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第3話:テンプレのわからない不良

 阿久津蓮斗は退屈が嫌いだ。


 代わり映えしない日常。


 ありふれた言葉の応酬。


 求められる事に応え続ける子供の義務も期待に満ちた大人の眼差しも、蓮斗にとってはひどく軽薄で退屈な事この上ない。


 幼い頃より英才教育を受けて育った男は、所謂天才——。


 という訳でもないが、人並外れた運動神経を持ち、少し勉強をすれば同年代の頭二つほど飛び抜ける結果は簡単に出せた。


 蓮斗の周りにはいつも大勢の人間があつまり、色々な感情や視線を向けてくる。


 周囲の大人たちからは、期待と羨望。


 同年代の子供たちからは嫉妬に、薄い友情と下心。


 どれもひどく退屈で、蓮斗の目に見える景色はどこか色素の抜け落ちたような薄い日常。


 まだ幼い友人達のなかには、大人からわかりやすく贔屓される蓮斗にたいしあからさまな態度と行動を取るものも少なくなかった。


 集団で囲み、よくわからない非論理的な文句を述べられ。

 結果的には、殴る、蹴る。


 痛くはあったが、苦しみは特になかった。


 実際、蓮斗が一言大人達に事実を告げれば彼らは蓮斗からすぐにでも遠ざけられる。だが、蓮斗はそうしなかった。


 理由など特にない、あるとすればキリがないから。


 彼らが去ってもまた同じような輩は湧いてでてくる。


 逆に蓮斗が問題を起こせば蓮斗に期待をかけている大人達が騒ぐ。


 それはそれで面倒だと感じていた蓮斗は、ただ痛みが過ぎ去るのをいつも静かに待っていた……


 そんな蓮斗の日常には唐突に現れた。


『ぼうりょくは、ゆるさない! せいぎのてっけんが、あくをつらぬくわよ!』


 パッチリとした目元に可愛らしい容姿をした蓮斗よりも一回り小さな少女が、集団のなかに飛び込んで蓮斗を守るように立ちはだかった。


『……おまえ、だれ?』


 蓮斗の問いにバチンッとウィンクで応えた少女が高らかに名乗る。


『わたしはっ! せいぎの美少女! ぷにきゅぁあーあっしゅぐれい‼︎』


 バーンと効果音がつきそうな程に鮮烈なポージングをビシッと決めた少女は、やり切ったという達成感に満ち溢れていた。


『ぷっ——ハハハ! なんだよそれっ! アッシュグレイって、地味すぎだろ』


 蓮斗は少女の奇怪な行動と、その時代も、今後続いていく〝プニキュア〟シリーズでもおそらく登場する予定のないであろうカラーのキャラに思わず腹を抱えて笑い。


『ひどいっ! そんなに笑わなくても——

 キャっ!? うぐッ、いたい、痛いよぉ……』


 蓮斗をリンチしていた集団はそれなりにクレイジーな子供達で、突然現れた意味不明な少女を殴り飛ばすことに躊躇はなかった。


 この時、蓮斗の中でぶちりと何かが鈍く切れた——。


 次に子供達が蓮斗に狙いを定めた時には既に蓮斗はその場を駆け出し、握った拳で周囲の子供達を次々に殴り飛ばし、蹴り上げ、馬乗りなって追い討ちをかけ……蓮斗が初めて人を殴った瞬間だった。


 ひどく退屈で色素の薄い日常に鮮烈な色が飛び交い、体の底からふつふつとした高揚感が溢れてくる。


 暴力という刺激は蓮斗を一瞬で虜にしてしまった。




 ***




 酒に酔うという感覚を経験した事はないが、もしひどい二日酔いと言うものを経験したとしたら今のような気分なのかもしれない。


 蓮斗は憂鬱な気分を無理やり押さえつけ周囲の様子を観察する。


「ワンッ、ワンワンッ! クゥン」

「クロマル……」


「んんっ——ここは、はっ!!異世界!?  異世界はドコっ!?」


 寝ぼけたような様子の柚月にが柔らかく微笑み声をかける。


「ドコと問われれば、おそらくはかと思われますよ? 

 勇者様とお連れの方」


「うっふぁ——超絶美人だ、めっちゃ綺麗」


 透き通るプラチナブロンドの長い髪を揺らし、大きな白銀色の瞳はしっかりと二人を見据えていた。


 間の抜けた表情で間の抜けた感想をもらす柚月に対し、女は優雅に微笑み返す。


 身に纏っている体のラインが強調されたブルーのドレスの裾を上品に持ち上げ、ふわりとした所作で女は頭を下げた。


「お初にお目にかかります勇者様。

 わたくしは、このグレントール王国の第一王女にしてこの度勇者様方の召喚をとり行いましたマリィベル・セアリアス・グレントールと申します……重ねて、今回は突然の強引な召喚にお詫びを申し上げます」


「いやいやそんなっ! ボクとしては異世界万歳って感じですしっ! 

 ね、ね! 阿久津くん!! というか言葉が通じるっ! 

