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第35話:いじめられっ子のブチかまし

 恐怖に身をすくませ、心の底から助けを望んだ柚月の耳朶を打ったのは、この世界に来るまで、もう二度と聞くはずはないと決別した声。


知らせを受けたんだ! ゆづきがこの世界にいて、今掴まっているってっ‼︎」


 叫び声をあげながら駆け寄った人物。


 高ノ宮たかのみやひじりは一切の躊躇なく柚月に覆いかぶさっていた男の首を両手持ちの大剣を振り抜き、跳ね飛ばした。


 視界一杯に広がる真っ赤な世界。


 全身に飛び散った鮮血は逆に柚月の思考を酷く冷静にさせた。


 見れば、高ノ宮聖だけではない。


 雪のように真っ白な少女が男たちを数人同時に氷像へと変え、頭部にツノを生やした黒髪の少女が闇色の拳でそれらを粉砕。


 更に聖職者の法衣を纏った少女が光の魔法で逃げる男たちを拘束。


 そこへ中性的な顔立ちに男性のような出立をした、しかし、大胆に晒された胸元は明らかに女性であることが窺えるブロンドの少女が持つ細剣が流麗な所作で拘束された男たちの心臓を次々に貫いていく。


 瞬く間にその空間を支配して見せた高ノ宮聖とその仲間と思しき少女達。


 だが、その中に先ほど高ノ宮聖呼んでいたが少女、藤原舞香の姿は見当たらない。


「ふぅ、なんとか間に合ってよかった……それにしても、驚いたよ。まさか、こんな場所で、ゆづきと再会できるなんて」


 茫然自失として状況を見守ることしか出来なかった柚月の目線に、以前より凛々しい顔立ちになった初恋の相手が心配そうな面持ちでその視線を合わせてきた。


「……」


 柚月はなにも言えなかった。


 何を発したらいいのか適切な言葉が見当たらない。


「ゆづき? 大丈夫? 怪我はない?」


「……」


 優しく伸びる手を前に拒絶することができず、さりとて受け入れることもできない柚月は避けるように無言で後ずさる。


 そんな柚月の様子に一旦手を引いた高ノ宮聖は、少し考えるように頬を掻いて、苦い物を含んだような表情から言葉を紡ぐ。


「ゆづき……実はさ、俺、あの日からずっと後悔していて」


 ——やめて。


 心から叫びたい、だが、唇が動かない。


「舞香とは、この世界に来て色々すれ違ってさ。今思えば、あの時の俺は何もわかっていない、子供だったんだ……舞香と付き合うことになったのも、なんとなく勢いに負けたというか。

 だから、この世界でゆづきと再会できたのは、俺にとって本当奇跡で——」


 聞きたくない。耳を自然と手が覆い隠す。


 一文字もこれ以上この人の言葉を聞きたくない。


 柚月はカラカラになった喉の奥から必死に言葉を絞り出そうともがくも、


「聞いてくれ、ゆづき!!」

「——っ⁉︎」


 高ノ宮聖に両肩をガシッと掴まれ柚月はただただ目を白黒させることしか出来ない。


「この世界に来て、俺は成長させてもらった!! 

 彼女たちに、俺は人を愛する本当の意味を教えてもらったんだ!」


 高ノ宮聖がその背中に佇んでいる少女たちに振り向きながら目配せをし、彼女たちも恥ずかしそうに微笑みながら頷き返す。


(なにこれ、意味がわからない。なにこの流れ、ヤバイ吐きそう)


「今ならわかる! あの時のゆづきの気持ちや、想いが……そして、俺の本当の気持ちも。俺は——ゆづきのことが」


 まさか、とは思っていた。


 心のどこかで未だに過去を美化している自分が情けなくて不甲斐ないと恥じてきた。


 それでも、きっと自分の考えより、初恋の人物はもう少しマシだと。


 でも、まさかここまで——柚月の心が絶望に堕ちる、寸前。


 バチっ、と一瞬、体が痺れるような感覚。


 気がつけば柚月は高ノ宮聖から離れた位置で宙に浮いていた。


 ——正確には抱き抱えられていた。


 少し見上げる形で視界に映り込んだのは青白い雷光を全身から発している鋭い目つきが印象的なパッと見、ではなくどう見ても凶悪な顔つき。


 でも、柚月が知る限りもっとも安心できる温もりであり、今では信頼してやまないもう一人の兄であり仲間。


「……レン、くん」


「バカが、オレとタメはれるくらいには強くなってんだろうがテメェは。心配させてんじゃねぇ」


「ぇへへ、ごめんなさい」


 キュンとはしない。


 乱暴で怒りっぽくて怖くて、だけど、びっくりするぐらい不器用な優しさを持つ彼は、今の柚月にとってどこまでも心安らぐ存在だから。


「オラ、さっさと立て。オレらの目的がテメェから突っ込んできやがったんだ。


 気合い入れろ——過去に何があったか知らねぇ、興味もねぇ。


 でもよ、腹に据えかねたモンがあんなら、一発ぶちこめばちったぁ気も晴れんだろうが」



 どこか困惑した様子でこちらを見つめる高ノ宮聖を獰猛な笑みをもって睨み返す蓮斗の姿を見て、柚月はどこか心が軽くなったような気がした。


「うん! 確かに! 一発ぶん殴らなきゃ気が済まないかも‼︎」


 柚月は蓮斗と並び立つように高ノ宮聖へと向き直り、その右手に愛用の槍斧を呼び戻す。


「え? ゆづき? その人は一体——」


 床に落ちていた漆黒のハルバードがフッと柚月の右手に自ら舞い戻ると同時。


「問答——ッ、無用‼︎」


 柚月は掛け声とともに地面を蹴り、蓮斗も同時に駆け出す。


 唖然としていた高ノ宮聖も、しかし、勇者としての顔つきに戻り両手大剣を正眼に構えた。


「うちの妹分泣かしたんだ! 潔く一発もらっとけ‼︎」


 蓮斗が疾風迅雷の勢いで高ノ宮聖の懐へと潜り込み、あえて大剣を殴りつけ体勢を崩す。


 柚月は蓮斗の呼吸に合わせて軽く跳躍。


 大きく真横に振りかぶったハルバードの側面で、高ノ宮聖の顔面を————引っ叩いた。


「おまえなんか大っ嫌いだよっ! バーーーーーカッ‼︎」


 大きく吹き飛んだ高ノ宮聖の姿に、心の中で燻っていた一切合切が取り除かれたような開放感を柚月は実感するのだった。


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