目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

End roll

 バチカン市国。

 書物がぎっしりと詰まった本棚がところ狭しと整列する空間で、カソックにヴェールを纏ったヨハンナが本の整理をしていた。

 ふと、手を止めた彼女は誰ともなしに言う。

「……デイビッドたちなら知りませんわよ」

「参りましたね。まだ何も口にしていないのですが」

 背後の書棚の隙間、そこから炯眼が覗いていた。いつの間にかさっきまではいなかったサンジェルマンが、向こうに立っていたのだ。

「では、地獄室にどういったご用件ですの?」

 相変わらずの調子で、尼僧は振り返らずに問う。

「あなたには敵いませんよ」乾いた笑いで、サンジェルマンは肩を竦める。「まさしく、コヨーテの居場所を尋ねに参ったのですが。お元気そうでよかった」


 トリニティ実験の際、ヨハンナも確実に強化はされていた。しかしデイビッドには及ばず、あくまでSSランクに近づいただけだった。

 彼との違いの理由も自覚していた。

 だから仲間たちとまとめて助けられてまもなく、彼女は旅立ったのだ。

 しばらく放浪し、あるとき過去に犯した罪が原因で逮捕され投獄された。長らく獄中生活を強いられていたが、そこで想定外の救援を受け、現今は比較的自由に過ごせている。


「どうした、〝マグダラのマリア〟」

 彼女がいる棚と棚の間。その通路に、ローブを纏った男が顔を出して問うてきた。

 かつて倒した、検邪聖省のリーダー格だった。

 影の裏社会を通じて獄中のヨハンナを誘ったのは彼らであり、〝マグダラのマリア〟が新たな彼女のコードネームだ。

 実力と、かつてより大人しくなった性格を買われたのだ。未だ裏の稼業に従事しているが、間接的だが神に仕える身に戻ったせいかもう昔ほど残虐ではなくなった。


「少々」ようやくサンジェルマンの方を見返ったヨハンナだが、そこに来客はすでにおらず、微笑しながらごまかした。「在りし日の追懐に浸っていただけですわ」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?