ベルことマリィベルの話を聞き、自分たちの目的を蓮斗達が把握した翌日。
蓮斗と柚月、クロマルはベルと共に王城の敷地内にある軍事演習用に整備された屋外の施設へと足を向けていた。
ベルの取り計らいにより、だだっ広い演習場には現在蓮斗達以外の人間はいない。
「昨日お話しいたしました通り、レントさん達には今から三ヶ月ほどの猶予を持った後、勇者討伐に向けた〝旅〟をしていただきます。
勇者がこの世界に〝召喚〟されてから辿った旅路をなぞるように旅をして、情報を集め、レントさんたちには色々な経験を積んで勇者討伐を目指していただく——というのが当面の目的です。
勿論その旅にはわたくしも同行いたします!!
そしてこちらが、今後お二人の身分を証明する〝冒険者ギルドカード〟です」
「……」
これまでの流れからして真っ先に食いつきそうな話題を前にどこか上の空で呆けている柚月をチラリと見た蓮斗は、柚月のメガネをスッと外して後方に投げ捨てた。
「——ふぇ!? ちょ、ちょっと阿久津くん! なにするのさ……アレがないとボクは」
「いや、見えんだろ。おまえ目ぇ悪くねぇんだし……いい加減前見て歩け。変わりてぇんだろ」
蓮斗の言葉に、
「なんで……」
とその瞳を丸くする柚月の前にベルから受け取ったギルドカードをチラつかせて、手渡した。
「オラ、おまえの好きなファンタジーだ」
「あ、ありがとう……うわぁ、ギルド、そっか冒険者として水面下で活動する為に、ってなんでギルドカードが既にあるの!?
ギルドに初めていって、受付のお姉さんと知り合って、試験受けたり、そこで予想外の実力に注目されたりっ、乱暴な冒険者に絡まれて、ざまぁする定番のアレはっ!!?」
メガネを外した柚月の素顔を目の当たりにして「あら? 思っていたよりも」と呟きながら観察していたベルは、唐突にスイッチが入り訳の分からない興奮を訴えかける柚月に苦笑いで応える。
「そうですね、本来であればこのカードはギルドに赴き、受付で情報を登録した後で簡単な試験を受けて適正を図った後でしか交付されないモノです」
ここまでのツッコミを受けるとは予想していなかったのか、困った表情を浮かべながらベルは説明を続ける。
「まぁ、お二人なのでお話し致しますけど……ここグレントールの王都にあるギルドは全てのギルドを取りまとめるギルド本部でして、そのグランドマスターが、ぶっちゃけわたくしの兄様なので、ちょ〜っとだけ便宜を図ってもらいました」
「ぇえ? お兄さんが、ギルドのトップ!? でも、マリィ——ベルさんのお兄さんってことは王族のはずじゃ? 普通ギルドって国から独立した機関って感じじゃないんですか?」
「やらかした王族の天下りってやつだろ?」
特撮ヒーローの中身を知ってしまった子供のように愕然とする柚月と、対照的に冷めた感覚でこき下ろす蓮斗に対しベルは「いえいえ」と手を振って補足する。
「兄様は、元々王族や貴族の中で生きていくのがあまり得意ではない、と言いますか……少しレントさんと似ている気質、と言うとわかって頂けますか?」
「あ? どう言う意味だ——」
「なるほど! 超、なっとくです!」
「てめぇら」
「くぅーん、ワン! ワン!」
これ以上ないくらい分かり易い事例ではあったが、なぜか納得できない蓮斗は拳を震わせ一言物申そうと口を開いた所でクロマルに諭され、大人しく引き下がる。
「ですが、この国で生きる民を思う気持ちはとても強く、兄様は、兄様なりに自分のやり方でこの国を守りたいと——王家を離れ階級も地位も何もかもを捨て去り、一冒険者から自力でグランドマスターまで登り詰めたんです」
本来であれば王族として褒められた行いではない、が、そんな兄を語るベルの表情はとても誇らしげで、蓮斗達の知る理知的な大人の顔ではなく、兄を慕う妹の素顔だった。
「へぇ〜、ベルさんのお兄さんって凄く立派な方なんですねっ! ボクの兄とは、全然ちがうや……」
「……」
ここにきて度々暗い表情を覗かせる柚月にいい加減苛立ちを爆発させそうな蓮斗ではあったが一先ずグッと堪え無言を通した。
「兎に角、兄様はそんな性格ですので基本的に圧力や癒着が大っ嫌いで、妹だからとそうそう融通を効かせてくれることもないんです。
