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第6話:不良の居場所

 国王という権力の象徴と塊である相手を前に、傲岸不遜にも啖呵を切った蓮斗。


「フッ、最低限とな。クククッ……ただの跳ねっ返り、と言うわけでも無いか。だが、若いな」


「あ? オレの何処見りゃ年寄りに見えんだよ。十八だぞ? 若くて当然だろうが」


 当然のように鼻を鳴らす蓮斗。対して周囲の反応は芳しくなかった。


「ふむ、そうか? 余には二十五ほどに見えたが」

「あら、わたくしもレント様は年上だとばかり……」

「ぇ? 阿久津くん十八? ボクと同じ二年なのに?」


「……ッチ」


 自分が実年齢よりも上に見られやすいことは理解していたが想定よりも上の評価に苛立ちを感じる蓮斗。一先ずその感情は隅に追いやり話を続ける。


「オレは若い。だからなんだ」


「なにも……ただ、余にもその若さ、いや若き心が残っておれば……とな。

 何者も恐れぬ牙、何者にも縛られぬ四肢。初老を迎えた男の嫉妬だ気にするな」


 哀愁を乗せた視線を遠くに置きながら改めて蓮斗を見据えた国王はそのまま続けた。


「一つ聞きたい。なぜマリィベルがと悟った? 

 その子は余の娘ながら我が国有数の猛者といってもよい、故に貴殿らの前で無闇にそんな素振りを見せたとは思えぬが」


「あ? 知るかよ。オレみてぇな行儀のワリィ奴にもビビらねぇし、ひかねぇ肝がすわってりゃ、ことぐらいわかんだろ?」


「ふむ、それだけ、とな?」


 どこか楽しそうな笑みを含んだ国王の問いかけに蓮斗はあえて苦虫を噛み潰したように顔を歪めて応える。


「——ッチ、くそだりぃ……勝てる気がしねぇ、そう感じた。そこで寝てる女には負ける気がしなかった。だから——それだけだ」


 その言葉に驚いたような表情を浮かべる柚月の横で心底満足げな笑みを浮かべたマリィベル。


 どこか熱い眼差しを蓮斗へと向けられ、むず痒いやら腹立たしいやらで落ち着かない蓮斗は眼力強めに国王と向き合う。


「……名を聞いてもよいか? よ」


「阿久津蓮斗だ。そこの馬鹿が松浦柚月、マリィベルの腕におさまっていやがる愛らしい毛玉がクロマル」


 蓮斗がその態度とは裏腹にきちんと自分以外の紹介も行う様子に国王は一瞬目を丸くするが最後には愉快そうに笑みを浮かべた。


「クク、ハハハ。存外に礼儀を弁えておるでは無いか。

 余はグレントール王国の国王ヴァルルス・セアリアス・グレントール。

 レントよ、貴殿にこの国の行末、賭けさせてもらう!!

