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Epilogue

 アメリカ、ユタ州南東部のモニュメントバレー。

 赤い大地にさまざまな形の孤立丘ビュート岩山メサが数多く点在するナバホ族の景勝。

 地平線から地平線へと延びる道路の傍ら、岩山に寄り添うようにして佇むグレイコヨーテのホーガンは、未だそこにあった。

 突如、暖簾で閉ざされた出入り口前にサンジェルマンが現れる。

「大丈夫でしたよ」彼は、ホーガン内部に呼びけた。「みな、あなたの行方をご存知ないままです」


「そいつはめでたいな」

 応じながら暖簾をくぐって内部から出てきた人物。それは、ナバホ族の装飾を身につけたスーツ姿のデイビッドだった。

「ありがとね、サンジェルマン」

 彼の後ろからは、やはりナバホの装飾つきのエプロンドレスを纏ったアリスもひょっこり出てきて言った。

 もはや大人の年齢だ。なおも幼げではあったが、デイビッドと並んでも以前のような差はほとんどない。

「巻き込みたくはねえからな」ラッキーストライクをくわえ、マッチで火をつけながらウィークコヨーテは安堵する。「爺さんも弔ったし、ここを出立するとなりゃおれたちも発見されかねねぇ。知り合いも調整者どもから追及されちゃ面目ねえよ」

「だね」アリスがにこやかに同意する。「バレちゃったなら、また会うのも楽しそうだけど。あの頃みたいで」

「冗談よせよヴァージニア、暑苦しい戦争は終わって冷たい戦の世上だぜ。重荷を背負うのはおれで充分さ。おまえにも持たせちまったが」

 デイビッドは申し訳なさそうに、傍らのアリスを抱き寄せた。


 原爆ガジェットが爆発した刹那。みなを護りたいという強い意思で、コヨーテは正真正銘の〝コヨーテ神〟にさえなった。

 知覚範囲のあらゆる法則を任意で変換できるという、まさにトリックスターのような能力に。

 これによって時を止め、仲間たちを救助した。けれども、同時に自分の能力の穴も自覚させられていた。


 トリガーとして、アリスが必要なのだ。


 幾多の女性と付き合いながら長続きしなかった彼が、初めて本気で愛した女。アリスのために何かをなそうとしたときに限り、彼の特異能力はSSSランクすら達成するのである。

 だからデイビッドはそのことをアリスに明かした上で相談し合い、二人で逃避行を開始することに決めた。

 もはや宇宙調整者はもちろん、他のSSSランクやそこに匹敵する神々が放ってはおかない領域に踏み込んでしまっている。

 周知されれば、仲間たちも誘き寄せる餌などに使われかねず、デイビッドとアリスが離れれば、片方がやはり同じように扱われかねない。

 現状、最も自由に身を護る手段は自分たちのSSSランクなのだから。


「あたしはデイブの恋人だもん、しょうがないよ」

 自負するアリスは、だから当然のように許した。

「嬉しいね、あっちの方の衰えが心配だぜ」

 彼氏は言い、二人は軽いキスをしたあとで歩きだす。

「ところで、おまえはいいのかサンジェルマン。こっちが動けば、隠蔽もバレるかもしれないんだろ」

 名を呼んだ初老の横で足を止め、デイビッドは問う。


 コヨーテとアリスは、ナバホ族と彼らを守護する神々に長いこと匿われていた。

 二人の判断を独自に許可して、外部に黙っていたのはサンジェルマンだ。恋心によって発動するSSSは不安定と判定され、ともすれば調整者と敵対しうる可能性すらあったからだ。

 事実、ここ数年の間にも何度か暴走の危険は起きたが、神々と共同でどうにかサンジェルマンが抑えてきた。


「そのときはそのときですよ。わたしは、あなた方の覚悟に心を動かされたのですから」

 そんな伯爵に笑い掛けて、カップルは横を通りすぎる。

「へっ、まあ心配すんな」背中を向けながら、デイビッドは手を振って約束した。「進んで宇宙の法則を乱すような真似はしねえよ、向こうから来ねえ限りな。ボニーとクライドみたいに逃げきってみせるさ、蜂の巣にもされねぇでな」


 サンジェルマンが大丈夫だと判断していたのは、神々と通じるナバホの協力、とりわけそれらとの交信に慣れ親しんだ呪術師メディスンマンでもあるグレイコヨーテの助けがあったからだ。事実、これまで暴走を抑制できたのはデイビッドの祖父の存在も大きかった。

 彼亡き今、サンジェルマンは二人を見逃すのはこれが最後と予告していた。


「じゃあな、世話になったぜ」

 デイビッドは振り返らずに片手だけ挙げて言い、アリスは振り向いて繋いでいない方の手を振って挨拶をする。

「ばいばーい」

「さようなら。……の前に、デイビッドとアリス」いちおう、サンジェルマンは最終確認をする。「もう一度だけ問いたいですね、穏便に我々の一員となるつもりはないのですか」


 恋人たちは止まった。


「何度も言わせんなよ」

 デイビッドは背を向けたまま、タバコを捨てて踏み潰した。横顔だけ見せて断言する。

「異能ってのは、日向のと同じ単なる個性みてえなもんだ。何者かになる必要なんてねえ。まったく同一の個性がねぇんだから、ありのままでも誰しもがこの世に一人しかいねぇすげえ奴なんだぜ。……てなわけで、堅気じゃねぇからさ。宇宙を護るなんざ性に合わねーんだよ」

 消火された吸い殻を拾い、携帯用灰皿に入れて懐にしまった。

「そういうこと」

 アリスが悪戯っぽく付け加えたのを合図に、二人は異能で消え去った。

 嵐の前の砂埃が風に舞う。


「……やれやれ。彼らならうまくやれるかもしれませんね」

 サンジェルマンは茫洋たる天外を仰いだ。

「古の異能者たちが本来の己さえ忘れるほどに進化し過ぎた姿、今の神々のようになったとしても。神話において、あらゆる法則を超越して物語を引っ掻き回すトリックスターのように。……二万年前に進化から取り残されたわたしが保障しますよ、ガブリエル。そう、危惧はある意味で正しかった。人類が継続するなら、あなたすら越えて先に進むことでしょう」


 どこまでも。見通せないほどに、空は青く澄んでいた。

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