火葬場Aには、全国各地から遺体が毎日運ばれてくる。
その事実を知ったのは父の死がきっかけだった。
「火葬場って選べるものなんですか?」
突然父を失い、初めての喪主を務める僕は、病院から紹介された葬儀屋にたずねた。
「基本的には故人の住んでいた市長村にある火葬場です」
「ですよね」
その質問に特に意味はなかった。何もわからない状況で、ただ確認する為だけの質問だったけれど、その葬儀屋はそうは思わなかったようだ。
「もしかして、火葬場Aの事ですか」
ニヤリとして僕を見た。
「え? 火葬場A? 何ですかそれ」
「あ、いえ、すいません。聞かなかった事にして下さい」
僕が何も知らない事を察して、バツが悪そうに葬儀屋は言った。
「ちょっと、気になるんですけど。何ですかその火葬場Aって」
「あ、いえ、忘れて下さい。もし、火葬場Aを利用しようとしても、予約で一年先までいっぱいですし……」
「火葬場で一年先の予約?」
「あ、いや、キャンセル待ちなら何とかなるかな……」
「火葬場でキャンセル待ち?」
キャンセルって、まさか生き返ったとか?
「ちょっとおかしくないですか? 自分の死ぬ日なんて誰もわかりませんよね」
「そうなんですが、病院で余命宣告を受けた方等が、ご自身で予約をしたり、そのご家族様がなさるみたいですよ」
「火葬場を自分で予約?」
「そうなんです。予約のシステムは三か月の間という事らしいです。例えば一月から三月の間といった感じです。その期間を過ぎてしまうとキャンセルになるようですが」
「それにしても、自分で予約とはおかしいでしょ」
「まぁ、よっぽど自信がおありになるようです。ご自身の人生に」
「は? 自信がある?」
「火葬場Aでは、人生に点数が付くんですよ。まるでカラオケの採点のようにね」
葬儀屋の話によると、遺体を燃やす窯の扉の上に電光掲示板があり、そこに点数が表示されるシステムなのだそうだ。
「それって、何の点数なんですか? そもそも、人生の点数出す意味あります?」
「そこが、火葬場Aの売りなんですよ」
結局、口を滑らせた手前、渋々葬儀屋は教えてくれた。
「その点数は、平たく言うと、故人がどう生きたかという点数でして。詳しくは遺族以外見ることは出来ないそうですが、総資産から、友人関係、世間の評判、社会への貢献度まで数百におよぶ採点基準があるそうです。火葬場で最終点数が付くのは、どれだけ燃え残るかの骨密度まで採点基準になっていると言われているからです」
「お骨まで……」
カルシウム不足まで採点されちゃうの? とにかくそんな施設があったなんて知らなかった。
「でも、そんな点数、死んでしまったら本人は確認出来ないじゃないですか」
幽霊にでもなって見るっていうなら別だけど。
「残された家族様の為なのです。その人生の点数でランキングに参加出来るのです。火葬場Aの中で、点数によってランキングが出ます。マンスリーチャンピオンで、確か、ハワイ旅行。年間MVPにでもなろうものなら、世界一周旅行がプレゼントされます。しかも親戚全員です」
「マジすか!」
なるほど、それならうなずける。自分の生きた人生の採点が子孫を喜ばす事が出来る可能性があるのなら、申し込んでみたい気がする。
「それって、うちの父ってもう無理ですか?」
昨日交通事故の為、六十歳で亡くなった父。実際、父がどういう人生を生きてきたのか、全部知っているわけではないが、役場の職員としてちゃんと勤め上げている。早くに母を亡くしてからは、父子家庭となっても一人っ子の僕を大事に育ててくれた。きっといい点数が期待できるはず。
「いや~、予約がびっちりで。おそらく難しいかと……」
「そこを何とかねじ込めませんか~」
「直接出向いてみて確認するしかありません。極秘施設ですので、電話やメールでの問い合わせはNGなのです。おそらく難しいでしょうが、一応確認に行ってみます。ちなみに火葬の代金は相当お高いようですが大丈夫ですか?」
「大丈夫です! 父の保険金も入りますし。それより、私も行っていいですか? 見てみたいのです。その火葬場を」
この好奇心には勝てなかった。やばいでしょ、火葬場A。
そういう事で、謎の施設、火葬場Aに同行させてもらえる事になったのだ。
「おーやった! でかした親父!」
「うそだろ! ふざんけな!」
「点数低すぎだろー」
