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第30話:いじめられっ子、元凶と再会

 ぽつりぽつりと人混みを当てもなく歩く黒いローブを目深にかぶった少女。


「あぁ〜やっちゃった……戻りづらいなぁ、どうしよう」


 自嘲するような薄い笑みを浮かべる柚月は、宿からものの数分で大通りを抜け、都市の外れに引き込まれた川を跨ぐアーチ状の橋に差し掛かっていた。


 以前のようにボテボテとした走り方ではこんな場所までこの短時間でたどり着くことは出来なかっただろう。


 確実にこの世界に来てからの短い期間で以前とは比べ物にならない身体能力の向上を改めて実感する柚月。


「変わった……のかな、いや、変われてないよね……ベルさんも気がついてなかったし。ボクが悪いんだけど——ああ、可愛くない見た目のクセにボクっ子なのも原因か」


 以前は普通に〝わたし〟として柚月は過ごしていた。


 ある出来事をきっかけに自分の〝女〟である部分を否定し、拒絶するように、気がつけば〝ボク〟になっていた。


 橋の中央部に差し掛かった所で足を止め、目深にかぶったフードを脱ぐ。


 流れる川をぼんやりと見つめながら重いため息を漏らしていると、


「——ちょっと、まって。なんで、なんでよ! なんであんたが、いんのよ⁉︎」


 明らかに柚月へと向けられた金切り声。


 柚月はその声を知っていた。


 小刻みに震える肩を、抱きしめながらゆっくりと声のする方へ視線をむける。


「藤原、さん——」


 瞬間、ガクガクと全身に震えが走る。


 その髪色は以前と明らかに異なり、根元から薄い紫色に染まり、長い髪を大きく二つ結びで括っていたが、しかし、間違いない。


 細く切れ長で釣り上がった双眸、小柄な体軀に似合わない傲岸な態度。


 柚月が最も再会したくなかった人物、藤原舞香ふじわらまいかは驚愕に目を見開いていたが、やがてその口元をニタリと歪め、ゆっくりと柚月の下へ近づいてきた。


「そっか、そっか、そっか〜、あんたも召喚されたんだぁ? このクソみたいな世界にぃ。

 それで? 異世界にきても相変わらずボッチなのね、?」


 耳に残る口調で震える柚月の耳元に声をかける藤原舞香。

 柚月は逃げるように体をのけぞらせる。


「ぼ、ボクは——」


「っアハ! アハハハ‼︎  ボク、ボクだってぇ〜、そっか、そっか、おりこうちゃんにボクキャラへ転生したんだねぇ? ま〜つ〜う〜ら〜きゅん?」


 柚月は体の震えを必死に堪えながら藤原舞香がやってきた方角を凝視する。

 彼女がここにいると言うことは——。


「なに見てんの? あはは、ざんねぇ〜ん愛しのひじりはここにいませぇんっ! 

 てか人のカレシ勝手に探さないでくんないかなぁ? 同性愛? むりぃ〜っ、あ! もしかしてさ、本当に男の子として転生してたりするっ!?」


 グッと肩を掴まれた柚月は抵抗しようと手をだす——が、レベルアップにより上昇しているはずの柚月の膂力をもっても藤原舞香の腕はびくともせず、むしろ逆に手首を掴まれ捻りあげられる。


「なに抵抗してんの? 生意気っ! 男の子に転生したか、マイカが確かめてあげる」


 藤原舞香の手がローブの中に伸びる。

 宿から飛び出してきた柚月は防具を装着しておらず、ローブの中はシャツ一枚。


「————っ!? ぃやっ」


 ぶちぶちとシャツのボタンは容易く弾け飛び、今更、という気まずさから革布で無理やり押さえつけていた女性の象徴たる特大の双丘が晒される。


「っち——相変わらずデカいだけの無駄チチ……ぴっこーん、舞香良いこと思いついちゃった! まつうらくんは男の子だよね? だからこんな無駄チチは必要なし! 舞香がバッサリ切り取ってあげる! うん、そうしよう。そうしようっ‼︎」


