるために、わざとこんなものを作ったのかもしれない。


「おい、ヅラ。

食わねえのかよ、せっかくの凛の手作り」


 俺にそう尋ねてくる木村には、もうコレを食べる気がないらしい。


「ほらどうぞ、桂くん」


 気のせいか、勧めてくる凛の目の奥が、笑っていないように見える。


 ピン、ともう一つの考えが浮かんだ。

 凛と木村がグルである説だ。


 じつは二人はとっくにデキていて、俺が邪魔だった。

 「邪魔者は消してしまえ」と、木村が毒菓子を凛に作らせ、俺に食べさせようとしている──。

 凛はともかくアホの木村なら、そんな不完全犯罪を考えそうだ。


「ほらヅラ、さっさと食えよ。

食べる瞬間、動画とっといてやるから」


「さぁ、桂くん、バクッとどうぞ」


 二人の笑顔の裏に、別の意味が隠されているように感じてくる。

 だがしかし、ここまで追い詰められたら、覚悟を決めるしかない。


「いただきます!」


 俺は勇気を出して、タルトタタンにかみついた。


 その直後、口いっぱいに広がる、気持ち悪さ。


 苦い、しょっぱい、甘い、酸っぱい、辛い。


 このダークマターには、人が感じられる味の全てがつまっている!


 反射的に一口分のゲロがコポッとこみ上げてきた。

 それと残りのタルトタタンを気合いで飲み込み、俺は空になった皿を高くかかげてみせた。


「食ったぞ~~~~‼︎」


 木村が大きく拍手している。

 凛も目をキラキラさせている。

 ここで凛にお礼を言い、「うまかったよ」なんて白い歯をきらめかせれば、完璧だ。


 しかしこんなまずい物をほめるなんて、俺にはできない。

 学校の林間学校で調理大臣と呼ばれたこの俺のプライドが、絶対に許さない。


 腹の中をかき回されるような苦しみにたえながら、ついに俺は正直な感想を叫んだ。


「凛! コレはぶっちゃけ、ただの一本グ○だ!

○ソだけにくそまずいっ‼︎」


 ──終わった。

 これでおしまいだ。


 思いきりけなされた凛は、俺を嫌いになるはずだ。

 そしてアホの木村は面白がって、決定的瞬間の動画をSNSに上げて、俺がう○こを食べたと拡散するだろう。


 青春をあきらめた俺は、静かに皿を置いた。


 それとほぼ同時に、いきなり凛が抱きついてきた。


「え⁉︎ ど、どうした凛⁉︎」


「決めた!

私、桂くんと付き合う!」


「はぁっ⁉︎」


 わけが分からず、俺はあわてて凛を引きはがす。


「どういう事だよ、凛っ!

今まで木村と俺のアピールを完全スルーだったのに!

それがお菓子食べただけで、変わるのか⁉︎」


「私ね、二人をためしたの。

わざとカッコ悪くてまずいお菓子を作って、どっちが食べてくれるかって。

私を本気で好きじゃなきゃ、あんなの食べないでしょ?」


 真実を知った俺達は、あんぐりと口を開け顔を見合わせた。

 こっちをガン無視で、凛はさら続ける。


「それで食べた後、怒ってもらいたかったの。

恋人になるなら、本音でぶつかり合えなきゃダメでしょ?

だから桂くんがまずいって言ってくれた時、決めたの。

桂くん……私と付き合ってください」


 あのクラス一の美少女が告白してくれるなんて、俺は毒で幻覚を見ているんだろうか。

 頭がパニック状態で、首を縦に振るのが精一杯だ。


 俺がYESの返事をした事によって、遠回しに失恋した木村は、オロロ〜ンと泣きながら教室を飛び出していった。


 教室には、付き合いたてホヤホヤのカップルと、甘い空気だけが残された。


(この雰囲気……キスくらいイケるか⁉︎)


 ドキドキしながら、すぐ横に立つ凛をチラ見する。


 付き合ったその日にキスというのは、女子的にはどうなんだろう。

 いやそれより、今の俺のお口は、トラブルでいっぱいだ。


 ちょっと息を吐くだけで、きっと猫の肛門がひっくり返ったようなニオイがするはずだ。

 ファーストキスが激クサだったなんて、お互い一生のトラウマものだ。


 甘い言葉の一つも吐けず口呼吸もできず、俺はじっとがまんした。


「あ、そうだ!

じつはね、ちゃんとしたタルトタタンも作ったんだよ。

桂くんに食べてほしいな」


 幸い口臭に気付く事なく、凛が離れてくれた。

 だまって待っていると、きれいにラッピングされたお菓子を持って凛が戻ってきた。


 包みを開けてみて、俺は初めてタルトタタンの正体を知った。

 タルト生地で作られたカップに、切ったりんごが入った黄土色の固いゼリーが乗っている。

 おしゃれなカップケーキといった感じで、さっきのアレとはかなり違う。


 やっぱり凛は、美人で料理上手だった。

 木村には悪いが、これから俺はこの子と思いっきり青春してやる。


 勝利の味を口いっぱいにかみしめようと、俺はタルトタタンを一気につめ込んだ。


 ──ところがまさかの、苦い、しょっぱい、甘い、酸っぱい、辛い。


 一口ゲロと一緒にダークマターを飲み込んだ俺は、大急ぎで教室の窓を開け、外に向かって叫んだ。


「クソまず~~~~い‼︎

でも好きだぁぁぁぁぁぁ‼︎」


 こうして俺と凛の、苦くてしょっぱくて酸っぱくて辛くて、そして甘い甘い、青春の幕が開けた。



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