ただ今回はギルドとしても協力するべき案件と考え、特例の措置をしてくれました——。
そろそろ本題に戻りますね? そのカードはこの世界でも最先端の技術で作られていまして、こうやって魔力を流すと」
言いながらベルがカードを指先で水平に持った。
特に何かをしているようには見えないが〝魔力〟を流すという蓮斗にはイマイチ意味のわからないベルの行動をどこか客観的な心境で見ていると、カードを中心に立体的な映像——まるでスマホの画面だけが宙に浮かび上がっているような、ある意味蓮斗の知る知識からしても近代的なホログラムが展開された。
「どうですか? これがわたくしの〝ステータス〟になります。ランクというのが、ギルドにおける位の高さでして、ふふ、驚きました? わたくしこう見えてもゴールド——」
ふふん、と鼻高々に説明するベルのカードから投影されている情報を背後から覗き込み、蓮斗と柚月は同じような表情を浮かべていた。
「ん? どうされました? お二人とも」
「いや、なんと言うか……言葉がわかるから普通に文字も読めるんだろうな〜っと思っていたんですけど、阿久津くん?」
「さっぱり読めねぇな」
「ああ……、なるほど……」
「「……」」
ちょっと自信満々に説明していた反動もあってかベルの表情がなんとも言えない感じになり、微妙に重い空気がその場に流れ始めた所で、柚月が蓮斗の袖を引いた。
「阿久津くん? 女神様? って人の所でスキル貰ったんだよね? 言語理解的なやつは」
「あったな」
「うん。なんで取らないのかなぁ? 困るよね? 今現に困っちゃったよね?」
「あ? 〝言葉〟は理解できんだから文法なんざ一日、二日で覚えりゃなんとかなんだろ? んなもんに貴重な〝能力〟を振れるかよ」
どう見ても絵に描いたような不良である蓮斗の言葉に思うところがあったのか流石の柚月もピクリと眉尻が動いた。
「いや、いやいやいや!!
阿久津くん? ボクはまだ? これでも英語八〇点代だから? なんとか、多分だけど、なんとかなるかもしれないよ? でも、阿久津くんは……」
続きは自重したのか声を小さくする柚月だったが、その言葉に蓮斗は心底呆れたように応える。
「おまえ……あのレベルの高校で八〇はヤベェだろ……満点以外は正直、引くぞ」
「は——はぁあっ!? いや、待って、本当に待って!?
え? 阿久津くんってそういうキャラ? いやいや、それは流石に……ないよね?」
信じられないモノを見た表情で愕然とする柚月に蓮斗は無情な一言を告げる。
「あんな偏差値の高校で見栄張ってもな……まともにやってりゃ、全教科満点とれるだろ」
「ぜ、ぜぜぜぜん、ぜんっ!? その前に、阿久津くんって……試験受けるの?」
「あ? ったりめぇだろ? 一応〝特待〟で入学してやったしな? センコーどもは多少問題起こしても、結果出しときゃ強くはでれねぇ」
蓮斗は天才ではない。しかし平均的な同年齢の学力でいえば秀才の域には達していると言えるかもしれない。
ちなみに偏差値模試では八五〜九〇を平気で取れる学力はある。
「とく、たい……せい? あぁ、理不尽だぁ……不条理だぁああぁ!
阿久津くんは少女漫画の暴君キャラですか!? 違うよね!?
もっとガチにテッペン取る方のキャラだよねっ!?」
「……意味わかんねぇよ。もういいだろ? とにかく、ベル! まずは文字を覚えねぇと話になんねぇ。挿し絵の入ったような子ども向けの本あんだろ? あとで何冊か借りるぞ」
「独学で学ぶんっすかッ!? もう完全にできる側の人間の発想じゃないですかっ!?」
騒ぎ立てる柚月に顔をしかめながらも適当にあしらい、視線を向けた蓮斗に苦笑いでベルが応える。
「はい、そうですね。わたくしも言語理解のスキルは当然得ている物と。
確認するのを失念していました……当面は読み書きの方も講師を手配いたします。
少し予定は狂いましたが、魔力を通わせる訓練をしなければギルドカードへの登録もできません。
——ということで本日から〝魔力と魔法の行使〟について学んで貰いましょう!」
クロマルの腹をわしゃわしゃしながら受け答えしていたベルは、パチリと大きな双眸に収まる白銀色の瞳を開いて、蓮斗と未だに現実を受け入れきれずプルプルふるえている柚月の前にキリッと指を立てたのだった。