山の上にある施設に近づくにつれて歓声と罵声がもれ聞こえてきた。そこは外観はごく普通の火葬場であるが、内部はまるでラスベガスのカジノを彷彿させる内装だった。その中に喪服を着た人達が、表示される点数に一喜一憂している。
「それでは、事務室でキャンセル待ちが可能か聞いてきますから、ここで少しお待ちください」
葬儀屋は僕を会場に残し、裏口へと向かった。
「おーっと、ここで山形村の佐藤さんがランクイーン!」
場内を盛り上げるアナウンスまであり、とても火葬場とは思えない。
「ということはぁ、先程ランクインした鈴木さんは、ここで圏外へ脱落してしまいまいました~。ご愁傷さまで~す」
恐ろしく軽いご愁傷様だ。
どうやら、まさにカラオケの点数システムのようなものが導入されていて、ランキングが目まぐるしく変わるのが、大きな電光掲示板で確認することができた。
「じーさん頼む! じーさん頼む!」
隣で親戚一同が祈りながら火葬が終わるのを祈っている人達がいた。その中になんと会社の上司の姿があったのだ。
「え! た、田中課長!」
思わず声が出てしまった。そういえば葬式があるとか何とか言ってた気がする。
「お! なんだ、キミもか!」
田中課長が満面の笑みで近づいて来た。
「うちは良かったよ、ギリギリ火葬のタイミングが合ってさぁ。一回逃したら、このギャンブルに参加出来ないだろぉ」
「ギャンブルって……」
「キミのとこは、親父さんかぁー。よくここ参加できたなぁ」
田中課長は前からここの事を知っていたようだ。ギャンブル好きで有名なんだ。
「いや、昨日他界したもので、キャンセル待ちなんです」
「そうかー。まず難しいだろうな。うちは半年前にじいさんの予約を俺がしたんだよ。MVPとは言わないが、トップテン位に入ってくれば、儲けもんなんだが」
「賞金が出るんですか?」
「そんな事も知らずに申し込んだのか? ここの火葬代は相場の十倍だ。でもじーさんの行い次第では、その何倍ものリターンがあるんだよ。だから親戚中で金を集めてここに来たんだ」
そいうことか。だからみんな祈ってるのね。
「ま、おそらく難しいかもしれないが、運がよければ参加できるぞ。これも、親父さんの日頃の行いだな。ははは、まぁ、楽しんでいけよ」
ポンと僕の肩を叩いた。
ここは火葬場じゃなのか? 楽しんでいけよって……。
「おーっと! 今年の最高点が出たようです!」
場内アナウンスに会場がざわついた。
「山田さん。なんと九十……八点!!!!」
「おー! すげぇー どういう人間なんだよ?」
「こりゃ無理だぁ~」
会場は驚きと落胆の声が鳴り響く。
「この山田さん、おならが臭いという事で、二点減点~」
減点理由が、まさかの腸内環境? ていうか、どういうリサーチ力?
年間MVP候補が出て会場がざわつく中、葬儀屋が事務室から戻って来た。
「ダメでした。すみません。遺体を冷凍保存してキャンセル待ちしている方が沢山おりまして……」
僕は何故かほっとしていた。
「わかりました。もう結構です。どうやら僕にはあわないようです。わざわざありがとうございました。帰りましょう」
わざわざ冷凍保存までして順番を待つなんて、正気の人間のすることじゃない。
僕が帰ろうとしたところ、ちょうど山田課長のところの火葬が終わり、点数発表の時間のようだった。
「頼む! 頼む! 頼む!」
まるで欲の塊のように叫ぶ課長はじめ親戚一同。恐ろしい程の気迫だ。
電光掲示板に、みな注目した。
「点数…… 0点!!!!」
「レ、レイ点だと!!!」
「どういうことだよ! ふざけんな! 機械の故障だろ!」
田中課長は狂ったように叫んだ。すると、場内アナウンスが流れた。
「ただいま、不正が発覚いたしました。そのため、失格とさせていただきます。尚、料金は迷惑料として倍額になりますので、ご了承下さい」
山田課長はその場に崩れ落ちた。
「不正って何ですかね」
何事もなかったように歩き出した葬儀屋を追いかけてたずねた。
「あー。よくある事なんですけど、やっと取れた予約に合わせるために、親戚に殺されてしまう人もいるんですよ。遺体に不信な点がある場合には、火葬はしていません。検死が終わったという事ですね」
遠くから、パトカーのサイレンが近づいて来た。
火葬場Aには、全国各地から遺体が毎日運ばれてくる。
人間の薄汚い欲と共に。
了