「おにい、ちゃんとごはん食べてる? お母さんが年末に餅送るらしいから覚悟しててね」
メールの内容は至ってシンプル。添付の段ボール三箱の餅さえなければ。
「あら、ご家族?」
「ええ……」
頭を抱え、天を仰ぐ。目に見えて滅茶苦茶困っている僕の様子に、常葉補佐が「そんなに!?」と仰天するのが聞こえた。そんなにである。
段ボール三箱の餅。しかも小さめの箱で三箱じゃない。三十リットルくらい入るやつだ。
「ご実家、餅屋なの? それとも米屋?」
「どちらでもないです……」
「ご親戚に米屋が?」
「そうなのかもしれないです……」
記憶にないが。毎年毎年、この量の餅が送られてくるのは、そうでもないと説明がつかない。
そして、このメールの主「水」は文面では平常運転っぽく見えるが、おそらく、僕同様、頭を抱えているのだろう。
「ツキイデくん、妹さんがいるのね」
「ええ」
「お名前はなんて読むの?」
僕は一瞬黙る。
「スイ、と呼んであげてください」
「スイちゃん、ね。かわいい名前ね」
名前の話題、まだ続けるのか。
「そうですか? ありがとうございます」
僕は発注表の打ち込みに戻る。二、三項目埋めれば終わりだ。……七時前に終わるな。
ちら、と時計を見る。長針はまだ、九に辿り着いていない。
「妹さんとは、仲がいいの?」
「……悪くはないですね」
たぶん。懐かれているわけでもないが。
こうして、親からの過剰な仕送りに、お互い、頭を悩ませながら、うんうん唸る程度の仲だが、これも仲がいいの部類に入るのだろうか。
ヒグレ曰く「絶妙にラノベには出てこなさそうな兄妹仲」とのこと。良し悪しがわからない表現で滅茶苦茶困った記憶しかない。どっちなんだ。
などと考えているうちに、打ち込みは終了した。まだ七時になっていない段階で、仕事が終わっている、というのは、どうにも落ち着かない。
とはいえ、やることがないというか、これ以上何か始めたら、お叱りを受けそうだ。パソコン切ろう。
鎮まっていくパソコンを眺めているのも退屈だ。暇ができた。暇ができたということは……メールの返信でもするか。
ぽちぽちと適当に返信を送れば、一分ほどで返信が返ってくる。
「え!? おにいがこの時間のメールに即答するなんてめずらし!? 明日は吹雪くね」
沈黙が流れる。常葉補佐が僕を咎めるような目で見ていた。
「今時、家族とメッセージアプリじゃなくてメールっていうのも珍しいと思っていたけれど……筆無精なの?」
「いえ、仕事中ですぐ返せないことが多く」
返事も淡白で、絵文字も顔文字もスタンプも使いこなせないため、面白味がない。事務連絡なら、メールで充分だろう、とメールでのやりとりをしていたのだ。
仕事、という単語に、案の定、常葉補佐の目が平坦になる。が、すぐににこやかに、僕の肩をぽん、と叩いた。
「今日からは大丈夫ね。残業しないで帰るもの」
「まあ、そうですね」
笑顔の圧がすごい。
というか、と補佐がスマホを取り出す。すいすいっと操作しているあたり、かなり手慣れているのを感じた。僕は機械音痴というわけではないけど、他と比べると、スムーズではない自覚がある。
苦手意識ってほどでもないし、人間は案外順応力高いからな、と軽く自己弁護していると、補佐がスマホの画面を差し出してきた。
「職場で同じ部署なのだし、連絡先くらい交換しておきましょ。RINRIN、インストールしてる?」
RINRINといえば、もはやスマホを持つなら常識というレベルのメッセージアプリである。世のスマホには初期アプリとして入っているレベルのやつ。
使ったことはないが、インストールされている。確か、友達登録というのをするんだっけ。
「お、友達登録はわかるんだ」
