「紹介しよう。こいつが原子爆弾、ガジェットだ!」
ガブリエルは後背を顧みた。
ちょうどその方向のクレーターの終わり。そこにも、高さ二十数ヤードほどの天を衝く鉄塔が顕現した。
頂上に鉄製の楕円形物体が設置されている。
原爆、ガジェットだった。
催眠で隠匿されていたのだろう。
「威力はまだ不明でね」彼は誇らしげだった。「科学者どもはいろんな結果を予想しているんだよ。不発というものから、地球上の大気を焼き尽くしてしまうというものまで幅広くな」
突然出現した爆発物と、公表された実状の広大さに唖然とするSMI。
やや間を置いたものの、どうにかヨハンナは切り出した。
「……最後のを実現するということですのね」
これでデイビッドも我に返った。
まだ奥の手がある。絶対に動くはずのものがある、ヨハンナもそいつを念頭に置いて時間稼ぎしているのだろう。と。
彼は己に言い聞かせ、次の言葉に神経を研ぎ澄ませた。
「ご名答」
天上を仰ぎ、ガブリエルは威勢よく宣言した。
「ガジェットが爆発する瞬間。催眠が全人類にもたらされ、老生の人生を追体験して偉大さを理解すると共に、みなはこいつで地球が焼き尽くされると信仰し全ての異能力がそのために注がれ実現する。催眠で披露したこの威力は、女教皇でのレスタトの死に様でも証明された。現実に終末がもたらされるのだよ!!」
ドズン!
一戸建住宅が老人を埋めた。
次々と、周辺の偽住宅街から家屋が宙に浮き、ガブリエルに降り注ぐ。
見る間に、さっきまであったものより高い瓦礫山が築かれる。
「うるせぇ、近所迷惑だぞジジイ」
これまでそこになかった声色が参加した。
夢から覚めたように身動きが可能となり、デイビッドとヨハンナは声音の発生源たる横を確認。そろって歓喜する。
「「ボス!」」
「まったくおまえら、勝手ばかりしやがって。待てって指示したろうが」
葉巻を吹かしつつ怒っていたのは、太った身体をスリーピーススーツにチェスターコート、中折れ帽で飾る威容。ボスの中のボス、ドン・パオロ・〝モリアーティ〟だった。
「わたしからあなたへの台詞でもありますがね」
彼に隣で注意したのは、中世ヨーロッパの貴族のような格好のサンジェルマンだ。
「下手なことはしないというから同行を許諾したのに、いきなりこれはないでしょう」
「しらばっくれんなよ」捨てた葉巻を踏み潰しながら、モリアーティは看破する。「おまえならおれごとき、止めようとすればいつでもできたろう」
余裕のやり取りをする二人に、デイビッドとヨハンナは安堵していた。
一縷の望みを託していた最高の援軍が駆けつけたのだ。
もとからモリアーティは周到な作戦を練った後、一緒にSMI本部奪還のために来るはずだった。ましてこうなっては、サンジェルマンなら来なければならないはずだ。だから時間稼ぎをしようとしたのだが、願ってもないほどのタイミングに両方が到着してくれた。
「――ともかく」
大ボスの指摘を流して、サンジェルマンは瓦礫の山へと宣告する。
「異能で宇宙法則を歪曲しうる自白までしましたね。これで宇宙調整者は心置きなく介入できます」
そこまでの事態だ。阻止するのがコーディネーターの役割である。
――建造物の残骸が撥ね退けられる。
下から飛び出た無傷のガブリエルが、半壊してひっくり返った家の上に降り、白衣の埃を払いつつ応答する。
「謙虚だね、サンジェルマン。宇宙の法則を歪めようとした段階で、口外せずとも心を読んで邪魔できるだろうに」
「さあ、どうでしょう」
しらばくれるサンジェルマンを差し置いて、大ボスが一歩前に出る。
「くだらねえ
「できないよ」
北アメリカ表社会最強SSランクのガブリエルは、北アメリカ裏社会最強SSランクのモリアーティに余裕で返した。SSSランクのサンジェルマン伯爵までいるというのに。
「あぁ?」
癪に障ったのか、余った偽街角の家々全部を大ボスは浮上させる。
「タイマンでもいいんだぜ。どっちが真の北米一か決めようじゃねえか、東京とロンドン代わりのオリンピック新競技だ。ご自慢のテスラなんたら装置ごとぶっ潰して、墓前に銀メダルをくれてやるよ」
「! ――待ってください!」
唐突に、異変を気取ったのはサンジェルマンだった。
「彼に勝てる未来がない!!」
途端だ。
ガブリエルから黒い影が放たれた。
それは瞬く間に速度と大きさを増す。
「ちっ!」
モリアーティの反応は早かった。
影を操作し、全家屋を自分たちの前に移動。盾にする。
が。
影は片っ端から模型を粉砕、大ボスと伯爵に衝突した。二人は爆炎を伴いながら逆向きの隕石のように天空の彼方へと打ち上げられた。
置き去りにされたデイビッドとヨハンナが驚愕する頃には、もはや天へと斜めに上る煙の痕跡と、ほぼ建物を失い土台だけとなった住宅街の模型だけが一帯には残されていた。