柚月がベルに過去を語り始めた頃。
どうにも手持ち無沙汰となった蓮斗は寝てしまったクロマルを宿の部屋に残し、一人街の中をブラついていた。
人間観察という意外と地味な趣味を持つ蓮斗ではあるが、目つきが悪いため大抵の場合。
「おう、小僧。さっきから何ジロジロ見てやがる」
「あぁ? んだとコラ?
絡まれ、大手を振って歓迎し、強制的に黙らせる。
ステゴロの喧嘩であれば大抵の人間には勝てると思っている蓮斗。
実際、この世界における存在格というレベル的概念も大幅に強化され、身体能力も向上した蓮斗にとって街中にいるチンピラ程度は問題なく対処できる相手だった。
「っチ、相手見て喧嘩売りやがれタコが」
路地裏に黙らせた男を放置して、その場を去ろうとする蓮斗の視線の先に異様な光景。
「「「「……」」」」
どこか意識の遠くなっていそうな表情の男達に一人の小柄な少女が囲まれていた。
「——っち」
内心面倒だと感じながらも蓮斗はごく自然に囲まれている少女を背に庇うように男達の間へと身を滑り込ませた。
「女一人に随分と豪勢な人数じゃねぇか? あ? オレも、混ぜろよッ!」
特に事情を確認するでもなく、蓮斗は目の前の男を殴り飛ばす。
路地裏、男に囲まれた少女。
これだけの要素が揃い踏みの状態で囲んでいる男を殴らなくていい事情が存在するなら、それはそれで普通ではない。
故に、殴り損——という事はない予定である。
「きゃっ」と短い悲鳴が背中越しに上がり、殴り倒した男は不気味なほどすんなりと背後に倒れ、起き上がる素振りも見せない。
ジッと男達を睨み据える蓮斗。
仲間が殴られてもなんら反応すら見せず、蓮斗に襲いかかる様子もない。
訝しみながらも二の句を継ごうと蓮斗が口を開こうとした直後、男達はスッと背を向け、殴り倒した男も何事もなく起き上がり蓮斗に一瞥も向ける事なく去っていった。
「なんだ?……気味ワリィな」
「あのぉ?」
不気味な集団の後ろ姿を目で追っていると背中越しにどこか甘ったるい語調の声がした。
蓮斗が振り返ると、そこには先ほど庇った小柄な少女が上目遣いで蓮斗を見つめていた。
ぱっちりと開いた瞳、整った顔をしているがその目鼻立ちはどこか日本人っぽさを感じさせる。しかし、根元から薄紫色に染まった髪はどう考えてもこの世界の住人だろう。
真下から見上げてくる少女は独特なデザインのワンピースを着ており、見下ろす形の蓮斗の視線の先には余裕のある襟元が僅かに広がり、大きすぎないが形の良い膨らみが直に。
「——っ、こんな場所で、テメェみてぇなのが何、ウロウロしてんだよ」
慌てて視線を逸らした蓮斗を不思議そうに見上げていた少女はどこか蠱惑的にも見える笑みを湛えながら、少女はあえて胸元を強調するように蓮斗へとすり寄ってきた。
今視線を合わせれば少女の顔と同時に、広がった襟元の奥にある双丘が丸見えだろう。
蓮斗は意外とむっつりを拗らせている。
あげく硬派と紳士を間違ったベクトルへ履き違えている節もある。
故に、逸らした顔の向きに合わせて体ごと真横を向く。
両の手をポケットへ突っ込み「フン」と鼻を鳴らす事で少女へ視線を向ける事なく、自然に体裁を保つことが出来た——と、思っている。
「同郷? ん〜、どっちかって言うと〝イ〟さんとか〝チェ〟さんとかっぽい感じ……?」
蓮斗からスッと身を引いた少女は指を口元に当てながら思案するように小首を傾げる。
「とりあえず、ありがとう……助けて、くれたんだよね?」
「あ? そんなんじゃねぇよ。たまたま視界に入った野郎の顔が気に食わなかっただけで」
「ふふ、照れてるの? 意外と可愛いんだぁ」
「——っつ!? んだと、テメェ」
