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第29話:いじめられっ子の真実

 ————貿易都市セリオン。



 ここは、王都よりも北、聖イルミナ法国の首都から北西に位置し、ダマルガスタ共和国から国境を越えて南に進んだ先にある貿易都市。グレントール王国第二の首都と言える北の玄関口だ。

 夜には煌びやかな繁華街が顔を覗かせ、夜明けと共に多くの商人達が行商を始めとし、新たな儲け話のタネを探しに活気よく動き回る。

 そんな早朝……爽やかな朝に似つかわしくない仲間を引き連れたシルバーランクの冒険者パーティーのリーダーが意気揚々と正門を潜った。


「ん〜っ! 着きましたわね! この町で泊まる宿には広くて快適な大きなお風呂があるのですよっ! 楽しみですねっ‼︎」


「み、水——」

「ああ、あああ——生きてる、ボクたち、生きて……」


 ギルドカードを確認していた門兵から「ひっ、アンデット⁉︎」とベルが引き連れている二人を見て声が上がる。


 メートル方を用いるならばルイン村から直線距離にして約三百キロ、この世界の馬車でおよそ12時間の距離を、身体強化魔法をかけ続けながら8時間で踏破しきった二人の勇姿は、事情を知らない者からしたらパッと見アンデットに見えなくもない様相であった。




 ***




 時は夕刻。


 貿易都市セリオンへと文字通り死に物狂いでたどり着いた蓮斗、柚月、クロマルは、余裕のベルを一人差し置いて宿に直行するなり泥のように眠り、現在。


「——というわけで。二人が寝ている間に集めた情報とわたくしの知っている事実を照らし合わせて整理いたしますと、ダマルガスタ共和国との国境付近を収めていた伯爵領の領主イロスキー卿を勇者一行が亡き者にし、王国の認める手順で合法に奴隷となった者達を半ば強制的に開放。


 この貿易都市セリオンを治めるセルゲン侯爵が一時的に管理していますが、主人を無くし暴徒となった奴隷たちは伯爵領内を荒らし——逆に力のない女性や子供たちは非合法な奴隷商の手によって拉致……。


 このセリオンでも勇者の起こした混乱で力を付けた裏稼業の者たちが活発に動き、非合法奴隷を始めとする闇市場が拡大しているようです」


 蓮斗と柚月はセリオンでも高級な部類に入る宿で、遅めの朝食兼昼食……兼夕食を口に運びながらも、まだ覚醒し切れていない意識を、真剣な表情で起き抜けにヘビーすぎる話題を語るベルへと必死に向け。


「ベル、もしかしておまえ、この町に来てから一睡もしていないのか?」


「えぇ⁉︎ あの距離を一緒に走ってきたのに? 本当? ベルさん?」


「ワッフ、モッモッ————ワンっ」


 ある意味で受け入れたくない事実。


 ベルという生き物のスペックに驚愕する蓮斗と柚月を余所に、膝の上でテーブルの肉を咀嚼するクロマルの頭を撫でながらベルは何でもないように応えた。


「へ? まぁ、少しお紅茶を頂きながら部屋でゆっくりはいたしましたけど、睡眠はとっていませんよ? こちらに到着した時はまだ朝でしたし?」


 キョトンとした様子のベルに何かを感じ取った柚月がプルプルと身を震わせ始めた。


「レンくん? ボクらは就職先を間違ったみたいだよ……お、おそろしい程のブラック臭がこのパーティーから発せられている」


 柚月の言わんとせんことは蓮斗にも理解できた。

 今日はたまたま寝ることを許されただけで蓮斗と柚月が成長すれば同じペースでの活動を平然と強要されるに違いないと。


「おまえは、寝なくても平気なのか?」


 恐る恐る言葉を絞り出した蓮斗にベルは屈託のない笑みで返す。


「はい。時には三日三晩戦い続けなければ乗り切れない局面もありますからね? このくらいは何でもありません」


 常識的概念が違いすぎると感じながらも蓮斗はあくまで冷静に「……そうか」と返し、逃避するように一日ぶりの食事を胃に流し込む。


 ビーフシチューに似た料理の優しい味が、心に染みた。


「ひとまず、当面はこの町を中心に勇者の動向に関わる情報を集めながら、並行してギルドの依頼をこなします。さらに空いた時間は二人の修行に当てましょう!」


 さらりと告げられた活動スケジュール。


 詳細な時間配分をください、とは言えずにゆっくりと食事の時間を噛み締める蓮斗。

 横でガチガチと震えていた柚月は現実から目を逸らすように話題を変えた。


「そ! そういえば、結構魔物倒したし、そろそろレベルも上がってるんじゃ無いかな? レン君、ちょっと鑑定してみようよ!」


「いいですね! では、思考共有のスキルを所持しているユズキが鑑定をして、二人の情報をわたくしにも見せてください——レベル次第では鍛錬の増加と修行も次のステップにいけるでしょうし」


