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第12話:不良と女神

 ふっと、瞼を開く——視界に映し出されたに一瞬でその眉間に盛大なシワが刻まれた。


「ぅおっふぉいっ! イイねぇ、超絶刺激的な格好じゃぁあん? れ・ん・と?」


 上下左右平衡感覚を失う真白な空間、自分は立っているのか寝ているのか。


 この不可思議な空間に唯一存在している目の前の不愉快な女が同じように立っているのだから、感覚的には曖昧でも立てているのだろう。


 蓮斗が自分の姿に目を落とせば、部屋にいた時と同じ全裸にタオル一枚という姿であったが、とくに気にすることもなく目の前の不愉快な女に厳しい視線を向ける。


 女だ、確かに女であることは疑いようがない。

 その証拠に至近距離でソレが身をくねらせる度、蓮斗の前でたっぷんたっぷんと尋常ではない山が二つ、揺れまくっている。


 Hカップ……Iカップはあるだろうか。普段は微塵も表に出さないが、蓮斗も男だ。


 当然女を女たらしめる部位には目が行くし、意識もする。


 だが、蓮斗はどうしても目の前の存在がそんな凶器じみた双丘を所持していることが受け入れられない、微妙に腹さえ立ってくる。


「……クソ女神」


 静かに毒づいた蓮斗であったが、目の前の女は特に気分を害した様子もなく下品なほど口角を吊り上げて、まさしく下品に笑う。


「ひは、ひははははっ! それ、マジそれな!? 女神とか、マジクソだわ! 

 んで、あーしが、そのクソな女神? ひはっ、マジウケる、マジ笑えねぇ〜」


 ウケるのか、笑えないのかどっちなんだ——グッとそんな下らない問答を呑み込み、蓮斗はジッと女神を見据える。


「いやいや、ウケるっしょ? だいたいあーし〝女神〟じゃねぇ〜し? つか女神とかいねぇし? 的な? ひはっ、マジ矛盾っ! あーしはさぁ? くそダリィ中間管理職的な? 社畜乙な感じでブラックな労働させられてるただの〝管理者〟だっつぅの? 

 それを地上の奴らが女神、女神言うから、ダリィしもう女神でいんじゃね? 

 的なかんじで女神やってるだけぇ〜、それよりさぁ? れんと、超〜イイ体してんねぇ? 

 あーしと一発ヤッていかね?」


 本人も言っていることだが、蓮斗も同意できる、間違いなくこの女は女神ではない、と。


 人外の美貌、を激しく損ねるかの如く目元に彫り込まれた稲妻柄のタトゥー。


 柔らかく膨らんだ唇、を穿つピアス。


 綺麗に通った美しい鼻筋に整った小鼻、を穿つピアス。


 完璧なバランスで配置された耳の軟骨にピアス。


 ふっくらとした耳朶にはボディーピアス。


 荘厳さを感じさせる白銀の長い髪はその半分がドレッドに編み込まれ、陶器のような美しい肌に覆われた四肢はほっそりと伸び、華奢な手首にはゴツいバングル、指先は激しめなデザインの指輪達に飾られ、美麗な爪先は手も足も真っ黒だ。


 凶器的なサイズの胸を心許ない面積の黒い下着だけで隠し、むっちりとした腰回りは、恐ろしく丈の短いショートパンツを半ば履き崩して、胸と同色の下着が大胆に露出している。


「なに、なに、なぁにぃ? れんと、欲情しちゃったぁ? いいぜぇ? マジでドピュっと出してけよぉ? ひははっ!」


 妙に甘ったるく、ねっとりした声色で指先をのばしてくる仮称女神の手を払い、蓮斗は睨みながら問いかけた。


「……うぜぇ、何のようだ? つぅか、よくあの世界の人間はテメェを女神なんて呼んだな? 

 脳がぶっ壊れてんじゃねぇのか?」


「あいつら、あーしのこと見たことねぇ〜しぃ。

 神託的なやつ下ろすときも声だけ『聞きなさい、従順なる信徒よ』とか、言ってっし? 