少女は悪戯に微笑みを浮かべながら蓮斗の顔色を覗き込むように見つめ、チラチラと見える胸元のせいで蓮斗は少女を直視できない。
「……ん〜、見たいの? おっぱい」
「んなっ!? はっ!? いや、はぁ!!? だ、誰がテメェみてぇなガキっぽい女っ!」
動揺を極める蓮斗の手にふわっと少女が触れ——瞬間、蓮斗の全身にスパークが走った。
もにん、と手の平に触れる幸せな弾力。
「んっ、手つきヤラシ……お兄さん、えっち」
ハッと視線を少女に向ければ、蓮斗の手を自らの胸に押し当てる少女の姿。
何より驚愕なのは、それが当然の行いの如く蓮斗の意思とは別の思惑を持つ生き物のように、ごく自然なリズムで少女の柔らかな膨らみを堪能する右手。
美人局? 痴女? 変態? 様々な情報が錯綜する。だが、そんな事よりも。
「————っ! シッッ‼︎」
底上げされた存在の力を総動員して、自制の効かない右手を左手の手刀で打ち払う蓮斗。
ジンジンとした痛みが右腕から響き、蓮斗に冷静さを取り戻させる。
心なしか右手が悲しそうにも見えた。
「アハハ、お兄さん面白いね? 助けてくれたお礼だから、好きにしてよかったんだよ?」
事も無げに語る少女。蓮斗はすぐさま石壁にチョーパン(頭突き)を繰り出し煩悩を打ち払う。
「え!? いきなりなにしてんのっ!? だ、大丈夫?」
いわずもがな。平たく言って蓮斗は〝不良〟に分類される。今どき不良はモテない。
よって、蓮斗の女性への耐性は限りなく低い。故にグイグイくる子は結構苦手だ。
「——っチ、なんのつもりだ、一体なにを企んでやがる」
蓮斗の思考では女の行為には大抵〝裏がある〟と考えてしまう。
「え、と……へへ、バレちゃった? でもダメみたい。お兄さんは、貧相な体の女の子には魅力を感じない、のかな?」
ソレ見たことか!? と蓮斗は内心で複雑な心境に陥りつつ平然を装う。
「は? 意味わかんねぇ。体に魅力って、おまえ……そりゃタダの下心だろうが」
「どう違うの? 男の人って結局ソコしか見てないでしょ? 環境が許せば次々に女囲って腰振って……みんな平等に愛してる? は? なにソレ、バカみたい」
フッと少女の表情は色をなくした様になり、蓮斗を見据えながらもどこかその視線は遠く感じられた。
「んなこと知るかよ。魅力なんて会って数分でわかるわけねぇだろ。
——それに、テメェはツラが可愛いぶん周りより特だろうが。テメェだけを〝特別〟だと思う奴を見つけりゃいい」
「——へ? かわいい?」
惚けたように蓮斗を見つめる少女。
瞬間、自分が思わず口走った言葉に気が付き背中を汗で濡らし始める蓮斗。
「っとにかく! オレが知ったこっちゃねぇってことだよ! もうオレは行くぞ」
両手をポケットに突っ込み横柄な態度でその場を離れようとする蓮斗。
「待ってよ……こんな所に〝可愛い〟女の子を一人で置いてくの?」
「テメェが勝手に彷徨ってたんだろぅがっ!」
叫ぶ蓮斗に臆することなく少女は蓮斗のもとに走り寄って腕を絡ませてきた。
「なっ——」
腕を包み込む柔らかな感触と、ふんわり鼻腔をくすぐった花の様な香りにたじろぐ。
「時間をかけたら魅力がわかるんでしょ? じゃあ、ちょっと付き合ってよ」
「はぁ!? どういう理屈だよ!」
「んふふ♪ デートしよ? お兄さん」
強引に腕を引かれ、蓮斗は出会ったばかりの少女とランデブーを決め込むのであった。
「お兄さん、名前は?」
「……レントだ」
「ふぅん、かっこいい名前だね? ウチはマイカだよ」
「……」
どこかで聞いた様な名前に引っかかりを覚えつつもマイカと名乗った少女と共に二人は雑踏の中へと溶け込んでいった。