 無邪気な笑顔で鼻息を荒くするベル。

 しまった、と口を滑らせた柚月の顔面が蒼白になる中、蓮斗はただ静かに煮込まれた肉の甘味をゆっくりと噛みしめ、その時間を最大限に引き伸ばしていた。



◇阿久津 蓮斗 種族:人間 年齢:18歳


 レベル(存在格):35


 称号:破壊者 悪童


 魔法適性:炎雷魔法 暗黒魔法


 魔力値:B


 固有スキル:唯我独尊 破壊衝動 従魔同一化(苦露魔流)


 スキル:拳闘術(B) 蹴闘術(C) 恫喝(A) 身体強化(A) 身体硬化(D) 

     胆力強化(B) 精神耐性(C) 魔法防御耐性(D) 悲運破壊(B) 鑑定眼(B)    

     衣類錬成(C) 武具錬成(C) 取得存在値増加(S) 万能紋(S) 恐喝(B)     

     従魔強化(D) 従魔召喚(C) 従魔契約(B)魔力操作(B)


 加護:女神の寵愛



◇松浦柚月 種族:人間 年齢17歳


 状態:精神的外傷 重度 効果:全能力及びスキル効果半減 称号効果半減


 レベル(存在格):38


 称号:破壊者の舎弟 


 魔法適性:天空魔法 大地魔法


 魔力値:D


 固有スキル:パシリの矜恃


 スキル:戦斧術(D) 投擲術(E) 鎌術(E) 身体強化(D) 槍術(E)逃げ足(C)

     鑑定眼(C) 万能紋(A) 魔法防御耐性(D)空間収納(C) 地図作成(D) 

     意識共有(C) 魔力操作(D)


「二人とも確実に強くなっていますね! ユズキも狙い通り〝魔力操作〟スキルの取得もできていますっ! 初めてユズキの鑑定内容を見ましたけど、気になるスキルもちらほら……ん? 精神の、状態異常?」


 鑑定結果を共有し蓮斗、柚月共に地獄の旅路を思い返しては成長を実感していると、ベルが柚月の状態項目を発見し首を傾げる。


「ああ、っと! そういえば、ここお風呂あるんだよね? ベルさん! ボクお風呂に入りたいな〜、? なんちゃって——」


 しどろもどろになりながら話題を逸らそうと囃し立てた柚月が思わず口走った一言に、一瞬ベルが口をポカンと開けて硬直し、蓮斗はその様子をジッと見据えた。


「ぇえ〜っと? ユズキ? 冗談にしては、その……」


 ベルが引きつったように返そうとした言葉を蓮斗は半ば強引に遮った。


「いいじゃねぇか。風呂入ってこいよ。オレは街でもブラついて——」


 何でもないように言い放つ蓮斗に目を見開いたベルが唖然とした様子で声を震わせる。


「何をいっているのですか、レント? わたくしは——」

「なんだ? 別に問題ねぇだろ」


 ————パンッ、と食堂に乾いた音が鳴り響く。


「ってぇな——」

 鋭く頬を張られた蓮斗が苛立ちベルを睨む。

 その瞳からは頬にこぼれ落ちそうな程溜まった涙で潤み、悔しげに下唇を噛んでいた。


「——見損ないました、レント。わたくしの想いに気がついているくせに、こんな……あんまりです! 確かに、ユズキの事は、仲間であると同時にだと——」


 溢れ出すベルの想い、しかし、その言葉を耳にしたは、


「えへへ、わかっては、いたんだけどね……」


 力なく溢し、その場から逃げるように走り去ってしまった。


「え? ユズキ⁉︎ なぜ? 走って逃げたいのはわたくしの方……」


 力なく項垂れるベルに蓮斗はため息混じりの視線をむけ、告げる。


「ベルなら気がついているんじゃねぇか、って……多分アイツは期待してたんだ。

 わりぃな、おまえには何の責任もねぇ」


「……どういう、意味ですか? もうわたくし、訳がわかりません」


 濡れた瞳で拗ねたように見つめてくるベルの視線に妙な胸の騒めきを覚えながらも、蓮斗は真剣な視線で返し応えた。


「アイツ、ゆずきは——

「————え?」


 蓮斗の言葉が上手く呑み込めていない様子のベルはしばし硬直し、もう一度聞き返した。


「いま、なんと?」


「はぁ。アイツは……正真正銘〝女〟だ。詳しくはオレも知らねぇけど、ガキの頃は普通に女の格好だった。それが久しぶりに会ってみりゃ、髪もボサボサで男みてぇななりして、正直どんな声のかけ方したらいいかわかんなくてよ……」


 蓮斗がポツポツと言葉を並べ、それを必死の形相で聞いていたベルは、突如強くテーブルを叩きながら立ち上がった。


「わたくしは、わたくしはユズキに何てことを——⁉︎

 レント! あなた、女心がわからなさすぎですっ! 少し反省していてください」


 言うなり、ベルは血相を変えて柚月の後を追うようにその場から走り去っていった。


「……オレが一番わけわかんねぇよ」


「ワフ? くぅ〜ん」


 残された蓮斗は、やるせない心持ちのままクロマルを膝に抱え持ち、再び食事に癒しを求めることにした。


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