 ひははっ! ウケる、超ウケる! 『従順なる信徒よ』じゃねぇわっ、ひひ、ひはははっ!!」


 下品だ、仮称だが女神という立場が下品さに拍車をかけている。

 そして、蓮斗はこの手のタイプのオラオラ系な女が特に苦手だ。


「他の勇者は引くだろ」


「あ? ああ、勇者? 知らね、あーし会ってねぇし? あぁいうボクちゃん正義のみかたでちゅ的な? クソだりぃ、マジ殺したくなるし? れんとは、色々特別待遇的な? あーしのヴァイブス、ガンガンぶち上げで刺激しまくり? 

 もう今ビッチャビチャですけど責任とれよコラっ、てきなぁあ〜ひひ」


 苛立ちを超えて僅かに肌が粟だってしまっている現状をなんとか胆力で持ち堪える。


「……用事がないなら、とっととオレを戻しやがれ」


「焦んなってぇ〜、精神世界でもちゃぁ〜んと気持ちよくなれるョ?」


 一見ガチ悪な見た目でも、あざとく上目遣いで迫る姿は妙な迫力がある。


 蓮斗は仮称女神から視線を逸らす。

 何処かもわからないこの場所から、しかし、自力で戻ってやると言う意思のもと踵を返した。


「ちょい、ちょいっ、ノリ悪るぅ〜、れんとぉ? ?」

「——ちゃん付で呼ぶんじゃねぇ」


 背後からかけられるふざけた声に、しかし、以上なほど反応した蓮斗は濃厚な殺気を漏らしながらゆっくり振り返る。


「こっわっ! わーったっつぅの、用事、用事ね? ああ、そうそう! ここにきた時一緒にいたユズっちさぁ? ちょ〜っと、言いにくいんだけどぉ、かなりヘビー目なイジメ? 

 うけてたじゃん? 実は、ユズっちあの日、れんとが干渉しなかったら自殺する運命? 

 ってか、死んでたんだよねぇ」


「あ? だからなんだ、結局あのバカは死んでねぇだろうが」


 仮称女神の言葉にも苛立ったが、なによりその光景が簡単に想像できてしまう柚月自身に激しく蓮斗は怒りを覚えた。


「なんつぅか、ムズっ! 説明とかだりぃ〜。

 つまりぃ、本来なられんとはユズっちにあの日関わらない運命だったわけ。

 それが、ベルベルの召喚にれんとって存在が引っかかって、魔力の干渉やらなんやら、とにかくめんどい理由で、微妙に二人の運命が変わったわけよ!

 たださぁ、れんとの元の世界に、ユズっちの〝死〟っつ〜不可避の可能性大なガチヤバ運命を残したままこっちの世界にきちゃったんだよね?」


「……つまり、なんだ」


「ん〜、ユズっちが、元の世界に戻ったら秒で死ぬってこと」


「——!?」


「ぁ、ついでに言うと、れんとが、んなこと関係ネェっ! て勢いで元の世界に戻ったらベルベルが死ぬかな? あと、ユズっちが一人でこっち残っても死ぬ。マジみんな死にすぎじゃね? 

 ウケるぅ〜てか、れんとに関わる女重すぎ、マジドン引きレベル」


 ケタケタと下品な笑い声をあげながら語られた衝撃的な話を蓮斗はゆっくり呑み込み、分解し、脳裏に染み込ませていく。


 つまり蓮斗がこの世界を去ればマリィベルが死に、帰った先で柚月が死ぬ。

 柚月を一人この世界に残せばマリィベルと共に二人とも死ぬ。


 考えればシンプルな帰結だ。

 蓮斗が二人を歯牙に掛けなければ、なんのことはない。


 蓮斗自身が元の世界に戻ることには何の制約もないのだから。


「お? そのわっるぅ〜い笑顔はどっちの笑い? いいよぉ? れんとが帰りたいなら、帰してあげりゅぅ〜、モチ、通行料はあーしと一発」


「——お断りだ。ハッ、上等じゃねぇか。

 どの道向こうにゃ退屈でクソみたいな人生しか待ってねぇしな。でけぇ流れとか思惑に乗るのは正直おもしろくねぇ、けどな、オレから無許可でオレの領域にあるモンを奪おうって奴がいんなら、真正面からぶっ壊してやんよ」


