目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第11話:いじめられっ子と不良、束の間の休息

「ふぁあっ、眠……結局夜ご飯の時間まで魔法の勉強漬けだったね? 属性の話でまたベルさんのスイッチが入っちゃった時は冷や汗かいちゃった」


 現在、蓮斗と柚月は王城のやたらと豪華で長い廊下を歩き、貸し与えられているそれぞれの部屋へと向かっている。


 比喩なく本物の城であるその様相はどこも似たような作りの廊下や部屋が並び、柚月に至っては最早自分が今どのあたりを歩いているのかすら理解していない。


 ただ、そんな二人が特に迷う事なく自室へ迎えているのは蓮斗と柚月それぞれに担当のメイドが複数割り当てられており、許可されている範囲であれば目的地まで案内してくれる。


 故に、迷子になった挙句間違って開けた扉の先で偶然着替えていたベルのラッキースケベ的な展開も、謎の部屋で封印されし伝説のなんたらに出会うこともない。


 ちなみにクロマルは蓮斗とベルの熾烈な激闘の末、クロマルのジャッジにより王城滞在中はベルの寝室で過ごすことが今夜確定した。


「今日も豪勢なご飯だったよねぇ〜! 初日もびっくりしたけど、上流階級? って感じ! 日本にいたままだったら絶対食べられないよっ」


「……元がどんな食材か判断できねぇのは気持ち悪りぃけどな」


「うっ——で、でもでも、ベルさんみたいな王女様が食べる料理だからそんなに変なモノは……」


「文化が違えば価値観も大きく変わるからな、虫が御馳走の国にいきゃ王族が食うのも虫になんだろ」


「ひぅっ!?  む、むむむ虫!?  ぇ、虫入ってたの? 今日の料理、虫だったの?」


 ゴクリと青ざめた表情でワナワナと震え始める柚月に蓮斗は肩を竦める。


「どう見ても肉料理だったろうが……例えばの話だ。

 それよりオマエ、ベルの話聞いてたか? 属性魔法全部覚えてんだろうな?」


「当然だよっ! 魔法属性とかスキルとか大好物ですよ? 

 コホンッ、この世界の魔法は主に熱量を操る〝炎雷魔法えんらいまほう〟。

 水や氷の系統が得意な〝氷水魔法ひょうすいまほう〟。

 土や草木を操る〝大地魔法だいちまほう〟。主に風だけど、使い手によっては局所的な天候操作や擬似的な太陽光まで生み出せる〝天空魔法てんくうまほう〟。

 癒しの力やバフが得意で不浄な存在?に効果の高い〝聖光魔法せいこうまほう〟。

 相手にデバフ付与したり、影とか闇とかを操れる〝暗黒魔法あんこくまほう〟。

 ——へっへっへ、どうどう? 完璧でしょ?」


 ドヤァっと緩んだ表情を静かに冷静に数秒見つめた蓮斗は、特に何も返すことなく歩く。


「ちょ、ちょっと? スルーっすか!?  小馬鹿にするとかでもいいので、なんか下さい」


「……なあ。おまえ、高ノ宮っつぅ勇者の事知って——」


「阿久津くん! 明日は神殿でボク達の魔法適性とスキルを鑑定するんだったよね? 今日はちょっと疲れちゃったし、明日も早いから、ボク、先に戻って寝ちゃうね? ……おやすみなさい」


 普段よりもはっきりとした声色で蓮斗の言葉を強引に遮った柚月は捲し立てるように言葉を並べたあと、消えるような声だけを残してスタスタと早足で蓮斗を残してその場をさっていく。


