真っ暗な空間で爆発が起きた。
偏光、電子吸収、磁場分散、周波数相殺。
あらゆる可能性を考慮してサンジェルマンがとっさに張ったシールドが、相手のエネルギーと拮抗して炸裂したのだ。
二人の人間と襲った謎の影は、いくらか距離を置いて静止する。
(くそったれ! どうなりやがった!?)
逆さまになりながらモリアーティは喚いたつもりが、音は響かなかった。
辺りは星空だった。昼間の空に昇天したかと錯覚するや、身体の自由が効かない夜空に放り出されたのだ。混乱するしかない。
『どうやらこの世界線では、あなたはガガーリンより先に地球を宇宙より観察してしまいましたね』
サンジェルマンが思念で教授した。
まさしく、辺りは宇宙空間だったのだ。
『ちょっと重力子を制御する余裕がないのでご勘弁を』彼は付け加える。『大気など、生存に不可欠な粒子だけあなたの周囲に常時生成しているので生きてはいられるはずです。空気が互いに届くほどに保つ余裕はなさそうなので音は聞こえませんから会話は念じてください、脳波を制御して疑似テレパシーで意思疎通をします』
『そうかい、理解しきれねえがありがとよ』
どうにかモリアーティは無重力でバランスを取り、指示に従った。やっと、自分たちを押し飛ばした巨影とその背後にある巨大な青い球体を目にする。
『ガガーなんとかは知らねえがあれが地球ね。感動するぜ』言葉とは裏腹に、口調は皮肉めいていた。『おれが聞きてえのは、あのロック鳥みてえな化けもんについてだが』
『ワタリガラスですね』
サンジェルマンは答える。
確かに、膨大な海とやや控えめな陸を湛えた星を背景とする巨影は、翼を広げた黒い鳥の形をしていた。
『あんな糞でけえカラスがいてたまるか!』
大ボスがすんなり受け入れなかったのも無理はない。鳥の翼開帳は一マイルくらいはありそうなのだ。
『ただのカラスではありません』すかさず伯爵は補足する。『ネイティブアメリカン神話におけるカラスですよ。コヨーテに次ぐくらいにポピュラーなトリックスター、ワタリガラス神です。大きさはもちろん、あらゆる概念が意味を成さない。全ての情報を塗り変えられる創造神でもありますから。……神であったことすら忘却させられるとは、哀れな』
『どうしてんなたいそうなもんが襲いやがる? 他の調整者はどうしてんだ?』
『やはり』質問が耳に入っているのかいないのか、サンジェルマンは悩むように頭部へ手を当てていた。『遥かな光年の彼方で超新星爆発が発生している。平行世界では宇宙が滅びていますね。わたしの同僚たちは、遠方で別の神々に足止めされているようです』
『夢のねえファンタジーだぜ……』
伯爵の独白みたいな説明に、大ボスは洩らすしかなかった。
本当ならスケールがでかすぎる。サンジェルマンのこれほど真剣な面構えとも初対面だ。
神々と渡り合えるSSSランクたる宇宙調整者たちが、そんな規模で妨害されているとなると――。
解答が導かれると同時。ワタリガラス神は大きく羽ばたき、無数の羽根を流星群のように発射した。
二人は漆黒の嵐に呑まれ、これによる
「神々に催眠を掛けたんだよ」
質問されるより早く、地上でガブリエルは教えた。立ち尽くすSMIへと。
「これが老生の異能の神髄だ。あくまで人の世の測定は異能者本人に対して行われるが、最大出力で操れる神霊はSSSランクゥに匹敵する。さすがに長持ちはしないし精神や脳に過負荷が掛かって寿命も縮むがね。全人類への催眠もそうだ。合わせて、寿命は一時間も持たんようになるだろう。爆発まで、あと数分生きれればいい」
老人の背中にはまさに大天使のように巨大な翼が具現化しだしていた。コヨーテやバビロンのような変化か幻か、もはや対峙する暗殺者たちは考察する余裕はなかった。
ベースキャンプでは、既にスピーカーを通した放送からのカウントダウンが始まっている。
軍人と研究者たちは、遮光ガラスと風防ガラス越しに固唾を呑んで原子爆弾ガジェットを見守っていた。注目する先では異能者たちの衝突による様々な異変がすでに勃発しているのだが、影社会以外の観察者たちはガブリエルの催眠によってそれらの光景を除去されていた。
「吸血鬼たちを操ったのはこの実験でしたのね」
再び口以外は金縛り状態にされた二人のうち、探るようにヨハンナは問うた。
「ご名答だ」
ガブリエルは拍手して称える。
「強力な神霊への催眠には苦慮したが、感覚としては人へ用いるときと似ていて戸惑ったよ。もしかしたら人間離れした吸血鬼たちや神霊も、ヴァンパイアが異能者とされたように意外と人に近いのかもな。もっと調べたいところだが仕方あるまい。最期に君らみたいな理解者に出逢えて幸福だよ」
「そいつは大ハズレだな」
デイビッドは懐からラッキーストライクを取り出した。
――取り出したのだ。動けないはずが。
驚いたガブリエルの視線を受けて、コヨーテは異能で煙草に着火、一息吸う。それから紫煙と共に吐き捨てた。
「こっちはテメェにゃいち素粒子も共感できねぇんでね!」