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第10話:不良と魔法

 場所は変わらず城内の演習場。

 ベルの凛とした声がハツラツと響き渡っていた。


「——オホンっ。先ほどレントさんが仰った内容ですが、正確には半分正解、半分外れという感じです。そもそも詠唱には、術者の完全イメージによる〝無詠唱〟。

 定形化された文脈による〝定型詠唱〟。

 独自に文脈を織りなす〝自由詠唱〟の三つがあります。では、ユズキさん」


「は、はい」


 今までになかった逆指名にゴクリと喉を鳴らす柚月にベルは続ける。


「先ほどお見せした光の魔法……同じことを頭で紋章構築しながら、行使したい現象を出来るだけ鮮明に、光の正確な形状、照射時間や熱量など、ユズキさんが言われたようにイメージしてみてもらえますか?」


「ぇっ! は、はははい! イメージ、イメージ……光? 電球、よりは明るかったし、蛍光灯? いや、LEDライト的な? 紋章の構築? アレ? 紋章ってナニ」


「はい、いい感じの混乱具合ですユズキさん。では、もっと複雑にしますよ? 目の前に倒したい魔物がいるとして、例えば〝炎〟という現象を引き起こす時に、ユズキさんは生き物が炎を明確にイメージ出来ますか?」


 真剣味を帯びた表情で問いかけるベルに、柚月は再びゴクと息を呑み思考を巡らせるように考え込む。


「生き物を、死滅って……火炎放射器みたいな? あれって何度くらいの炎なんだろう、漫画やアニメだと簡単にポンって出せる感じするのに、イメージってすごく難しいのでは」


 ただの学生である柚月にとっては単にイメージするというだけで困難を極めるだろう。


「ふふ、ユズキさんの感覚は平和な日常を生きる人々にとって当たり前の価値観です。

 逆に言えば人のイメージとはその人の持つ〝価値観〟に大きく左右されます。

 ですので軍事的に魔法を運用しようと考えたときに個々の不安定な価値観に頼るよりも、一定の出力を安定して出せる契約紋やスクロールと定型詠唱の組み合わせが重宝されますね」


 ここで言葉を区切ったベルは蓮斗と柚月を見据えながら「ですが」と切り出し。


「お二人には、その価値観を鍛え、より独自性の強い〝力〟を目指していただく必要があります。  

 ——先ほどご説明した無詠唱も戦術においては重要な要素ですが、万能紋を持つお二人にマスターしていただきたいのは〝自由詠唱〟という技術です」

「あの、自由ってことは本当に好きな言葉って意味ですか? あと、やっぱりまだ詠唱と紋章の繋がりがイマイチ……」


 柚月の控えめな質問に対しベルは特に嫌な顔をする事なく応えた。


「そうですね、好きな言葉という意味は間違っていませんが……その前に、詠唱と紋章の簡単な覚え方ですが、魔法はケーキっ! みたいなものです」


「ふぇ? け、ケーキ?」


「……逆にわかりにくくないか?」


 訝しむ二人を余所に、パンパンとベルが手を鳴らせば、いつの間にか周囲にメイド達が現れ、殺伐とした軍事演習上のど真ん中に白いテーブルと椅子、そしてまさに色とりどりのケーキと茶器を準備し始めた。


「わたくし、少し疲れましたし、甘い物を食べたい気分です。さっ、クロちゃんお茶にいたしましょう?」


「ワンッ、ワン!」


 スッと慣れた様子で腰掛けたベルの膝上に移動したクロマルが小皿に差し出されたケーキを上品な舌遣いで食べ始め「お二人もどうぞ?」と言われるがまま釈然としない表情で席につく。


「な、なんというか、流石お姫様? ところでベルさん、さっきの魔法がケーキというのは?」


「いい加減察しろ……ベルが言いてぇのは、紋章ってやつがこのケーキを焼く為の型だ、んで魔力が土台になるスポンジ、詠唱がケーキをケーキたらしめる為の生クリームであり、デコレーションってとこだろ?」


 小さなフォークでケーキを一口大にカットしながら軽快に皿を積み上げていく蓮斗を野暮ったい前髪の隙間からじっとりと見据える柚月は目の前のケーキを突きながらボヤく。


「阿久津くんの、妙に理解力ある的なキャラ? ちょっと感じ悪いよねー。

 ケーキも全然似合ってないし……ぁ、おいしい」


「あ? なんだテメェ、やんのかコラ」


「ぼ、暴力反対だよっ! と、ところで、ベルさんっ! ケーキの例えはなんとなくわかったんだけど……自由詠唱の言葉って、例えばどんな風に唱えればいいの?」


 沸点の低すぎる蓮斗の絡みを強引に回避した柚月の問いかけに、ベルは膝に乗せたクロマルの腹をわしゃわしゃと全力で掻きながら応えた。


「わふぅ〜、ここでしゅかぁ? ここが気持ちいいでしゅかぁ? 

