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第36話:不良と勇者

「問答——ッ、無用‼︎」


 柚月が駆け出すと同時。


 疾走した蓮斗は、油断なく高ノ宮聖とかいういけ好かない勇者野郎の背後に侍っていた女達を警戒する。


 案の定高ノ宮聖を守るべく少女達は動いた。


 真っ先に魔法を発動しようとした白い髪の小柄な少女は、不意をついたクロマルの炎に気が付き発動仕掛けていた魔法を防御に回す。


「ガウ、グルルルゥ」

「なに? ————きゃわ」


 一触即発の様相でクロマルと少女が睨み合う。

 少女の顔色が赤いのはきっと気のせいだ。


 その隣では中性的な顔つきの少女が細剣を抜こうとしたところで。


 蓮斗に追いついたベルが少女の前に割り込んだ。


「させません! ——レブナンっ!? ……その姿は」


「ふふ? 何の責任もない冒険者は楽しい? お姉さま」


 ベルが黄金色の錫杖を振りかざして牽制するが、その顔色はいつもと様子が違って見える。


 蓮斗はこの時点でベルが動けないと判断。


 柚月が思い切り攻撃できる動線を作るため、勇者の大剣を拳で弾き体制を崩すことに成功する。


「おまえなんか大っ嫌いだよっ! バーーーーーカッ‼︎」


 痛烈な一撃が高ノ宮聖を吹き飛ばした。


 だが、その隙を待っていたかのように全身に闇色の魔力を纏った湾曲したツノを持つ黒髪の少女が攻撃直後で隙だらけな柚月へと向けて黒く染まった拳を振り抜く。


 蓮斗は一瞬判断に迷うが、柚月の表情を見て思考を切り替え真っ直ぐに吹っ飛んだ勇者、高ノ宮聖へと向かった。


「——へぇ? バカに見えたけどなかなかやるじゃない?」


「どーも! ちょうど過去の自分に決着つけてスッキリしたとこだったからねッ!」


 器用にハルバードを手の中で回転させ斧刃で黒い拳を防いだ柚月はチラリと蓮斗へ視線を送り互いに頷き合う。


 相対したことで高ノ宮聖は正真正銘の化物だと柚月も理解したのだろう。


 先ほどは不意をつけたが柚月の攻撃はおそらく何の痛痒も与えてはいない。


 実際、蓮斗自身も生存本能が高ノ宮聖という勇者を前にガンガンと警鐘を鳴らしている。


「それでもひけねぇわな! 男はよぉ‼︎」


 蓮斗は自身が最も得意と考えている雷の魔法を拳に纏わせ、倒れたまま動かない勇者へと拳を打ち込む。


「君か……ああ、ぜったいそうだ——ゆづきをあんな風に変えたのは君だろうっ‼︎」


 ゴウッと黄金の魔力が吹き荒れ、振り上げられた蓮斗の拳はその余波だけで体ごと弾かれた。


 ギリっと歯を噛み鳴らし、体勢を整えた蓮斗は再び勇者へと向かう。


「君みたいな奴が、なんでゆづきの側にいるんだ!!」


「ハッ! ごちゃごちゃうるせぇクソ野郎が! 欲しかったら奪ってみろや!」


「言われるまでもない‼︎」


 蓮斗は高ノ宮聖という勇者が想像以上にどうしようもない人間だと改めて理解した。


 だがそれ以上に、この破滅的にご都合思考の人間がなまじ恐ろしいほどの力を持っている不条理にどこぞの仮称クソ女神を恨みたくなった。


 蓮斗は出し惜しみせず、今出せる最大出力の魔力とスキルによる〝硬化〟さらに炎雷魔法によるブーストをのせた蓮斗の人生史上、最強最速の拳を一切の躊躇いを捨て、放つ。


「——っな、クソかよ」


 なんと高ノ宮聖は両手大剣を放り投げ、真っ向から拳で蓮斗に向かってきた。


 中空でぶつかり合う拳と拳、その刹那。

 ビキッ、と鈍い音が響く。


 押し負けたのは蓮斗だった。


「ぐぅぁああああああっ⁉︎」


 拳から肩にかけての骨が粉々に砕けた蓮斗は全身を駆け巡る絶望的な痛みに苦悶の叫び声をあげる。


「君は……弱いな。


