目が開く、勢いよく起き上がった先で蓮斗の視界が映し出したのは無駄に豪華さを散りばめた広い部屋。
ぐっしょりと汗で濡れた額を拭い、窓際に目を向ければ薄闇を照らし出す朝日が僅かに顔を見せ始めていた。
「……っ、なんて夢を、夢? 夢か?」
蓮斗は夢の内容を探ろうと記憶を掘り返すが、仮称女神とのおぼろげな会話以外、いまいち思い出せない——ただ、今まで体験したこともない悍しい恐怖に見舞われたような。
そこまで考えたところで何故か、風呂上りで腰に巻いたままのタオルを手に取ってガバッと剥ぎ取った。
「守った——のか? 何を? オレは一体、何をしてんだ」
確かにあの不愉快極まりない仮称女神と会って話した。
それは間違いないと断言できる。
そこで柚月を元の世界に帰せば柚月が確定で死に至ること、こちらに残して蓮斗だけが戻った場合は柚月とマリィベルの両名が死んでしまう運命にあると言う。
蓮斗は情報源たる存在の胡散臭さに信憑性を疑いもしているが、逆に蓮斗があの言葉を無視した場合、仮称女神自身が手を下しそうな未来が限りなく想像できる。
この時点でこの世界で生きていく以外の選択肢は蓮斗の中に存在しない。
その後なにやら、あの淫乱仮称女神と揉めたような——と思い至った所でズキンと頭の中に鋭い痛みが走った。蓮斗が苦い表情を浮かべた瞬間。
——新たなスキルを取得。
「——ッ!? 誰だっ!!」
ふいに脳内で反響するように響いた謎の声——女性のようにも男性のようにも聞こえる酷く機械的で抑揚のない音声——にその場を飛び退き、蓮斗は周囲を睨みつけながら神経を研ぎ澄ませる。
——スキル《衣類錬成C》を取得、スキル《武具錬成C》を取得、スキル《鑑定眼B》を取得、スキル《取得存在値増加S》を取得、
「なんだ、この声は……頭ん中で響いてやがる……スキル? 鑑定?」
謎の声、今まで感じたこともない感覚に狼狽していると頭の中に大量の情報が強制的に流れてくる。まるで脳内に別の世界でも生まれたような名状しがたい感覚と、ある種の恐怖が蓮斗の精神に押し寄せる。
——スキル《鑑定眼》を発動。対象:使用者。
「は、なんだこの感覚……頭んなかに情報が直接——」
蓮斗の意識はまるで現実と想像の間に置かれているような感覚に襲われ、おそらく脳内で投影されている網膜が写し取った視覚的情報に、割り込むような形で今蓮斗の見ている視界に重なるようにして情報の羅列が映し出される。
◇阿久津 蓮斗 種族:人間 年齢:18歳
レベル(存在格):25
称号:破壊者 悪童
魔法適性:炎雷魔法 暗黒魔法
魔力値:C
固有スキル:唯我独尊 破壊衝動 従魔同一化(
スキル:拳闘術(B) 蹴闘術(C) 恫喝(A) 身体強化(C) 身体硬化(D)
胆力強化(B) 精神耐性(C) 魔法防御耐性(D) 悲運破壊(B) 鑑定眼(B)
衣類錬成(C) 武具錬成(C) 取得存在値増加(S) 万能紋(S) 恐喝(B)
従魔強化(D) 従魔召喚(C) 従魔契約(B)
加護:女神の寵愛
「スキル、レベル……まんまゲームじゃねぇか」
眼前に映る情報の羅列を見つめながらふと、最初に仮称女神と相対した時に選べと言われ適当に選んだスキルを思い出し、記憶と情報が合致する。
「っち、もう少し考えて取るべきだったか。《固有スキル》は項目になかったはずだが、唯我独尊に破壊衝動……ガキかよ」
スキル名を見て、沸々とこみ上げてくる羞恥心から完全に目を背ける蓮斗がスキル名を呟く。
——固有スキル《唯我独尊》発動条件:常時。
効果:相手が格上もしくは状況が劣勢である場合においてその度合いに応じて身体能力、魔力値、胆力、精神力が上昇。
——固有スキル《破壊衝動》発動条件:感情値が一定数以上上昇。
効果:身体及び武器等に《効果:破壊》を付与、追加効果:全能力上昇、理性消失。
「……微妙じゃねぇか、あのクソ女神。今度会ったら——」
突如開示されたスキルの情報に驚きつつもその効果を知り何とも言えない感情を持て余した蓮斗がぼやこうとした言葉に尋常ならざる悪寒を覚え言葉を引っ込めた。
——
効果:女神召喚、神域転移、神威付与、即死回避。
「……いらねぇ」
正直、即死回避というワード以外に何の魅力も感じられない。
まさかの〝加護〟に心胆を寒からしめられる思いを一瞬にして味合わされた蓮斗。
二度と〝その名〟を例え仮称であっても呼ぶまいと心に誓った。
なぜかはわからないが本能がダメ絶対と警鐘を鳴らしている。
だが、念のために確認だけはしておくべきだろうと決意し、情報の開示操作に段々と慣れてきた蓮斗は加護の詳細を確認した。
——女神召喚:効果:れんとならぁ、いつでも呼んじゃってオケマルぅ〜、魔力消費は超絶エグめっ、あと〜エチなことしたかったらぁ、受肉用の義骸もひつようだョ?
「——っく、くそアマ」
一瞬で心が砕けそうになった蓮斗。万が一誤発動があっては困るのでグッと意識を持ち直した。
——神域転移:効果:おいで? れ・ん・と? つか来いしぃ、週三で来いしっ!
ねっとり、しっぽりイイコト、し・よ・う・ネ? 五発キメるまで帰れまてん。
「……っマジで、ぶっ殺してぇ」
あまりにも酷いセクハラだった。
蓮斗の精神は限界に近い、が、まだ倒れるわけにはいかない。
——神威付与:効果:コレはマジっパネェよ? 超神がかってんかんね?
時間3分くらいしかネェけど、効果時間中はマジでスーパー戦闘民族? 的な?
あと、反動もマジヤベェからっ。
「……」
蓮斗にもはや言葉はなかった。結局パネェとヤベェ以外の情報は得られなかった。
——即死回避:効果:一日一回だけなら秒で復活っしょ? つか、あーしのダーリン殺すとかふざけんなし、殺した奴いたらぜってぇ地獄みせるし?
この効果に関しては唯一まともだと感じる蓮斗であったが後半の説明に関しては視覚情報を遮断して見ていないことにした。
その後も一つひとつスキルの内容を確認し終えた蓮斗はふぅっと一息つきながら改めて今の自分自身に目を向ける。全裸だった。
「……マジで、何をやってんだオレは」
ふと、先ほど何故かわからないが新たに取得したスキルの名前が浮かんだ蓮斗は、一応腰にタオルを巻き直し、クローゼットへと向かいその扉を開いた。
カゴいっぱいに収められた純白のブリーフ。
意を決し、一つのブリーフを手に取った蓮斗は脳裏に自然と浮かび上がる情報を頼りにぽつりと呟いた。
「衣類、錬成?」
瞬間、手にしていた純白のブリーフがその形を変え、蓮斗の愛用する黒のボクサーパンツへと変容した。
「——っ!!」
蓮斗がこの世界に来て一番の感動を覚えた瞬間である。