 ——コホンっ、詠唱とは、その成り立ちを研究するうちにわかった事なのですが、初代勇者様が魔法という概念を伝え人間達を解放されるよりも更に昔、魔族に管理される以前の人間は魔法を使っていたという事実が研究を進めるうちに発見されたのです」


「ベルさん……クロマル愛ですぎ。

 ぇっと、つまり人間は魔法が使えた? けど使えなくなった? んん? どういうこと?」


「……捕囚時代があったんだろ? 強者が弱者から武器や知恵を奪い、可能性の芽を積むのは常だ、オレらの世界でも文化はそうやって衰退し、勝ち取った奴らだけが先へ進んだんだよ」


「はい、はい。どうせボクは無知で鈍臭くてオタク知識しか取り柄のないモブキャラですよーだ」


「……うぜぇ、そこまで言ってねぇ。いい加減下ばっか向いてっから、肝心なモンが見えぇねぇんだろーが」


 ガシッと蓮斗は柚月の頭を掴み、至近距離で無理やり視線を蓮斗自身に向けさせる。


 途端に借りてきたハムスターのようにプルプルと小刻みに震え始める柚月。


「まぁまぁ、お二人ともその辺で。

 レントさんの仰った通り、人間は魔族の支配を一度受け、魔法という文化を消失しました。


 ですが、それより以前には確かに魔法を行使していた時代があった……

 その時の魔法文明が詠唱を軸とした考え方であったそうです。


 そして一説によれば、詠唱の始まりは〝神〟に奇跡を求める為の〝祈り〟であったとか。

 これらの研究結果が発表されてから、わたくしたちの使用する魔法は更に形を変え〝自由詠唱〟という魔法本来の性質をより引き出す結果に至ったのです」


 話に一区切りを終えたベルが気品のある所作で手に取ったカップを口にし、静かに戻した後、右の手の平を演習場の何もない空間へと向けて突き出す。


 細く繊細な指の根本に添えられた煌びやかな指輪の一つが一瞬光を放ったかと思うと、次の瞬間にはその手に黄金色の錫杖を思わせる優美な長い杖が握られていた。


「論より証拠です——まずはこちらを」


 ベルが立ち上がりスッと黄金色の杖を前方に掲げると、杖の先端に施された水晶のような宝石から眩い光の軌跡が走り演習場の地面へと吸い込まれるように消えた——瞬間。


「——!!」


「っひゃ!? なにっ!?  光のあたった場所が、爆発したよ!?」


 ベルの持つ杖から放たれた光が吸い込まれた地面から突如球体状の光を発し地面が爆ぜた。

 初めて目の当たりにする攻撃性を持った魔法には流石の蓮斗も驚愕し、柚月にいたっては口をパクパクさせながらその場でオロオロと狼狽えまくっている。


「今のはこの杖に刻まれた紋章に魔力を注ぎ、わたくしのイメージによって作り出した無詠唱の〝聖光魔法〟です」


 柚月はベルの魔法によって直径二メートルほどに穴を開けた地面を見つめ唖然と呟く。


「あ、はは……改めて、本当にボク達ファンタジーの世界に来たんだなって、実感しちゃった。

 ぇっと、魔法? って属性的な?」


「はい、わたくしは〝聖光魔法〟と〝天空魔法〟に適性がありますので——属性に関してはまた後ほどご説明いたしますね? 続いて、同じ紋章、同じ魔力量にわたくしの自由詠唱を乗せます。 

 ——《|破壊をもたらす聖なる光の爆撃《Βομβαρδισμός του ιερού φωτός γ》》」


 ベルの口から溢れた言葉を聞いて一瞬蓮斗は眉をしかめるが、その刹那、先ほどよりも遥かに極大な真白の閃光が地面を穿ち、轟音と共に地面が揺れ動く。


「——な、なになになにっ⁉︎ なにが起きたのっ⁉︎」


「尋常じゃねぇな……オレらの尺度で考える〝人間〟が個人で持っていい力の範疇を超えてやがる」


 舞い上がる土埃が晴れ、視界が確保された先に映し出されたのは、直径十メートルは優に超えていそうなクレーター。

 蓮斗は改めて自分の住んでいた世界、自分自身が身を置いていた価値観との大きすぎる差異に平静を装いきれず純粋に驚愕する。


「ふふ、驚いていただけたようで何よりです。

 これに近い定型詠唱の魔法に《|聖光弾《ルミナスバレッド》》というものがありまして……これも実際にお見せした方が早いですね?

