マリィベルの案内で王城の中へと進んだ蓮斗達。
鎧の兵士にガンを飛ばしたり、優雅にスカートを広げて腰を折るメイドに見惚れてみたり、腕の中で毛繕いをしたりなど、慣れない城内で各々浮き足立ちながらも、一際豪華で物々しい空間へと通された。
蓮斗の視線の先、並び立つ腰に剣を帯びた屈強な兵士と思しき者達——女性が混ざっている事に蓮斗は眉を潜めたが——の間を抜けた先に、所謂玉座と呼ばれる場所で悠然と佇む初老の男性。
目が合い「——ッケ」とわかりやすく悪態をついた蓮斗の反応に、一瞬でその場が殺気に包まれた。
「あ、阿久津くん、お、王様にその態度はまずいよっ!」
瞬間、顔を青ざめさせた柚月が小声で注意するも蓮斗は聞く耳を持たない。
「……国王陛下、この度召喚に応じてくださった勇者様方をお連れいたしました」
マリィベルは僅かに額に汗を滲ませながら、これ以上は喋れないとでも伝えるように一瞬二人へと視線を送り、スッと体を避けてその場に控えた。
「よくぞ参られた、異世界の勇者よ。本来であれば勇者は一人、と聞いていたがどちらが勇者殿か」
マリィベルと同じくプラチナブロンドの髪色はしているが、瞳の色は碧眼。
柔らかな印象のマリィベルとは打って変わりその視線、声色一つひとつに威厳と重圧、支配者としての貫禄を感じさせる雰囲気を纏っている。
「……オレだ、この馬鹿はたまたまオレの近くにいた只の馬鹿だ。
んで? わざわざ異世界から何の用だ? おっさん」
「「「—————!!!?」」」
絵に描いたような不遜な態度で応じた蓮斗に全員の——特に一番国王の近くにいた鎧姿の男と、隣立つ同じく鎧の女——鋭い殺意の篭った視線を投げつけられ、
「あ、あああ、阿久津くん、まずいよ、誤った方がいいよぉ」
と顔面蒼白で震える柚月の腕を払い、ツカツカと玉座に近づいていく。
「止まれ! 貴様……これ以上陛下の御前を不遜な物言いで汚すなら、その命ないと思え」
国王の近くに控えていた鎧の男、黒い肌に勇ましい眼光の男は剣の柄に手をかけ、蓮斗に凄んで聞かせる。
「よい。控えよジェロム——」
「しかし、陛下」
ジェロムと呼ばれた男の言葉を手の平で制した国王。
静かに蓮斗の姿を見据えたまま言葉を続ける。
「要件、だったな。それを話す前に貴殿らには、その資質……つまり相応の“力”があるものか試させてもらう必要がある。話はそれからだな」
どこか面白いモノを見るような表情を見せながら国王は告げ、蓮斗は肩を竦めて応える。
「はっ、気にいらねぇ、気にくわねぇ。
道理がなってねぇ……テメェの都合で呼んだんだろうが。
使えるかどうかもわかんねぇ相手を、呼んだ後に試すだ? 馬鹿じゃねぇのか」
言い終えると同時、強烈な踏み込みから腰の剣を抜き放ったジェロムが蓮斗の首筋に刃を当て、ギリっと鋭い眼光を叩きつける。
「貴様、言うに事欠いて陛下を愚弄するか! その罪、貴様の命でもってもまだ軽い——」
「知らねぇなぁっ!! ここは何処だ、あ? オレの国か? オレの世界か?
てめぇの国王は、何処の誰に対しても王なのか? ちげぇだろ、てめぇのトコの頭がどんだけ偉いか尊いか知らねぇが、てめぇの価値観を、他世界の人間に押し付けてんじゃねぇぞコラ?
てめぇは、いきなりオレの国に召喚されて目の前に見たこともねぇ“総理大臣”がいたら地べた這いつくばって頭さげんのか? ぁあ!?」
蓮斗は怯むどころかジェロムの太い首を掴みながら啖呵を切って、その顔を引き寄せる。
「——っ、子供の戯言を! 目上の御方に敬意を払うのは当然の行動だ!!」
「だから、オレにとっちゃ偉くねぇんだよ。オレは年齢で人間を敬まわねぇ主義だからなぁっ!」
「——っが」
首筋に当てがわれた刃に構う事なく、蓮斗はジェロムに向かい
「阿久津くん!?」
「——レント様っ」
柚月とマリィベルが悲鳴に近い声を上げ、周囲の兵士たちも次々に剣を抜き始める。
「オレを、
「————っが、ぐふ、が!?ぶふッ!?」
頭突き、からの頭突き……頭突き、頭突き、頭突き。
額を血で濡らした蓮斗が、それ以上に顔面を血塗れにされたジェロムから手を離す。
その体が蓮斗の手元からずるりと崩れ落ちる。
「——っち、男が
どうせやるなら楽しくやろうぜ?
