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Navajo

 ユタ州南東部のモニュメントバレー。

 赤い大地にさまざまな形の孤立丘ビュート岩山メサが数多く林立するアメリカの原風景。合衆国ではなく、アメリカ先住民の一つナバホ族の聖なる土地だ。

 地平線から地平線へと延びる、頼りないが近代的な舗装をされた道路の傍ら、岩山に寄り添うようにしてポツンとそれはあった。


 〝ホーガン〟。


 九本の柱で支えられた丸い屋根に、ナバホ砂岩をかぶせて水で固めた、ナバホ族の半永住式の家。

 その前に、長い道のりを旅してきたベントレーが駐車した。ドアが開き、降りてきたのはデイビッド・コヨーテ・アンダーソンだった。

 強い日差しに帽子を深くかぶり直した彼は、煙草に火を点けてホーガンへと歩いていく。


 ところが。


 羊毛の織物ラグを暖簾にされた入り口前を、中から出てきた本物の獣、コヨーテが塞いだ。ホーガンの裏からは熊、空からはコンドルが現れて両脇を固める。

 デイビッドは立ち止まるしかない。


「どうして来た、ウィークコヨーテ」

 テント内からの、しわがれた声による出迎えはそれだった。


「グレイコヨーテ」デイビッドは返す。「久々に会う孫に、この待遇はどうなんだ?」

「ここで無礼な白人どもを阻むのがわしの役目だ。リトルコヨーテはナバホを捨てた。おまえもだろう、どうして受け入れられる?」

「親父と一緒にするなよ。リトルコヨーテは暗号通信兵コードトーカーの礎になって、この国のために働いた。おれは合衆国を蝕むマフィアだ。白人に懐柔されたわけじゃない、むしろ白蟻だぜ。だいいち、あんたの嫁さんも生粋のアメリカ人だろ」

「先祖たちも白人に殺されたが。その妻も、息子夫婦も白人に殺された。マフィア同士の抗争でだ。なぜそんな世界に足を踏み入れたおまえを歓迎できようか」



 デイビッドの父リトルコヨーテは、ネイティブアメリカンの伝統を重んじる祖父グレイコヨーテに反発して、都会に進出した男だった。彼は積極的に白人社会に協力しようと自分を売り込み、第一次大戦当時、ナバホ語を用いた暗号技術を研究した軍に歓待されたほどだ。

 そんなリトルコヨーテは、遊びに訪れたストリップ劇場であるダンサーと逢った。彼はそこの常連となり、ストリッパーにも憶えてもられるようになる。いつしか二人は男女の関係となって、やがて結婚した。


 夫婦の間に生まれたのがデイビッドだった。


 しかし実は、母はもともと遠く離れた街の娼婦で、とある日陰マフィア組織のボスの女でもあった。元彼の暴力が酷くて、逃げていたのだ。

 結婚する頃には互いの素性も教え合っていた夫妻は、以後ひっそりと暮らすようになっていた。


 この頃デイビッドは、和解を求めた父に連れられナバホ族居留地を訪れたことがあるが、祖父は息子を許さなかった。孫だけは「ウィークコヨーテ」と呼ばれて可愛がられ、ナバホの伝統と共に異能の基礎についても教育されたが。

 こんな中、両者を繋ぎとめようとしたのは父方の祖母だった。彼女は白人で、ナバホである祖父に惚れて先住民の人生を選択した人物だったので、理解があったのかもしれない。


 だが、徐々に溝が埋まっていくかと思われた矢先、事件が起きた。


 遊びに来ていた祖母と、両親とデイビッドが仲良く街で買い物をしていた際。一家は襲撃を受けた。

 密かに母を捜し続けていた元恋人の逆恨みによるマフィアの攻撃だった。

 これにより、祖母と父母は死亡。デイビッドはショックのため、現場で〝コヨーテ・トリックスター〟に覚醒。

 怒りに任せて襲撃者らを殺害したことで、連中と敵対していたルイス・〝レプキ〟・バカルターに見出された。以後、ギャングの道を進み、一連の出来事を知った祖父には勘当された。


 もう、とうの昔に仇の組織はボスごと皆殺しにし、まだSMIにいるのは自分の意志だ。

 祖父もマフィアは恨んでいるので、嫌われるのは仕方ないのかもしれない。デイビッド自身、ギャングの一員となって以来、直接はずっと会ってこなかった。



「答えろウィークコヨーテ」ホーガン内から、グレイコヨーテが問い掛ける。「今さら、どうして来た!」

 熊とコンドルとコヨーテは、呼応するように敵意を剥き出しにして吼える。祖父は人以外の動物を操る〝獣使役ビーストテイマー〟の異能者なのだ。

 デイビッドは煙草を捨てて踏み潰す。そうして、真剣な声で返答した。

「護りたいものができたんだよ、じいちゃん。もっと強くなる方法を教えてくれ」


 長い沈黙だった。


 やおら、動物たちは鎮まっていく。やがて、おのおのがホーガンの裏に去って行った。

 それから、グレイコヨーテは許した。

「入れ」

 デイビッドはほっと一息ついてから、吸い殻を拾ってポケットにいれると暖簾をくぐった。


 こぢんまりとした住居。

 生活備品とネイティブアメリカンの伝統道具に囲まれて、敷き物の中央に長い灰色髪の弱々しい老人が胡坐をかいていた。グレイコヨーテだった。

「……久しぶりだな」

 彼は皺だらけの顔形をくしゃくしゃに歪めて、切なそうに懐かしそうに迎えた。

「大きくなった、デイビッド」

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