《——聖なる光よ集いて、敵を討ち滅ぼす一筋の軌跡となり、我が道を照らし開け——|聖光弾《ルミナスバレッド》》」


 詠唱を終えたベルが杖をかざす。


 先ほどと同様に打ち出された光の球体は無詠唱時に抉られた地面の真横へと着弾した。


「おお、ぉ? さっきのを見た後じゃ迫力にかけるかな? 無詠唱の時とあんまり変わらない威力っぽいですね」


 柚月の指摘通り、定型詠唱の攻撃跡は無詠唱の時のものと然程変わらない、むしろ弾速は遅くすら感じた。


「はい。定型詠唱と同じかそれ以上の規模の魔法を明確にイメージ出来るのであれば無詠唱でも同程度以上の現象を引き起こすことができます、ですが」


 蓮斗は遠くを見つめるようにベルの放った魔法の跡を見つめ、独白の様にベルの言葉を遮って語り出した。


「……ベルの言う通り同じ紋章に同じ魔力量だとしたら、自由詠唱は密度が桁違いだ。

 だが、自由ってわりにベルの詠唱は短かった、つぅか、アレは一文字一文字に複雑な意味を持つ……オレが知る言語と同じ〝音〟だった、もしニュアンスまで同じ意味を持つとしたら、つまり自由詠唱ってのは言葉の持つ複雑なを魔法に練り込む作業って事か」


「「……」」


 舌が思いのほか回るのは今更だが、それでも突然自身の考えを饒舌に語り出した蓮斗にベルと柚月はポカンと口を開けて蓮斗を見つめた。


「う、うん。うん? 阿久津くんなんかいきなりスイッチ入っちゃった? 魔法に意味ってなに? どういうこと?」


 ゆっくり思い返しても蓮斗の言葉が理解できていない様子の柚月を余所に、ハッとしたベルが蓮斗に駆け寄る。


「レントさんっ! 素晴らしい、本当に素晴らしい解釈です!!

 わたくしも自由詠唱を学び始め、レントさんの発想に至るまで数年はかかりましたのにっ‼︎ 


 ええ、まさしくレントさんの仰った通りでして、わたくしも初めは〝自由〟という意味を過大解釈しすぎていた節があり、とにかく長い文脈を考えてみたり、単語だけをとにかく並べてみたり……紆余曲折の末たどり着いた答えが〝言語〟の持つ意味とその真意を魔法に重ねるという——


 ああ、もう本ッッ当に素晴らしいです、レントさん!?


 わたくしが使用したのは古代言語と呼ばれ、一つの文字と音に様々な意味と表現が——ハッ‼︎ 

 レントさんの世界にも同じ言語体系が!?

 と言うことはやはり、古代の文明にも異世界との交流があったと考えるべき……」


 蓮斗以上に何かのスイッチが入ってしまった様子のベルに両肩をガシッと掴まれ頸椎を損傷するレベルで首を揺さぶられていた蓮斗、危うく意識を失う寸前で自論の渦に嵌まり込んでいったベルの隙をついて脱出。


「ぇえっと、大丈夫? 阿久津くん……ベルさん、詠唱っていうか語学マニアなのかな?」

「……」


 引きつった表情でベルを遠くに見つめる柚月の言葉に応える事なく、蓮斗は握り込んだ拳を見つめる。


 ふと視線を向けたのは魔法によるとてつもない破壊の跡。


 今まで体験したことのない感覚が蓮斗の内側から全身にじんわりと染み渡っていく。


 己の拳で相手を壊す。

 それは蓮斗にとってとるに足らない日常の一部であり、そこに今更罪悪感や恐れなど微塵も感じない。


 なにより、やりたくてやっている側面の方が強い。


 気に入らないもの、目障りなもの、退屈で理不尽な反吐の出る日常を己の拳でねじ伏せる。


 それが現在の阿久津蓮斗という男の在り方だと、考えていた。


 拳を振るえば、気に入らない奴らの顔面が醜く歪み、調子に乗った馬鹿どもが足の下に這いつくばる——予想の範疇を出ることがない展開と結果。


 だが、今目の前で起きている現象は一体なんだろうか。


 蓮斗は考える。あの魔法が人を巻き込んだ時一体


 視線の先に見える地面はまるでダイナマイトでも用いたかのように大きくえぐれている。


 そもそも、ダイナマイトはどれほどの爆発を引き起こす? それを生身の人間が腹に抱えていたら……一体どうなる? 


 どれほどの熱量が皮膚を焼き、骨を砕き、内臓を抉る? 

 人間は、それほどの破壊に生身で耐えられるのか?


 蓮斗の脳裏を突き刺し、強制的に映像を呼び起こさせる思考が見せるのはドラマや映画程度でしか再現の仕様がない非日常的な光景——圧倒的な死の瞬間。


 この世界に呼び出された直後にベルことマリィベルと言う蓮斗の想像を軽く凌駕する圧倒的な存在。

 生き物としての格の違いをその肌で感じ取らせた初めての体験に蓮斗は其の好奇心を少なからず刺激された。


 通常なら絶対に許されないであろう玉座での振る舞いを全面的に肯定され、漠然と歓喜し、己の在り方を突き通す事の出来る世界を確かに喜び、受け入れた。


 だが、今、蓮斗の握った拳は——僅かに震えていた。


(ベルだけじゃない、当然この世界の奴らは魔法を使う……オレもを人間に向けて使うのか?)


 蓮斗は震える拳を黙らせるように再び強く握り込む。


 一先ず無意識に込み上げてくる感情や考えの一切合切を噛んで呑み殺した蓮斗は意識をベルと柚月の方へと戻し、クロマルを強引に取り上げ、ベルの意識を呼び覚ますなどしながら講義を再開し、柚月と共にこの世界の在り方に触れて行くのだった。


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