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Inquisitio

 バチカン市国、夜。

 サン・ピエトロ大聖堂内で両端の側廊に、それぞれ別の市国警備員が吹き飛ばされてきて気絶した。

 通路の真中を、奥へ向けて堂々と前進していくのは尼僧の装いをしたヨハンナだった。

 行く先。教皇の祭壇に到る少々手前、聖ペテロ像のそば。これまでそこにはなかった人影が複数、どこからともなく現れて幽鬼のように立ちはだかる。

 ヨハンナは、足を止めて相手の正体を推測した。

「スイス衛兵の次は祓魔師エクソシスト? それとも奇跡認定委員会ですの?」

「いいえ、我々は〝影の検邪聖省〟です」

 行く手を阻む影たちが名乗った。

「目標は間近ということですわね」にやりと、ヨハンナがほくそ笑む。「では、どこにがあるのか吐いていただきましょうか」


 たちまち、彼女はラ・パペッサを放った。

 なのに。


「我々を侮らないことです、最低でもHランク以上Sランクまでからなるのですから」

 宣言どおり、彼らは歯牙にもかけなかった。

「元尼僧、ヨハンナ殿」検邪聖省は強気で臨む。「破門された貴女がいかなる用件かは存じませんが、不法に侵入し警備をなぎ倒すとは善からぬ企みであることが明白です。相応のお覚悟を」


 まさしく、ヨハンナは真夜中のこの国に侵入し、警備のスイス傭兵を薙ぎ倒しながら侵攻してきたのだ。

 彼女には珍しく誰一人として殺してはおらず、気絶させただけだったが。それでも、かつてイタリアで仇のマフィア一家をみな殺しにして以降カトリック教会から追放された身で、歓迎されることなどありえなかった。


「能書きはいりませんわ」それでも、女教皇は敵陣に突進する。「早いところ、禁書目録を渡したほうが身のためですわよ!」

 それが、彼女の狙いだった。


 バチカンのどこかに眠るという、禁じられた書物群。異能に関する知識もあり、中には危険な域にまで能力を高める代物が眠るともいわれる。

 これを直接的に守護するバチカンの秘密組織が〝影の検邪聖省〟なのは、イタリアの裏社会に潜ったときに把握していた。


「無駄です」

 体当たりしてきたヨハンナを、検邪聖省はただの小娘の様に突き飛ばして転倒させた。さらなる女教皇を放ちながらのものだったのにである。

 彼らは破戒尼僧を包囲して断罪する。

「どうにせよあなたには抗いようがない、せめてもの情けで明かしてあげましょう。我々の異能は全員が〝異端審問インクイジター〟。把握している知覚範囲の異能を無効化するものです」

 同時に、彼らは着込んでいたローブの内側から剣やボウガンなど近代以前の武装を露出させた。どれもが白く、小さな十字架や聖画、聖像などで飾られている。

「あなたは我々の面前ではただの人だ」

 ヨハンナは、こんな窮状にありながらむしろ嬉々としていた。

「教会が異能の方向性を操作する手段を見出していたという流説は、真実だったようですわね。これは、ますます帰るわけにはいかなくなりましたわ」


 そう。産業革命以前、まだ情報の伝達速度が遅く、教育も行き届かず、知識を現時よりも限られた権力層が独占していた時代。異能の成果も彼らがほぼ占有し、発展させていた。

 たまたま教会に属する者たちが全員同じ異能なぞまずありえない偶然だ。時世は移行したとはいえ、未だ旧来の権威が隠しているものは多い。ヨハンナが探し求める禁書目録もうち一つだ。


 彼女は、それが実在する確信を得て挑発した。

「〝インクイジター〟。ようするに、以前SMIにいた魔法円マジックサークルの強化版に過ぎないですわね」

 かつて吸血鬼に殺された、素行の悪い仲間のことを想起していた。そして、これまでの戦闘で飛び散っていた足元のステンドグラスの欠片を拾う。

 彼女はそいつを覗き込み、石の床と重なるように写る半透明の自分と対面。以前から密かに訓練してきた切り札を用いようと、二人の尼僧は邪悪極まりない笑みを浮かべた。

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