 突然の行動に柚月の専属メイド達も慌てて後を追って行った。


「……」


 蓮斗はその後ろ姿を黙って見届けると、ゆっくり自分の部屋に向かって歩き始めた。




 ***





 ——蓮斗の部屋。


 一人で過ごすには広すぎる室内には蓮斗の趣味とかけ離れた、高級感を隠しもしていない調度品や装飾品が置かれ、蓮斗にとって落ち着く空間とは言い難い。


 部屋に備え付けの浴室はどう言う原理か足を踏み入れた途端に壁から飛び出たシャワーヘッドから目の荒いしぶきが溢れ出し湯気を立ち上らせる。


「……っ」


 そっと湯に手を触れた蓮斗が顔をしかめる。熱い。


 皮膚にヒリヒリとした痛みを覚えながら温度を調整する為の何かしらを探すが、見つからない。


 昨日はゆっくりシャワーを浴びようなどと言う気にもならなかったのだが、それが失敗だったと悟る。


 昨日からこの事態を想定しておけばベルから使用方法を聞く機会があったかも知れなかった。


 今からメイドを呼んで教えてもらう? いや、蓮斗の矜恃がそれを許す事はない。


 そもそも、最初に部屋を案内された際、中の説明をと部屋に立ち入ろうとしたメイドを拒否したのは蓮斗自身だ。今更シャワーの温度調整がわからないなどと呼び出す訳にはいかない。


「……っち」


 果たして、蓮斗の取る行動は一択。


「——っつ、あっちぃな、クソ」


 我慢だ。

 間違いなく四十五度以上ある湯が全身の皮膚を打ち、ヒリつく白い肌が赤く染まっていく。


「……」


 少し湯温に慣れてきた蓮斗は、しかし、再び苛立ちを覚える。


 水圧が微妙に弱い。ただでさえ熱めのお湯だ、せめて程よい水圧の爽快感くらいは欲しい……。

 だが、どこを見回しても器具らしきモノは見当たらない。


 あるのは嫌味なほど全身を移す大きな鏡が浴室の壁に飾られているくらいだろうか。


 湯気でくもり始めたガラスに映る目つきの悪い男。


 しなやかだが力強い筋肉を白い肌が覆い、しかし、綺麗と表現するには痛々しい大小無数の傷跡が体の至るところに見受けられる。


 シャワーヘッドの横に添えられた小さな棚の上には固形の石鹸に似た、しかし、蓮斗の知る石鹸とはかけ離れた色合いとキツすぎる香料に伸ばした手を引っ込める。


 ため息を一つ吐き、頭から湯を浴びるだけに留めた。


 浴室から出た蓮斗は近くに備えられていたタオルを手にし、軽く体を拭いて腰に巻き付け、部屋のクローゼットへと向かう。


「……マジか」


 無駄に大きく豪華なクローゼットを開けば、中には蓮斗のために用意されたようなサイズの服達が所狭しと様々な種類ごとに掛けられ……近くに並べられた下着類を見て硬直。


 純白のブリーフ。


 オーソドックスなデザインは蓮斗の知るソレと酷似しており、ただ微妙に腰回りの面積が広い。


 せめて、黒はないのかとクローゼットを漁るが、並べられているのは皆同じ形の純白ブリーフばかり。


 蓮斗とて、頭では理解しているのだ。


 中世のような雰囲気を醸し出すこの場所は、蓮斗の知る世界での時代背景と似ているのかも知れない、そうであればきちんとした下着があるだけマシ……。


 以前、その時代の貴族は裾の長いシャツを股の間に通して下着がわりにしていたと言う話を耳にしたことのある蓮斗は、最悪の自体も想定していたつもりだった。


 だが、見通しが甘かったようだ。普段からボクサータイプの黒を好んで愛用している蓮斗にとって、白のブリーフというのは名状しがたい屈辱と敗北感を与える何かがあった。


「……ッ!」


 伸ばす手が震える。これを履くのか、履かなければならないのか? 

 今まで着用していた物を入浴後に履くという選択肢は最早蓮斗の中に存在しない。


 数瞬の逡巡、伸び掛けた手がぐっと空を掴み、だらりと下ろされる。


 蓮斗は、どこか疲れたようにキングサイズを二台置いたようなベッドに近づき、腰にタオルを巻いた姿のまま仰向けに倒れ込んだ。


 瞬間、急激な眠気に襲われ——脳裏に異常な眠気への危機感を覚えながらも、争うことができず蓮斗の意識は暗転した。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?