ホーガン内の敷き物中央辺りで向き合い、デイビッドとグレイコヨーテが互いに胡坐を掻いていた。
「して」パイプを吹かし、祖父は孫に問う。「何用だ?」
デイビッドは煙草を吹かして応じる。
「爺ちゃん。ガキの頃、いろいろ教えてくれたな。シッティング・ブルが強くなった方法とかよ」
グレイコヨーテの目の色が、険しく変わった。
シッティング・ブル、本名タタンカ・イヨタケはインディアンのスー族に属する戦士だ。
動物の精霊と会話する異能を有し、白人の侵略と戦い、様々な予言を成し遂げた。彼の伝説は表社会にも広まっている。
ナバホではないが、ネイティブアメリカンとして祖父はシッティング・ブルに敬意を示していた。それ故の鋭い目つきだった。
デイビッドは視線を真正面から受け止めて、同様の眼差しで真剣な声色となって言及する。
「……サン・ダンスの儀式を行いたい」
グレイコヨーテはパイプを置いた。同時、SMIは背後から殺気を感じた。
唸りが届くより先に、本物のコヨーテや熊やコンドルが出入り口に舞い戻ったのを悟る。
「神聖な儀式だ」グレイコヨーテは猛獣のように警告した。「おまえに資格はない」
無理もなかった。
サン・ダンスはある種先住民最大の儀式である。肉体を傷つけ、飲食を絶って数日間踊り続けたりする壮絶なものだ。
自らを捧げ大自然と対話する
ナバホの儀式ではないが、大切さは孫にそれを教えたグレイコヨーテが熟知しているところだ。
ただでさえ、家族を裏切ったように思われているデイビッドである。今度は一族どころかネイティブアメリカン全体を傷つけるように解釈されてもおかしくはなかった。
「図々しいのは承知してるつもりだ」
けだし、彼は諦めるわけにはいかなかった。
「おれは、どうしても壁を越えなきゃならなくなったんだよ。断られるならおとなしく帰る。生きなきゃならねえから、後ろの猛獣をけしかけるなら蹴散らしてく。あんたが個人的に許さないなら決闘も征す。別な方法を探してでも強くなるさ」
短い沈黙。本物のコヨーテが、一歩屋内に踏み込む。
「待て」
グレイコヨーテが制止すると、猛獣たちは動きも唸りもやめた。
老人はパイプを拾い、一息吸って紫煙を吐く。その霞の奥から言った。
「理由を聞いてやろう。護りたいものができたとか、口にしていたな」
デイビッドはあの夜のことを話した。
そこに到るまでの長い長い経緯。鉱山のそばに築かれた洒落たテーブルを囲むモリアーティとファニーとヨハンナとデイビッドに向けて、カンテラの仄かな明かりを受けながらサンジェルマン伯爵が物語ったことを。
「わたしは、もっと重要な発見をしたようです」
不死身の紳士は言ったのだ。
「先ほど一戦を交えて実感したのですか、おそらくお二方も」と彼は腕でコヨーテと女教皇を示した。「SSランクに到達しうる段階にあります」
デイビッドとヨハンナは戸惑い、大ボスは手を叩いて歓喜する。
「ははっ、そいつはめでたいな。ファニー、おまえ抜かれちまうじゃねえか」
「ボ、ボス。笑い事じゃないですよ」
処刑委員会委員長は賢明で、切迫する事態を予見していた。それを、サンジェルマンが補う。
「彼女の危惧は正しい。SSランクともなればわたしのように放っておかない者が現れる」
「好きにすりゃいい」モリアーティは意に介さない。「国の最終兵器になろうが、調整者を目指そうが、全部に逆らおうが。おれが自由にやってんだ、他人にあれこれ指図できる立場じゃねえ。ただ――」
彼はテーブルに身を乗り出すと鬼の形相で忠告する。
「ファミリーに危害を加えんなら、誰だろうと容赦しねえが」
「だからこそ大変なのですよ」
警句に緊迫するマフィアへと、サンジェルマンは続行する。
「居所のわからないガブリエルよりお二人は若い。次世代の最終兵器として合衆国の影は勧誘しようとするでしょう。現在は席が不在だ、ともすれば人格破壊などの強引な手段まで用いてどうにか空席を埋めねば、来るソ連との対立で不利になりえますからね。それにはまず、本部を押さえるのが手っ取り早いでしょう」
「……どういう、意味?」
嫌な予感に一行の緊張が高まる中、固唾を呑んでファニーが尋ねた。
「SMIのボスは実在しなかった、事実上のトップはファニーです。同様に最大の実力者であるコヨーテと女教皇がここにいらっしゃる。影の政府は隙を突いてすでにSMI本部を制圧、罠を張ってお三方を待ち構えていると覚悟した方がいい」
「単なる予測ですの?」ヨハンナが指摘する。「それとも、あなたが目にした未来ですの?」
「さあ、どうでしょう。あまり干渉するわけにもいきませんので」
はぐらかした伯爵に舌打ちして、デイビッドは焦燥を堪えながら毒づく。
「……もうずいぶん絡んだくせに、都合のいいとこでごまかしやがるな」
サンジェルマンは、ただ静かに微笑んでいた。
ともあれ、これを受けて一行はSMIを奪還することに決めた。あそこには、同様に騙されていた同僚たちがおよそ百人ほどいるのだ。
モリアーティも協力を申し出てくれたが、五大ファミリーの大ボスまで含め本格的にアメリカ政府と対立するとなると国内はとんでもない内乱にさえなりかねない。ともすれば、日本との戦争にさえ影響を及ぼす恐れすらあった。
かくして、慎重に作戦は練られる事になったが、この最中にデイビッドとヨハンナは失踪した。
双方ともに、SSランクへ到達する可能性があるなら独自に事態を打開したいという想いがあったのだ。サンジェルマンの話によれば、原因は自分たちにもあるそうなのだから。
世話になった組織のみなに迷惑を掛けたくもなかった。最悪の場合でも、犠牲は自身だけで済む。ただし先にどちらが辿り着くかは個人の動向次第だと、そこからは二人で約束して別れ、各々が成長を促進させる心当たりを目指して旅立ったのである。
なにより、デイビッドはアリスの安否が気掛かりでならなかった。
「なるほどな」
経緯を語り終えた頃には、夜近くだった。部屋の隅にあったランプに光を灯しながら、グレイコヨーテは静聴し終えた。
出入口付近でもう横になって眠そうにしている動物たちを撫でると、孫と対峙する位置に帰って座る。
デイビッドは無言で、祖父に覚悟の慧眼を注いでいた。
それに真っすぐ応じながら、グレイコヨーテはパイプを準備して深く吸う。
「よかろう」
かくして、煙を吐きながら決めた。
「白人どもは、土地と文化だけに留まらず異能を影だのなんだのと分類する流れも我々に強制しだしているからな。特異能力の発達を促すサン・ダンスも失われつつある。ちょうどわしら独自に、隠れながら用いれるように改良を加えたものを開発していたところだ。誰かに試してはいないので危険だが、実験台にならしてやれるかもしれん。それでもいいというのなら――」
「ぜひ、やらせてくれ!」
デイビッドは、起立して即断した。