 猛る肉食獣の如き殺気を迸らせ、仮称女神を今にもその喉笛に食いつかんと獰猛な笑みを湛えながら蓮斗は鋭い眼光で見据えた。


「イイねぇ〜、マジでいいよぉ、れんと。仮にも世界の管理者なあーしがマジで濡れちゃう殺気。  

 ……超絶うまそぅなんですけど」


 蓮斗の殺気に当てられた仮称女神がベロリと妖艶に下唇を舐め、明らかにスイッチがオンになった視線がねっとりと蓮斗の全身を絡めとる。


「——……まぁ、そういうことだ。オレは向こうに戻らねぇから、早く部屋に」

「ひは、ひははは! あーしをここまでしといて、本当に帰れると思ってるわけ?」


 スンっと途端に冷静さを取り戻した蓮斗は、元の部屋に即時帰宅を要求するが、完全に発情したメスと化している仮称女神は俄然戦闘モードだ。


「いや、てめぇは仮でも女神だろうが! 自ら情欲に飛び込んでんじゃねぇよ!?

  大人しく仕事してろっ!」


 ふと重なった視線、その瞳の奥に蓮斗はどこか禍々しいハートを見てしまった。


 瞬間、マジでヤバイなと悟った蓮斗は必死に話題の方向を逸らした。


「はぁ〜、あーしもさぁ? 別に好きでココにいる訳じゃないんだわ〜、永遠に終わりのこないエターナルッ勤務! いつ解放されるかもわかんねぇ〜、女として干からびる〜、誰かと関わるのも、ランダムで召喚された奴か、運がいいのかわりぃのか〝転生〟した奴らだけだしぃ〜。


 あ、れんとは別枠ね? ベルベルとあーしの共同作業の賜物的な?

 だぁ〜かぁ〜らぁッ! あーしにはれんとのを楽しめる権利があるッ!!」


「ねぇよっ! だいたいテメェらが勝手に呼び出しといて何を——」


「違うね。れんとは、召喚を拒否できた……わけわかんねぇけどタイクチュ?な日常以外の出来事に興奮っしたっしょ? だから身を委ねた、違う? ちがわねぇヨナッ! 

 あーしとの今からもぉ……退屈な日常をひっくり返す劇薬だョ?」


 途端にガラリと様相を変え、妖艶さを垂れ流しながら迫り始めた仮称女神に蓮斗は柄にもなく身を硬らせて数歩後ずさった、刹那。


「————ッ!?」


 一切知覚できない速度で蓮斗へと肉薄した仮称女神は勢いよくその腕を掴んで床に組み伏せ、蠱惑的な腰付きで蓮斗へとゆっくり跨った。


「ヤメ、やめろテメェコラっ!? ぶっ殺されてぇのかっ!」


「ひははぁ〜、可愛いねぇ〜? 女はしばかないんじゃなかったっけぇえ? 

 優しい、れ・ん・とくん? 本音は下のムスコくんに聞けばわかるんだョ? ホレ、ホォレ」


 蓮斗の目の前で凶悪な果実がバインバインと踊り狂い、艶かしく揺らされる腰が容赦無く……叩きつけられる。


「く、ぐぬぬっ! クソガァああっ!!」


 気合の雄叫びと共に抑えられた腕を必死に持ち上げる蓮斗、だが、動かない。


「無理無理っ! ここ一応あーしの神域っ、神じゃねぇけど? ウケるっ、れんとぉ? 

 上手にできたらぁ、今れんとに必要なご褒美もちゃぁ〜んとあげるからぁ? 

 ほら、先っちょは正直——ぁん」


「や、やめろぉおおおおおおおおおお————」


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