 早速異世界あるある体験っ——」


「うるせぇ、ちょっと黙ってろ」


 憧れの異世界に興奮覚めやらぬ様子の柚月を蓮斗が押し除け、マリィベルと名乗った女の前に進み出る。


「お連れ様は愉快な方ですね? 改めまして勇者様、マリィベルと申します……良ければお名前をお伺いしても?」


 蓮斗は訝しむようにマリィベルを睨み、周囲に視線を巡らせる。


 神殿という言葉が相応しいであろうその場所は、翼の生えた女性の巨大な石像を正面に円形の空間になっており、各所に様々な石像が置かれていた。


 壁面には竜の紋章らしき意匠が彫り込まれている。


 明らかに儀式などを行うことを目的としていそうなこの場所は、椅子やテーブルは存在せず蓮斗達がいる場所を中心に巨大な魔法陣とでも敬称すべき不可思議な紋様がが床に施されていた。


 出入り口と思われる扉の前に護衛らしき鎧の人物が二名のみで、蓮斗達を除けばその他はマリィベルしかその場にいない。


「使命感のある、肝の座った女、か……って奴の言ったとおりだな」


「——転生の女神様にお会いすることが叶ったのですね? それでは、も?」


「ぇ、え? なに、女神って!? ボク会ってないよ? どう言うこと?」


「ぁあ? うるせぇな……

 おまえは寝てたんだよ、その“ギフト”って奴なのか知らねぇが、オレらの体はこの世界に合わせて一度再構成されたんだと。

 だから言葉もわかるしも使えて、も貰えた」


 蓮斗が心底わずらわしそうに柚月へと説明する。


 それを聞いた柚月は更に興奮を増して蓮斗に詰め寄ってきた。


「魔法! スキル! うはぁ、本当にっ、来たんだね、異世界! 

 そうだ! 阿久津くん、スキルといえば定番イベントのチートスキル選び放題のアレは……」


「……あぁ、あったな、そんなん。

 めんどくせぇから適当に選んだぞ。おまえは寝てたからランダムだ」


「ぇ……え? 二回目の人生決める一番大切なイベだよ? 

 寝落ち終了? ぁ、既に詰んでる気がしてきた。異世界でも現世でも、ボクはのまま……」


 遊園地ではしゃぐ子供のような雰囲気から苦手な野菜に消沈する子供のように塞ぎ込んだ柚月を一旦放置して、会話は進められる。


「ら、落差の激しい方ですね」


「あ? あぁ、気にすんな。アレは松浦柚月で、オレが阿久津蓮斗、こっちはクロマルだな……まぁ、好きに呼べ」


「ご丁寧にありがとうございます。勇者のレント様に、ユズキ様、この子は従魔? ということでしょうか? よろしくね、クロマルちゃん」


「ワンッ」


 元気よく挨拶をしたクロマルの前にしゃがみ込んだマリィベルは、特に抵抗の様子を見せることのないクロマルを愛で始める。


「で、だ……さっきからなんでコイツじゃなくオレを一方的に勇者と断定してんだ?」


 僅かに漏れ出た蓮斗の殺気にピクリとマリィベルは肩を揺らし、ゆっくりと神妙な面持ちで立ち上がる。

 その腕にはしっかりとクロマルが抱かれたままだ。


「そのことに関しましては……そうですね、わたくしがレント様を選んだから、というのが正しいかもしれません。

 突然この世界に呼び出された理由が偶発的なものではなく、わたくしの選択であるとなればご気分を害されるのも当然です。

 ユズキ様に至っては、巻き込んでしまう形になってしまい、弁明のしようもありません。

 ですが、どうかっ、お話しだけでもさせては——」


「いや、そこはどうでもいい。コイツに関しては自分で付いてきたようなもんだしな」


「え? あ、はい!ボクは異世界に来られたこと、後悔していません!   

 スキルは選べなかったけど……それでも! 異世界チートは必ず、何かしらの方法で現れるはずです! スキルは、選びたかったけど……」


 蓮斗に顎で指され一瞬復活するも、再び意気消沈していく柚月を放置して蓮斗はツカツカとマリィベルの元へ歩み寄り、


 ——クロマルを取り返した。


「ぁ、クロちゃん……」と寂しげな呟きを溢すマリィベルを無視して蓮斗は続ける。


「なんでオレだ? ソコが気にくわねぇ、気にいらねぇ。

 オレは“勇者”なんざ、たいそうな正義面かまして、世のため人のために働くようなガラじゃねぇ……それが、わかっていて“呼んだ”と、

 ならテメェはネジの外れた馬鹿か、めんどくせぇ裏があるか、どっちだ?」


 王女だろうが関係ないとばかりに、顔を寄せて凄む蓮斗。


 蓮斗に対して入り口の前で待機していた護衛が反応するも、マリィベルは毅然とした態度で蓮斗の視線を受け止め、片手で護衛を制した。


 更にもう片方の手で——クロマルを奪い返す。


「——ッチ」と腕の中に残る感触と温もりに名残惜しさを感じる蓮斗を余所にマリィベルは真っ直ぐ応える。


「強いていうなら、そういう所……と今は申し上げておきます。

 を持ちながら、決して

 わたくしが求めていたのはそう言う御方です。

 あ、ちなみにレント様を“勇者様”とお呼びするのは異界から召喚によって呼び出される方々は皆様一様に“勇者様”という敬称を好まれる傾向にあるとの口伝がありまして、形式的なモノだとお考えください」


「……ふん。そーかよ。肝が据わった女はやりずれぇ」


「褒め言葉、として受け取っておきますね?」


 これ以上はこの場で聞き出せそうにないと、牙を引っ込めた蓮斗は鼻を鳴らした。


 マリィベルも大人な微笑を湛え、その間もクロマルは両者の腕の中を凄まじい速度で往復していた。


「とにかく、このような場所では落ち着いてお話もできません。

 今からお二人を王城へご案内いたします。

 そちらでお父様——国王陛下もお待ちしておりますので。

 さ、いきましょうねぇ、クロちゃ〜ん」


 最終的に激戦を制しクロマルをその手に抱いたのはマリィベルだった。


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