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第37話:不良といじめられっ子は勇者をシメたい。

 ——高ノ宮聖との戦いから三日後、貿易都市セリオンの宿。


 意識が覚醒すると共に蓮斗は重たい瞼を持ち上げる。


 天井は見慣れた世界の自室ではなく、まさに異世界情緒あふれる魔道具によって照らされた天井がぼんやりと視界に映る。


 瞬間、倒れる直前までの光景が脳裏に蘇り、弾かれたように体を起こそうとするが。


「———っつ⁉︎」


 激痛が全身を流れ、蓮斗の意に反するように体はぴくりとも動かない。


 ふと自分以外の気配を感じ、かろうじて動いた首を横に向ける。


 そこには少し離れた位置に備えられたベッドの上ですやすやと寝息を立てる薄紫髪の全身包帯に包まれた痛ましい姿の少女。


 意識が戻っているのかはわからないが、ひとまず藤原舞香が生きていたことに蓮斗は安堵した。


 その時、ガチャ、と扉を開く音が聞こえ、


「レンくん!よかった! ベルさん、レンくんが起きたよっ‼︎」


「本当ですかッ⁉︎ レント!」


「ワンっ、わっふ! ワンワン」


 騒がしくも心地の良い声が響き、柚月とベル、クロマルが蓮斗の視界に入る距離まで近づいてきた。


 二人とも心なしか瞳が潤んでいるように見える。


「わりぃ、めいわふ、わふぅ……鬱陶しいわっ!」


 クロマルにベロベロと顔を舐めまわされるも体が動かず抵抗できないため、寝起きにも関わらずヨダレでベッタベタである。


「そう言わないであげてください? レントが目を覚ますまでの間、ずっと隣にいたんですから」


 ベルがクロマルを愛おしそうに抱き上げ、蓮斗の顔から引き離す。


「そっか、わりぃな……どのくらい寝てた」


「ちょうど三日目の夜だよ」


「そいつの容体は」


 柚月に聞き返すと、少し複雑な表情を浮かべながらも蓮斗の視線に応じる。


「命の危機はもうないみたいだけど、まだ意識はもどってないよ……わたしをあの場所に連れて行って、ひじり——勇者たちを呼んだのも藤原さんの仕業みたい」


 なぜそんな事を。


 理解できないといった表情で柚月は舞香を流し見る。


「里亜奈は……勇者どもは、どうなったんだ」


「りあな? してくれたリナリアのおかげでレントを助けることが出来たのですよ? その後は、わたくし達の動きをサポートするために動いていた衛兵たちが駆けつけ、勇者とその仲間たちは直ぐに退却しました」


 蓮斗の発した名前に一瞬疑問を浮かべたベルであったが、気に留めずに事後の経緯を語る。


 話の流れからクロマルの謎能力である召喚でそもそも柚月も救えたのではないか? という話題も持ち上がったがクロマルの召喚は一時的なもののようで、役目を終えたリナリアはまさに謎の美少女戦士の如く光に包まれその場から姿を消したという。


「……なんにせよ、藤原舞香がこちらの手に残ってくれたことは大きな収穫です。ユズキは複雑な心境だとは思いますが、勇者一行の現在の目的や行動パターンが把握できます」


「……」

「……」


 ベルの言葉に柚月はなんとも言えない、まさに言われた通り複雑な表情を浮かべ、蓮斗も少し動かせるようになった己の拳を持ち上げ、ただジッと見つめていた。


「ベル——わりぃ、負けちまった」


「はい、完敗でしたね」


「ふふ、わたしはギリギリ負けてないけどね?」


 蓮斗があまりにも軽く言葉を発したせいかベルはいっそ清々しいほど蓮斗の負けを宣言し、多少イラつく笑みを浮かべた。


 よく見れば昔のような姿に戻った柚月が生意気にもドヤ顔でベッドの端に乗っかってくる。


「事態は想像以上に深刻です——法国の聖女エミナ、魔国の第一王女ベルモット、そしておそらくあの白い方は氷竜皇女キュルマ……最後に、わたくしの弟——いえ、グレントール王国レブナン。

 なぜ魔国の王女や氷竜皇女が一緒に行動しているのかはわかりませんが、各国でも影響力のある女性たちが勇者の仲間として共にいる」


 まさに王道異世界主人公〜って感じ? と柚月が呆れたような表情でツッコミを入れる。

 そこへ鼻を鳴らした蓮斗がベルの言葉を引き継ぐように返した。


「そんで、あのクサレ勇者は頭ん中お花畑のガキときた」


「ここから先はわたしでもわかるよ。このままあの人たちを放置していたら」


 ——この世界はたった一人の馬鹿な考えで揺れ動き、破綻する。


 三人の瞳に明確な意思の炎が灯った。


「上等だ——次の喧嘩はぜってぇ負けねぇ」


 完膚なきまでに雪辱を受けた邂逅。


 強大な相手の力を前にしかし、蓮斗と柚月とベルは強い決意を胸に再び立ち向かう事を心に誓うのであった。



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