「一応。妹とヒグレのを登録してあるんで」
「ご両親は?」
僕はふいっと目を逸らす。
「連絡を取るとすぐ食べ物送ってくるんです」
「いい親御さんじゃない」
頼まなくても仕送りをしてくれるのはいい親なのだろう。別に、折り合いが悪いわけではないし、両親が人の好い部類というのはわかっている。
だが、それでも、限度ってもんがある。
「今回は餅だからまだいいですよ。日保ちしますし。でも、僕が社会人なりたてほやほやの頃、段ボールいっぱいに送られてきたりんごとか、みかんとか、生肉とか……一人暮らしの冷蔵庫なんて、そんなに容量がないのに、際限なく送られてくるんですよ? 近所にお裾分けしたとしても、食べきれなくて」
「ああ……」
察したように遠い目になる補佐。覚えがあるのかもしれない。
両親はお人好しがすぎる。その上、連絡は事後報告なので、僕に選択権がない。
妹は、その他諸々、両親と合わなくて、高校卒業と同時に家を飛び出し、現在一人暮らし中である。
それでも僕と同じ目に遭い、「お正月のお餅だけにして!」とガチギレ交渉した結果が現在である。段ボール三箱なんてアホみたいな量だが、これでもましになったのだ。
「知り合いのお寺さんから、賞味期限間近のお彼岸饅頭が大量に送られてきたことがあったわ。あんな感じってことね」
寺? なんか規模がおかしくないか、と思ったが、頷いた。
「それが、隔週のペースで……」
「それはそれで財力おかしくない?」
「僕もそう思います」
うちは貧乏ではなかったけど、富豪ってわけでもなかったはずだが……まあ、知り合いからの贈り物が多い家ではあったから、それなのか?
言葉を交わしながら、登録作業を完了させる。常葉補佐が早速、ぴこん、とメッセージを送ってきた。「よろしく」というスタンプだ。公式の、なんか白くて丸い感じのゆるキャラである。
返信を打とうとして、誤タップでスタンプ画面を開いてしまった。スタンプを買った覚えなんてないからいいや、と油断していたら、何かが送信される。
画面に現れる劇画タッチの男の横顔。「よろしく」の文字も劇画で整えられているが、ポップなRINRINの背景には似合わない。
補佐が噴いた。
「え? ツキイデくんって、案外ユーモアなセンスしてるのね」
「それはヒグレに言ってやってください」
これ、ヒグレが悪ふざけで僕にプレゼントしてきたやつだ。使わないので存在を忘れていた。常葉補佐がツボに嵌まったようで、肩をぷるぷると震わせている。……そんなに?
まあ、何の脈絡もなく劇画タッチのイラスト見たら、笑うか……妹もそのタイプだった。
そんなことを思い出し、ふと妹とのトークページを開く。そして、補佐に送ったのと同じスタンプを送信。十秒と経たずに既読がついた。
が、一分、二分、三分……五分経っても返信が来ない。既読もすぐついたし、メールだって、一分で返信が来たから、張りついているものだと思ったが。
「あら、既読スルー? 普段からちゃんと連絡しないからよ?」
「まあ、スタンプだとこういうものですよねって言った側から返事が」
曰く。
「突然面白いことしないでよ。ガチで笑い死ぬとこだったじゃん」
「そんなに?」
つまり沈黙していた五分オーバーの最中はずっと笑いこけていたと? それはそれで何かの異常なのでは?
「あらあら、愉快な感じの妹さんなのね。仲が良さそうでとてもよろしい」
常葉補佐はご満悦の模様。というか、いつの間にか、コートを羽織って帰宅準備を整えてらっしゃる。
「いつの間にか、じゃないのよ。あなたも帰るの、ツキイデくん。仕事は終わったんでしょう?」
ああ、もう帰るのか。
少し落ち着かない気持ちがありつつも、僕はコートと鞄を持って、デスクを後にした。