 俺はこの世界に来て学んだんだ。


 弱いと誰も守れない。どれだけ君が強さを誇張しても、俺の方が強いという事実には勝てない」


 重く静かに言葉を発した高ノ宮聖は、大剣を拾い蓮斗の前で大きく振りかぶった。


「————っ⁉︎」


「約束通り、ゆづきは返してもらう」


「レンくん⁉︎」

「レント————⁉︎」


 柚月とベルの悲痛な叫び声が遠くなっていく。


 頭上から振り下ろされる鋭利な刃が奇妙なほどにゆっくりと蓮斗に向かい落ちてくる。


 抗うことのできない死が、明確に蓮斗へと迫る。


 焦燥でも、恐怖でもない、あるいは絶望というわけでもない。


 蓮斗の内側に渦巻いていたのはひたすらに〝怒り〟だった。


 己に対する怒り、弱さに対する怒り、目の前のクソ野郎を殴り飛ばせない、怒り。


 以前の世界であれば絶対に負けはしなかった。


 そもそも相手にすらしないであろう人間が抗い難いほどの力を持ってしまっているという理不尽。


 気がつけば蓮斗の視界は赤黒く染まり、思考はたった一つの言葉に支配されていた。


 ————ぶっ壊してぇ。


 瞬間、蓮斗を起点に床の石畳が波打ち、細かくひび割れた亀裂が伝播していく。


 高ノ宮聖の足下が僅かによろめき、しかし、振り下ろされていた大剣の刃はそれでも尚蓮斗の頭上をしっかりと捉え、


「れんとくん、松浦のツレなんだ……クソつまんないじゃん」


 蓮斗の自我が遠く、赤黒く染まった世界を傍観していたその時。


 聞き覚えのある声と華奢な背中が高ノ宮聖と蓮斗との間に割り込んできた。


「————ぐふっ」

「な! 舞香っ⁉︎」


 薄紫の髪を両側に括った少女の胸がざっくりと斬り裂かれ、鮮血が舞い蓮斗の視界を覆った——瞬間、仄暗い意識の底に沈みかけていた蓮斗は急速に自我を浮上させる。


「——っ! テメェ‼︎ なんでここに」


瞬間、どさりと倒れ込んできた舞香の体を蓮斗は咄嗟に受け止める。


「……へ、へへ、浮気やろうに、一泡、ふ、ふかせられたかな?     

 マイカの、ことで、罪悪感に……苛まれればいい……ざまぁ」


 次第に青ざめていく表情、気がつけば蓮斗の足元には血溜まりが広がっていた。


「藤原さん!?」


「っ! これは、まずいです。すぐに治療を——」


 駆け寄ってきた柚月が狼狽えながらも必死に傷口を手で押さえ、ベルが癒しの魔法を発動させる。


 周囲を見回せば、高ノ宮聖を始め他の少女達も少なからず動揺している様子だった。


「治療が追いつかない! 聖女エミナ様! あなたの力も貸してください!!」


 鬼気迫る表情で蓮斗が突入した時から変わらず祈りを捧げるように立ち尽くしている法衣に身を包んだ少女へとベルが叫ぶ。


「……いいえ。その方は神聖なる使命を持つ我々のもとを自ら離れ、悪意に身を落としてしまった哀れなお方です。ここで生き、罪を繰り返すよりも、聖様の手によって浄化され天に赴くほうが、その方にとっても救いとなるでしょう」


 薄く目を細めて淡々と語る少女にベルは「っち!」っと、あからさまな態度で返し、必死に舞香の治療を続ける。


「なんで、こんなことに……俺が、舞香を……いや、違う! 君が舞香になにかしたんだな? だから舞香もおかしく——!?

 ゆづきも舞香も君がっ‼︎ 返せ! 二人は俺が助ける!」


 などと、困惑極まる台詞を吐きながら再び大剣を構えて蓮斗を睨みつけてきた高ノ宮聖。


「こんな、クソに……オレは、押し負けたのか」


 蓮斗にとってはクソ勇者の妄言など最早どうでもよく、心にまとわり付くのは言いようのない苛立ちと疑問。


 蓮斗はこの世界——力によって全てを屈服させられるシンプルな環境に歓喜していた。


 だが現状はどうだろうか? 