 マリィベル、レントと行動を共にし我が国の代表としてその身を持って彼らの行く末を支えよ」


「————! はい、国王陛下。慎んでお受けいたします」


 国王ヴァルルスは玉座から立ち上がり力強く宣言しマリィベルとしばし見つめ合ったあと、その場で踵を返す。去り際、蓮斗に告げた。


「詳しくはマリィベルから聞くといい。余はこの件の判断をマリィベルに一任する」


「はっ、丸投げってか? もしオレが話を蹴ってトンズラしたらどうすんだよ?」


「ククク、それこそ杞憂だろう。餓えた獣が極上の餌をぶら下げられて食いつかぬはずがあるまい? 連れの方は……貴殿を慕っておるようだから問題なかろう?」


 肩越しに強かな笑みを浮かべながら応えるヴァルルス。


 蓮斗は不適な笑みを持って返すが、その拳は震えていた。


 ——確かに、蓮斗にとってこの世界は極上の餌場かもしれない。


 くだらない価値観と退屈な日常を強制されることもない。


 恐らくは国王が最も求めているのは、元いた環境では忌避すらされる力。


 気に入らないものを退ける為の究極かつシンプルな方法——暴力。


 ひどく退屈で、いずれは今の“自分”も手放さなければ生きていけない窮屈な世界。


 ——裏家業? それは蓮斗の求めている刺激とは全く異なる。


 閉鎖的な縛りの中にある限定的で排他的な世界。


 別に蓮斗は犯罪を犯したいわけでも、酒池肉林を生きたいわけでもない。

 むしろ、傾向としては一人で静かに過ごしたいタイプなのだ。


 それがこの世界はどうだろうか。

 公の場で、国のトップが鎮座する場所で——殺されかけた。


 それだけであればとんだ不幸話だが、あろうことか相手を返り討ちにするため全力で振るった“暴力”を認められ、更には、求められている。


 認めざるを得ない。


 自分が餌に喰いついた愚かな獣である事を。

 いや、餌どころか罠に嵌められた、と言ってもいいかもしれない。


 あの国王は蓮斗という人間性を利用し、餌に喰らい付かせた。


 兵士達の忠誠心すらも利用して。


 流石は、の親という所だろうか。


 蓮斗がこの世界に少なからず興味を抱いた最初のきっかけであり、今までの価値観を吹き飛ばした存在。


 その姿を目にした瞬間、本能が警鐘をけたたましく鳴らした。


 ——絶対に手を出してはならない相手だと。


 底の見えない感覚。

 自分の存在が酷く矮小に感じ、女と言う概念を根本から覆された。


 自分の中に根付いている〝矜恃〟などさっさと捨ててしまいたくなるような圧倒的存在感。

 蓮斗は人生で初めて、マリィベルという“人”を畏れた。


 この世界に来る直前〝夢〟のような空間で会った〝女神〟を名乗るふざけた女が言っていた。

 ——彼女は蓮斗を呼んだのだと。


 既に蓮斗から見て圧倒的な〝高み〟にいるマリィベルが蓮斗に何を求めると言うのか。


 彼女は蓮斗に言った。



 ————勇者と同等の潜在力を持ちながら、決して。わたくしが求めていたのはそう言う御方です。



 勇者などと言うありきたりな称号に蓮斗は一切興味がない。

 どころか首のあたりに蕁麻疹が出てくるくらいむず痒い、が、重要なのはそこではない。


 マリィベル程の人物を持ってしても対処できない〝何か〟がこの世界に存在し、蓮斗はその対処をするために〝呼び出された〟のだ。


 蓮斗は背筋にゾクゾクとした痺れに似た悪寒のような物が走るのを感じていた。


 自分の中にそんな大層な能力やら力やらが眠っているなどとは思えないが、それでもマリィベルという圧倒的強者が〝女神〟を通じて蓮斗に何かを見出した。


 この女に勝てるようになるのか? と思考の片隅に今は想像もできない思いの欠片が浮かび上がり、蓮斗の視線はいつの間にか隣に立っていたマリィベルへと吸い寄せられる。


「ふふ、良い眼です。詳しいお話は場所を移して行いますが……なれますよ? 

 レント様なら、わたくしよりも強く」


「————っ」


 蓮斗は考えを見透かされた事よりも、最後に語られた言葉に息を詰まらせた。


「というか、強くなってもらわなければ困ります」


 強くなる。そんな事を考えた時期も蓮斗にとってなくはない。


 だがそのハードルは元々並外れた運動能力と〝喧嘩〟という場面において圧倒的なセンスを有していた蓮斗にとって割と簡単に超えられるもの。


 それを自覚してからは特に考えることもなかった。


 それも、元の世界基準で、蓮斗の生きる狭い範囲においての話ではあるが。


 マリィベルの言葉に蓮斗は拳を握る力をグッと強めた。


(強くなる……この女以上に。〝力〟が許されるこの世界で、オレは誰よりも、強く——なってみてぇ)


 ヴァルルスが護衛を数名引き連れて去っていく後ろ姿を眺めながら、マリィベルが蓮斗の表情を見てクスリと悪戯な笑みを浮かべ問いかけた。


「一応、聞いておきますけど……元の世界に戻りたい、なんてことは言わないですよね? レント様?」


「——っは、上等だ。腹空かせた獣としちゃァ、こんな最高に美味そうな餌ァ出されたんだ。

 希望通り喰らい尽くしてやんよ」


 異世界という非日常極まる刺激を心の底から謳歌しようと決意した蓮斗だった。


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