その光景に剣を構えながらも唖然としていた兵士たちであったが、そのうちの一人がギリっと歯を鳴らし、蓮斗に向かって駆け出した。
「貴様ぁああっ!! よくも、ジェロム隊長をぉおっ!!」
素早い踏込みから、瞬時に蓮斗へと肉薄した
憤った感情を剥き出しにしながら、高く掲げた剣を蓮斗の肩口目掛けて一気に振り下ろす。
「——っと、そこらの馬鹿が“長モノ”振り回すのとは、流石にワケがちげぇわな」
持ち前の反射神経と動体視力をもって、なんとか回避した形の蓮斗は大きく隙を晒す事になり、女兵士は逡巡することなくガラ空きの胴体に向かって追撃を放つ。
——蓮斗はその剣を拳で受け返した。
ガキンっ、と絶対に拳と剣が撃ち合った瞬間には生まれない音が響く。
「お、おぉう、不良漫画以外で初めて見たよ……“メリケンサック”」
「————っく、いつの間に!」
瞬時に懐から忍ばせておいた“対刃物用”の“メリケン”を装着していた蓮斗は、鋭利な刃から繰り出される剣撃を絶技とも言うべき拳捌きで弾いていた。
「——っち。マリィベル……悪りぃ、
一瞬苦い顔をした蓮斗は、振り返ることなく背後にいるであろうマリィベルにまるで苦楽を共にした仲間に頼むような軽い口調で言葉を投げかける。
「————? ふ、ふふっ、なるほど? これは“貸し”ですよ、レント様?
それにしても、わたくし殿方に
予想外の言葉に疑問を感じたように間を置いたマリィベルも蓮斗の性格に大凡察しがついたのか得心して、どこか朗らかな声色を返す。
「っ! 下賤な蛮族風情が、王女殿下までも侮辱するかぁああ!!」
剣と拳の鍔迫り合いから、更に強く踏み込んだ女兵士は手首を返しながら蓮斗の首筋へと向けて刃を走らせる。
瞬間、後方に飛び退いた蓮斗と入れ替わるように前へと出たマリィベル。
その手に持った黄金色の錫杖にも見える“杖”で女兵士の剣撃を受け流し、優雅な舞を披露するかのように杖を軽やかに回転させ、トンっと女兵士の肩を叩く。
「ま、マリィベル様!? な、ぜ————」
「あなたの国を思う忠義はしっかりと受け取ります。セリア、少し肩の力を抜いてお休みなさい——《ルミナス・クレイドル》」
黄金色の杖の先端に施された無色透明な水晶のような球体の宝石から神聖さを感じさせる光の玉が無数に溢れ、セリアと呼ばれた女兵士の周囲に留まる。
光の玉同士が同色のヴェールで結び合うと同時にセリアは意識を手放すように瞼を閉じ、ゆっくりと光ヴェールに覆われながら床に倒れ込んだ。
「……悪かったな」
「いえ、レント様に頼って頂けて喜ばしく感じていますよ?
ただ、その“優しさ”はお捨てになった方がいいかと。
殿方としては大変好ましく感じますが、この世界にはセリアのように“剣”に生きる
——そうですね、例えば“わたくし”などが良い例でしょうか?」
黄金色の杖を両手に持ち、あざとい感じで小首をかしげるマリィベルに蓮斗は鼻を鳴らし、柚月は羨望の眼差しを向けている。
「ふん、別に女を舐めてるわけじゃねぇが、オレの“在り方”の問題だ。
強かろうが弱かろうが、女は女——そこに違いは存在しねぇ」
「うふふ、甘い理想……でも、素敵です」
「……阿久津くんって、優しいんだ」
優美な笑みを湛えるマリィベルと、何故かちょっとモジモジした様子の柚月を横目に、騒然としているこの空間において、ただじっと一切の出来事に動じずことの成り行きを見据えていた最奥の人物へと蓮斗は視線を向けた。
「んで? 力は試せたかよ……
「……敬わない主義ではなかったのか?」
蓮斗の言葉に国王はどこか面白そうに口の端を釣り上げ尋ね返した。
「はっ、おたくの姫様に