 もとの世界では絶対に負けることのないようなバカに打ちのめされた。


 事実、到底許容できない理不尽な妄言を貫ける強さという大義はそのバカが持っている。


 蓮斗は今まで考えたこともなかった、いやベルと関わってからは薄々気が付いてはいたのだろうが、考えないようにしていた。


 まさか、手の届く範囲で自分が弱者の立場に立つことなど想像もしたくなかった。


 これでは、退屈でも生きづらくても、もとの世界で己を貫いていた時の方が余程マシではないか。


「……マイカ、おまえの言う通りだな。オレはあいつと変わらねぇ、いや、この世界じゃあいつ以下のクソつまんねぇ人間みたいだ」


「ふ、ふ——っケホ、ケホ。

 うんう、ぶっちゃけ、れんとくん……イケ、てる。

 ちょっと、まじで、ホレそうだった、のに……。

 まつ、うらの、とか、なえ、る。

 ぁ、あ、でも、やっぱ、しに、たく、なぃ……な」


 言い残して舞香は意識を手放した。


 蓮斗はその手を軽く握り返し「テメェは死なせねぇ」と告げ、支えていた頭を柚月に任せ高ノ宮聖へと向かい合った。



 ————こいつは殺す。



 あの信用ならない〝女神の恩恵〟がどこまで通用するのかわからないが、活路はある。


「正々堂々、俺と勝負だ! 悪いけど、君には手加減できそうもない!」


「まんま、ガキだな……核兵器持ったガキって、笑えねぇな、おい。上等だよ、テメェは思考から存在に至るまで全てが気にいらねぇ、気にくわねぇ! ここで、死んどけや」


 蓮斗は炎雷魔法を全力で展開し、炎と雷を全身に纏った。


 狙うは最大出力での一撃必殺。


 防がれた時点で蓮斗の死は確定する。


 攻撃が通っても半端な結果であればやはり死ぬ。


 だが、だからといって阿久津蓮斗はここで引ける男ではない。


「《敵を穿ち殺し切る!百折不撓の意を体現しろ!|極滅雷火《きょくめつらいか》》」


 蓮斗のイメージが詠唱に組み込まれ、魔力が呼応し体に眠る〝万能紋〟が魔法的事象を形作る。


「いくぞコラァああああっ‼︎」


 全身から放出される高温の炎が爆炎を起こし推進力に変え、稲妻の如き轟音と共に一条の雷となった蓮斗は高ノ宮聖の心臓目掛け一直線に光の軌跡を描き、


「君では、俺に勝てないよ! 背負っている仲間と、想いの格が違うからっ」


 高ノ宮聖は迫る膨大な熱量を涼しい顔でいなし、かすり傷すら負うことなくすれ違いざまに蓮斗の肩口から胸にかけて斬撃を走らせた。


「——ぐぅぁあっ! かはっ! まだだぜ三下ぁああ」


 しかし、間髪入れずに蓮斗は瀕死の体を纏った魔力で無理やり動かし、ベルから預かっていた短剣を抜き、高ノ宮聖を背後から襲う。


「往生際が悪いよ——君には、死んでもらう」


 当然予見していたとばかりに振り返りざまの横なぎで短剣は簡単に弾かれ、返す刃が蓮斗の首筋を捉えた。


 ————刹那。剣と剣がぶつかるような甲高い音が鳴り響く。


 蓮斗の霞む視界の先に青白色の長い髪が揺れていた。


「レンちゃん……幾つになっても、あなたは危なっかしいことばかりね?」


「り、あな? やっぱり……おまえ」


「初めて会った時もこんな感じだったかしら? でも、今回はレンちゃんが本当に助けられる番だけどね?」


 妙な安心感を与えられる声色に蓮斗の意識は限界を迎え、そのまま暗闇に沈んでいく。


「さあ、プニキュアアッシュグレイの正義の鉄拳が、悪を貫く時間ですよ……」


 異世界に来てまで、いつまでそのキャラやってんだよ——と、どこか緊張感のない懐かしき幼なじみの決め台詞を耳に残し、蓮斗は静かにその場で倒れ込んだ。


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