目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

SMI

 二人の姿は老人の視界からかき消えた。


 幻影!?


 コヨーテ・トリックスターが使えるならラ・パペッサも使える。ありうることだ。

 サンジェルマンとモリアーティに気をそらされた隙を突かれたのか。

 とっさに、デイビッドとヨハンナがいた辺りから異能封じ催眠の範囲を拡大する。

 異能は使用するほどに精神力を消耗する。ガブリエルは使いきって全人類を巻き添えに死ぬつもりだったが、だからこそ無駄は避けたい。でなくとも、SSSランクに匹敵する付近の神々に催眠を掛けて宇宙調整者を足止めするという大仕事を成したばかりだ。

(遠くには行っていないはず)

 とにかく我が身を護ろうと、クレーター全域へ侵入次第特異能力と身動きを封じるよう催眠を限定しつつ広める。否、もうそのくらいしか余力がない。


 後ろで土が動く僅かな音。間髪を入れずガブリエルは振り返った。


 自分のやや後方の音源。透明化していた異能者が能力を封じられ、蜃気楼のように現れたが。

「アリス!?」

「はずれだね、おじいちゃん」

 アリス・イン・ワンダーランドだ。気絶から立ち直って密かにデイビッドとヨハンナを逃がしていたアリス・ヴァージニア・ハウスデンは不敵に言い放った。

 ガブリエルは焦る。

 トリックスターや女教皇の仕業でないなら、それら強力な異能がまだ襲ってくるかもしれない。

「落ち着け」

 己にしか届かない声量で、自身を改めさせる。

 クレーター近辺より外から強力な異能で攻撃されては危うい。だが、デイビッドもヨハンナも通常の武器は持っていない。コヨーテやバビロンへの変身と解除を観察して確認済みだ。着衣を破りあるいは脱いで変身し、元に戻ってそれらを再生させる間、銃器などは見当たらなかった。


 ならば――!

 相手の身動きを封じるのをやめ、ガブリエルはとにかく異能使用を無効にする催眠に絞り、届く距離だけを本来の有効射程である知覚範囲全域に延長した。

 異能以外の攻撃手段は殴るくらいしかないはずだ。近辺にもいない。遠方から足場の悪いクレーター内を接近するのはさすがに察知できるし、いったん見出せばあとは狙って催眠を集中すれば詰み――。


 違う!


 バァンッ!


 ――破裂音。 


 弾丸が、ガブリエルの両頬を貫通する。

 直前に閃いた違和感でとっさに頭部を反らしたため、脳天を貫かれずに済んだ。

 特異でない通常の射撃。

 ありえない。デイビッドとヨハンナは銃など持ってない。あるとしたら――。

「まさか!」

 顔の傷を抑え、弾が飛んできた方角を睨む。

 遥かな先には、庭の模型残骸の土台陰で伏せ、狙撃銃を構えるアガーテ・カルラ・ノルデがいた。

「あたしがあなたたちを裏切ってたんだよ」アリスが種明かしをした。「みんなが殺されるのを黙って見物してるわけないじゃない! 助けられた仲間は少なかったけど」

 OSSの襲撃から生存したSMIが他にもいるということだ。

「小賢しい!」

 憤慨して催眠を発動。

 アリスとアガーテを眠らせる。場に倒れる二人。

 怒りに任せて異能の方向性が傾いた。隙を、背後から誰かが突く。


 バシン!


 紙一枚ほど手前で相手の動作を止めた。

 ヨハンナだ。バビロンに変形し、噛み付いてくる龍のような七つの首を阻んだ格好だった。

「わたくしが食らってやりたかったのに」

 猛獣の上で、不敵に彼女は吼える。

 ガブリエルは無視して頭脳をフル回転させる

 あといるのは誰か。

 確実なのはコヨーテ。モリアーティらといたはずのファニーもか。

 離れた人員同士を繋ぐテレパシー染みた能力は、おそらくそれに変換させたトリックスター。サンジェルマンらの相手をしている間に周辺の仲間と連絡を取り合ったのだろう。


 まずは!


 無防備になった方角からの来襲を予測。振り返って狙い通りに抑止する。

 いたのは、ファニー・アリッサ・マクラウドだ。

「ごきげんよう偽ボス。わたしも、チェックメイトは譲らなきゃならないみたいね――」

「黙れ!!」

 ガブリエルは、しゃべる途中の委員長の思考と言動を剥奪。警戒に集中すべく、ヨハンナも話せなくする。

 再び結界のごとく張り巡らせた異能無効化の催眠を、自身に及ぶ効果をゼロにして接近されたのだ。スウィート・ファニー・アダムスで他者の催眠まで次々解除されたらたまったものではない。


 否。もう解かれてる!?


 降下してきた、猛獣と化したコヨーテを止める。

 すぐ頭上で身動きできなくなるよう催眠を掛けた。ファニーはそこから攻め入ることができるよう、上方向への催眠の効果をゼロにもしていたのだ。

 直前でどうにか自覚できた。

 コヨーテが襲撃に費やすエネルギーを相殺する催眠で、二人の間に壁のような稲妻の衝突が可視化する。

「……おしかったね」

 雷鳴の隙間を縫って、ガブリエルは称賛する。

「理解を得られなくて無念だ。ここまで想定以上の抵抗をするのならしょうがない、終焉まで熟睡してもらおうか」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?