『爆発まで、あと三分』
約十マイル離れたベースキャンプからの放送が、身近で聞こえた。
「だそうだ」顔面を押さえた手の隙間から流血しつつも、ガブリエルはほくそ笑む。「数分前からはカウゥントを聞きたくてね、放送をこっちに受信もしている。君はおやすみだが」
「待てよ!」
火花散る一気圧の向こうで、コヨーテが吼える。
「冥土の土産に解除コードくらい教えろ!!」
問いにガブリエルは、一瞬唖然とした。
念のため、念のために。彼はテスラ波発生装置片方の土台に、セルラオの超科学を用いて後の世でいうパソコンのようなものを埋め込んである。修復不能な問題が発生した場合、そこにキーボードからパスワードをモニターへ打ち込むことでテスラ波だけを停止させ、主に日向の実験である原爆は止まらないもののガブリエル独自の計画は中止できるようにしてあった。万が一にでも失敗したのなら、無様な記録だけは残さないように。
おそらく、この情報もサンジェルマンらに対応してからこれまでの隙にテレパシーへ変換したトリックスターで盗聴したのだろう。
決壊のようにガブリエルは大笑いで嘲る。
「感服するよ。今からじゃ教えたところでどうにもならないが、君らの底力に免じて黙っていることにしよう!!」
いちおう、仕掛けがしてある側のテスラ波発生装置の制御盤を見やる。
いないはずの人がいた。
『二分』
操作盤で文章を入力している。
ガブリエルは焦った。ものの、すぐに考えを巡らせる。
まだ生存者がいた!?
この体勢ではきつかったが、どうにか、そこにも異能者を気絶させる催眠を投射する。
反応はなかった。もはや、別種の異能を放つ余力はない。
いいや、危険を犯すほどでもない。
あの塔は極めて頑丈な材質、原子爆弾以外では通常の破壊など寄せ付けない新素材として発明した。働きかけが通じない以上、装置を操作しているのは特異能力者じゃない。せいぜいモリアーティ辺りのつてで召集された日向マフィアの構成員だろう。
そんな奴など問題じゃない。
だいいち、解除コードは口にしていな――。
「今度はおれが褒めてやる」カウントダウンと重なるように、コヨーテは称える。「さっきいきなりパスワードのことを聞かれたもんだから、とっさに脳裏に浮かべたろ。お蔭でトリックスターを変換したテレパシーで、あいつに送れた」
『一分』
「……あの刹那でか?」
ガブリエルは、余裕を奪還したようだった。
「なら無駄と自覚できるはずだが、なんのはったりだね。せっかくだから触りだけ教えてあげよう。解除コードたるパスワードは、十七世紀フランスゥの数学者ピエール・ド・フェルマーが、古代ギリシアの数学者ディオファントスの『算術』第二巻八問の欄外余白に記した書き込みとその先だよ。彼はそこである定理についての証明を発見したとしたが、肝心の中身を記さないまま死去した。〝フェルマーの最終定理〟さ、未だ誰も再発見できていない数学の未解決問題でね。老生は解いたが。日溜まりの凡人には、こんな長文を憶えることは愚か――」
「そうだよ」聡明なために悟って蒼白した老人の顔色から察して、デイビッド・コヨーテ・アンダーソンは明示してやった。「前々から疑われてたが、あいつはやっぱ異能者じゃなかったらしい。大博打だったがな」
SMIの偽ボス、コンメディア・デッラルテでもあったガブリエルには、心当たりがあった。
フェルマーが余白に刻んだ二百文字を超えるラテン語の記述、並びにこの解答を入力し終えた者。
彼は、以前から単に優れた才能を持つ日向の人間なのではとの疑惑があった、完全記憶能力を持つモーゼス・ゴールドバーグだったのだ。
『三十秒』
「
人の姿になり、老人へとデイビッドは宣告した。
ガブリエルは僅かな間、驚愕を表情に張り付かせた。ものの、臨終の間際にそこに浮上したのは安堵のようだった。
『二十秒』
彼は言った。
「老生は正しかったよ、コヨォーテ。自分を超えるものは現れた、ここに。君たちとしてね」
『十秒』
「かもしれねーが、何より」
遺言の真相を完璧に理解できたのはおそらくガブリエルだけだったが、デイビッドは反駁した。
「あんたは自分に自信を持つべきだったんだよ」
『ゼロ』