 独特なデザインの赤と紫色をしたワンピースの裾からスッと慣れた手つきでサバイバルナイフのような〝短剣〟を取り出した藤原舞香。


 柚月の背筋を寒からしめる鋭利な笑みを湛え、手にした短剣を握り、振りかざす。


「————ッ‼︎」


 恐怖に身を硬らせる事しか出来なかった柚月の眼前、振り下ろされた短剣を黄金色に輝く杖が受け止めていた。


「大丈夫です? ユズキ。正直、言いたいことは山ほどあります! 仲間として、もどかしい! でも、何より……同じ〝女〟として、ユズキに謝りたい。

 今まで、気づいてあげられなくて、ごめんなさい——」


「っ! ベルさん……」


 背中から柚月を抱きしめるように手を回したベルが、そのまま黄金色の杖を大きく払って、柚月と共に後方へと距離をとった。


「はぁ? なになに? なんでこんなトコに〝お姫様〟がいるわけ? あ、舞香たちについてきたを連れ戻しに来たとか? ん? ぁあ! もしかして、あんたがこのバカを召喚したの!?  え? なにしてんの? バカなの?」


 ケラケラと嘲笑めいた表情を浮かべたかと思うと、寒気を覚えるような無表情に変わったりと忙しなくその感情を移ろわせる。


「まさか、あなた達がまだこの地域にいたとは、驚きです。勇者様と……も近くにいるのですか?」


 ベルは緊張感を滲ませながら藤原舞香へと問いかけ、しかし、その瞬間、藤原舞香の表情に柚月は陰りを見た気がした。


「は? なんであんたにそんな事教えなきゃいけないワケ? 勝手にこんなクソ世界に呼び出したクセに、ひじりの手綱を握れなくなったからっていきなり援助打ち切って、討伐部隊まで差し向けちゃってさ? 挙句、また〝勇者召喚〟? そんで、次はが趣味のまつうらくんに頼るの? アハ、アハハハハハッ! 超ウケる、バカみた〜い」


「ユズキはわたくしの大切な仲間です、これ以上の侮辱は許しません——」


 藤原舞香を睨み据えたまま杖を構え柚月の前に出たベルの態度を見て、小馬鹿にした様子で肩を竦めた藤原舞香。


「ハハ、マイカ暑苦しいのきら〜い。あんた等の百合百合ぃにも興味ないし。忙しいから帰るわ、んじゃ〜、あ……追いかけてきたら、コロスよ?」


 無防備に背を向けてひらひらと手を振る藤原舞香が去り際に放った一言は、過去の彼女を知る柚月からしても背筋が凍りそうな程の怖気を感じさせた。


「行きましたね……見た目といい、雰囲気といい。わたくしの知る彼女とは別人のようです。

 あれ程の変化を遂げるほどの出来事が、彼女の身に?」


 遠ざかる後ろ姿に目を細めながらベルは思案する、が柚月の見解は違った。


「多分、あれが藤原さんの本質……だと思うな。少なくとも、ボクにとっては今の藤原さんの方が違和感なく受け入れられるよ」


 ローブで胸元を隠しながら思わず座り込んでしまった柚月、その体は未だに震えていた。


「ユズキ……その、失礼な事かもしれませんが、中身、といいますか、心は——」


 少し気まずそうに問いかけてくるベルに柚月は、「ああ」と意味を理解し応えた。


「そうだよね、うん。ボク——いや、わたし……かな? 女の子、だと思いたいけど。

 可愛い女の子とか、キラキラしてる表情とか、見るとね? とても、羨ましくて。ボク、わたしも……昔はあんな風に笑えてたのに、可愛くなろうと一生懸命だったのに。

 今じゃ、それが怖くて——」


「よほど、辛いことがあったのですね。ユズキ、よければ話してくれませんか? あなたの事をわたくしは、もっと知りたいと思います」


 口に出せば出すほど呼応するように感情が溢れ、頬を伝う涙の線も太くなっていく。


「……うん」


 小さく頷き返した柚月とベルは近くにあったベンチに腰掛け、柚月は震える唇を少しずつ開き始めた。


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